【39】誘導する。

 謁見室には多くの兵士が壁際に並び、俺たちを囲むように整列している。

 俺とエルケット軍隊長はその中央で膝をつき両手を後ろ手に鎖で縛られた状態。そして目の前には玉座に座るヴァチャー王と、その横で立つレドクリフがいた。


「王様、この者たちの処分はいかが致しましょう」


 レドクリフが取って付けたような台詞を言う。それに操られているかのように、ヴァチャー王は小さく頷いてから口を開いた。


「エルケット。お前が我が息子ブルーノ王子に怪我を負わせた犯人なのか?」


 その言葉にエルケット軍隊長は、真っ直ぐ前を見据えたまま答えた。


「いいえ、私ではありません。犯人はわかっています」

「ほほう。では、いったい誰が犯人なんだ?」

「それは、そこにいるレドクリフ殿です」


 そう名指しされたレドクリフは、全く動揺する様子は見せずに毅然とした態度のままだ。


「証拠はあるのか?」

「はい、王様。ただ、今すぐ証拠をご覧に入れることは難しいのです」

「それはどうしてなんだね」

「……それにはまず、レン王子の犯人を白日の下にさらす必要があるからです」


 エルケット軍隊長の言葉に、周囲の兵士たちからどよめきの声が漏れる。俺も同じだった。しかし、ここは全てエルケット軍隊長に任せようと心に決めていたので、余計な口は挟まずにただエルケット軍隊長の言葉に集中した。


「なるほど、するとレンを殺した犯人を見つけたということなんだな」

「はい。それはあなたです、ヴァチャー王」


 どよめきは一瞬の沈黙を持って静寂と変わり、エルケット軍隊長の声が部屋中に響いた。


「なるほど。そうきたか」


 そう声を漏らしたのは、レドクリフだった。そしてエルケット軍隊長に向かって指を差して言い放った。


「エルケット。お主が今、口にした言葉。それは王への謀反と捉えて良いのだな」

「いいえ、あなたは王ではない。偽物だ。その化けの皮を剥がしてやる!」


 怒気の込められた声に、俺だけでなく周囲にいた兵士たちも思わず身を竦めた。堂々としていたのは、ヴァチャー王とレドクリフだけ。まだ二人には疑われていても、その根拠を覆す秘策を持っているのかもしれない。

 完璧に周囲を騙し、王に成り代わって国を奪う。相当な計画を練らなければ犯行に及ぶことは難しいはず。念入りに練った計画的な犯行であるからこそ、そう簡単に証拠は見つからない。

 俺は意を決して口を開いた。


「ヴァチャー王。あなたは魔法という不思議な力の存在をご存じですよね?」

「もちろん。歴史にもしっかりとその事実は記されている。ただ、もうその存在は過去のもの。この国には存在しない力だ」

「いいえ、存在しています。――スペル族。優しき心を持った一族。人間たちから酷い迫害を受けた哀しき存在。歴史を語る上で、彼らの存在をないがしろにしてはいけない。俺は、その存在をこの目で見て感じた。あなたは王として、本当にその存在を過去という言葉で片付けて良いと思っているのですか?」

「スペル族は歴史において排除された存在だ。人間たちの手によって。今更、その存在を持ち出して、お前は何が言いたいのだ」

「俺は、人間の中にも心の優しいものが存在する。それを信じて生きてきました。だからこそ、レイズ王国は平和な国として築いてこられたと思っています。もちろん歴史をさかのぼれば、人間がしてきたことは決して許されるものではない。争いや喧嘩は決まって復讐の連鎖を生みます。しかし、スペル一族は違った。彼らは人間を恨むことはしなかった。だからこそ、道具として扱われてしまい、悲惨な運命を強いられてきた。人間を恨んでも当然です。しかし、それでも人間に危害を加えたことがこれまでにあったでしょうか? いいえ、人間を恨んではいても、復讐をするようなスペル族はいなかった。それがなぜかわかりますか?」

「それはただ、勇気がなかっただけだ。――私のようにな」


 よし。俺は心の中拳を握りしめた。ヴァチャー王やレドクリフも、しまったと言わんばかりの表情を見せる。ふと隣にいたエルケット軍隊長と目が合う。


「上手く言ったな」

「ありがとうございます」


 俺たちがレドクリフに捕まる前、エルケット軍隊長が話してくれた作戦はこうだ。

 ――ヴァチャー王自らボロを出させるように誘導する。

 まずはエルケット軍隊長が相手を挑発する。そしてその後に俺が相手の心を誘導するような言葉を投げかける。作戦としては抽象的で成功する確率は低かっただろう。それでもエルケット軍隊長は、一等兵の俺だからこそ相手は油断する。そう踏んだのだ。俺が王様相手に意見するなど、本来なら許されない行為。俺の言葉に耳を貸した時点で、ヴァチャー王がボロを出す可能性は大きかった。


「王!」


 初めてレドクリフが動揺した声を出す。ヴァチャー王は口元を手で覆い、先程の発言をなかったことのようにしようとするがもう遅かった。周囲の兵士がざわめき出す。俺はそこに追い打ちをかけた。


「確かに、あなたは勇気のある行動を起こしたのかもしれない。しかしそれは勇気ではありませんよ、ヴァチャー王。いいえ、レイズ族の魔法使いさん」

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