【25】動け、動け!

 ――只今より、ヴァチャー王の行進を始める!


 馬に跨がった先頭の従者のかけ声とともに、管楽器を抱えた演奏者が大きな音色を奏で始めた。

 行進が始まる。

 群衆からの大きな声援とともに、町の中心を通る街道を兵士たちがゆっくりと歩みを進めていく。楽器の音色、太鼓の地響き、群衆の声、兵士たちに足音、全てが俺の心臓を強く叩いていた。

 しかしまだ背の低かった俺は、群衆に埋もれ兵士たちの姿を拝めていなかった。始めは遠かった音がだんだんと大きくなるに連れ、俺の中でも焦りが大きくなっていく。

 母には内緒で出かけており、周囲に知り合いはいない。兎に角俺は、大人たちの足の群れをかき分け、なんとか群衆を抜け規制された街道のぎりぎりの位置まで辿り着いた。大人たちの視線をたどり、その視線の先を見ると行進が少しずつ近づいているのがわかった。


 多くの人は、王や王族たちの姿を目に焼き付けようと集まる。しかし俺は、たくましく鍛えられた兵士たちを見たかった。いくつもの戦いを経て身につけた強靱な身体。光り輝く鎧。天へと突き刺さる剣。学校の教科書や図書室の本で見た写真では物足りない。その圧倒的なオーラを肌で感じたかった。

 そしてついに目と鼻の先まで行進が近づいてきた時だった。ドンッと背中を強く押された俺は、規制線から大きく飛び出し、行進の先頭をふさぐような形で倒れてしまった。すぐに振り返るが、既に俺の背中を押した人物の姿はない。すると、辺りが急に暗くなったのを見て、すぐに天を仰いだ。

 そこには息を荒くしている馬。さらにその上空からは、鋭い眼光の兵士が俺のことを睨みつけていた。


 ――少年、今すぐそこをどけ。行進の邪魔だ。


 すぐにどかなければいけない。それは頭の中ではわかっていたのだが、突如目の前にした兵士に腰を抜かしてしまった折れば、すぐには立ち上がれなかった。

 行進が止まってしまっている。周囲からの冷たい視線を浴びている状況。人から注目を浴びるということが、これほどまでに身体を縛り付けるものだとは思ってもみなかった。


(動け、動け!)


 俺は自分の足にそう念じたのだが、一切自由のきかない足。なかなかその場から動こうとしない俺にしびれを切らした兵士が、馬の前を足を高く上げ嘶かせた。

 踏みつけられる。そう感じた俺は目を閉じて頭を抱えた。すると誰かに強く腕を掴まれ、そのまま身体ごと街道の端に引きずられた。


 ――あんた、バカじゃないの!


 パシンッ!


 行進曲の音色を切り裂くように激しい音と痛烈な痛みが俺の右頬を襲う。俺の視界には鬼の形相のイローナが立っていた。訳がわからなかったが、俺は言葉も出ずただイローナの顔を見上げていた。頬の痛みが痺れへと変わり、涙腺を緩ませる。涙が零れるころには、多くの兵士が俺たちの前を次々と通り過ぎていた。

 兵士の姿を目に焼き付けるどころではなかった。何が起きたのかよくわからない。放心状態だった俺は、しばらくその場から立ち上がることができず、ただただ兵士たちの足下ばかりを見つめていた。


 すると、ずっと側にいてくれたイローナが声を張り上げた。


 ――ビリーフ、見て。あれがレン王子よ!


 他の兵士とは全く違う黄金に輝くような鎧を身に纏い、その手には身の丈ほどの大きな剣が天高く掲げられていた。

 レン王子は、俺たちよりも少し年齢が上であり、当時から多くの女性に人気があった。

 イローナの声で俺もようやく顔を上げた。視界に写ったレン王子の姿は、今でも覚えている。王となる器。その容姿だけではなく、遠くを見据えて勇ましく馬に跨がる姿勢は、まさに王子と呼ぶにふさわしいものだった。それを幼心にも感じ取ったのだ。

 ふと、イローナの表情を見ると、まさに恋する乙女の顔になっていた。

 俺はその日をきっかけにレイズ城で兵士になるべく、自らを鍛える努力を始めた。ただそれは、兵士に憧れたからではない。誰かに守られるのではなく、誰かを守る存在となるためなのだ。そう自分に言い聞かせてきたのに――未だに、いざという時には身体が動かなくなる。

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