【22】犯人を見つけ捕まえること。

 俺はできる限り早く戻ることを約束して、書庫室から出た。

 時刻はもう十二時を回ろうとしている。まずはイローナと合流することを考えた。イローナは、グレメルが話してくれたウィスドンというメイドに話を聞きに行っているはず。そして話し終えた後は、メイド室で落ち合う約束だ。

 さすがに夜も遅いからか、城内は足音が響いてしまうほど静まりかえっている。忍び足をする必要はないのだが、どうしても自分の足音が気になってしまう。階段を上る時でさえ、急ぐ気持ちを抑えてまで、慎重になっている自分がいた。

 すると、ちょうど上の階から誰かだ降りてくる足音が聞こえた。降りてきたのは後輩の兵士だった。


「お疲れ様です」

「お疲れ」


 挨拶だけ、何事もなくすれ違う。それが日常であれば当然だ。しかし今は違った。


「あ、ビリーフさん。最近忙しそうですけど、大丈夫ですか?」


 俺が通常の業務から外れ、特別な命を受けていることは、おそらく全ての兵士が知っていることだろう。しかし内容までは聞かされていないはず。誰しも気になることとは故、詮索してはいけない。その思いは兵士ならあるはずだ。こういった声がけも、単純に先輩を気遣って言ってくれているのだろう。


「ああ、大丈夫。悪いな、今は色々あって俺たち兵士もいつも以上に緊張感を持って責務にあたらなければいけないのに」

「いいえ、エルケット軍隊長からビリーフさんは特別任務を受けられていると伺ってます。俺たちよりも、きっと難しい任務なんでしょう。だから、無理だけはしないでくださいね」

「ありがとう。お前たちも気をつけろよ」


 このまま会話は終わり、互いに進行方向をに歩みを進める。少し気になった俺は数段上ってから後ろを振り向いたが、後輩の兵士はすでに壁の影へと姿を消していた。

 そっと胸をなで下ろす。余計な言葉を滑らさないように慎重にならざるを得ない。慣れ親しんだ相手のはずなのに。

 疑っているわけじゃない。それは相手も同じ。しかし、レン王子を殺害した犯人が城の中の人物の可能性が消え去らない限り、この厭な緊張感はなくならないだろう。あるいは犯人を捕まえる以外には。


 それから他の兵士に会うこともなくメイド室に着いた。この部屋は普段メイドたちが休憩をとったり、時にはメイドたちの会議なども行われる場所。この時間なら他のメイドたちも自室で就寝しているだろう。

 先にイローナが入っているかもしれないと思い、扉を開ける前にノックをした。しかし、中から返事は聞こえない。まだウィスドンと別の場所で話しているのだろうか。仕方なくメイド室で待っていることにしようと扉に手をかけた時、背後から声をかけられた。


「これはこれは、ビリーフ一等兵殿じゃないですかねぇ」


 聞き覚えのある口調。振り向くと、そこに立っていたのは王の側近レドクリフだった。

 俺はすぐに姿勢を正し、深くお辞儀をする。


「お疲れ様です。レドクリフさん」

「ああ、お疲れ。それにしてもこんなに遅い時間に何用かね」

「いえ、ちょっと人と待ち合わせをしているだけです」

「そうか。それにしても王からの命の一件はどうだね?」

「……そうですね。なかなか慣れないことなので」

「あまり時間をかけることはできないことだからねぇ、一刻も早く犯人を捕まえてくれないと、城内だけではなく国中が落ち着かないんだよね。それは君も十分理解してるんだろう」

「……はい」

「まあ、それもそうなんだけど、エルケットも手を貸しているようじゃないかね?」

「え、どうしてそれを?」

「なに、風の噂だよ。二人とも遠回りをしているようだから、少し私から助言を授けてやろうかねぇ」

「助言……ですか?」

「うむ。なに、簡単なことだ。――国は、という事実だけを求めている。その事実さえ、国民に報告できさえすれば、今回の一件は落ち着くね。この意味がわかるだろう」

「……はい。わかります」

「ものわかりの良いのう、ビリーフ。エルケットが推薦したのも納得するねぇ」


 レドクリフが語る意味。これは以前にも似たようなことを別の人物から聞いていたから驚きはしない。そうイローナに最初に相談した時だ。


『――王は、犯人を捕まえてこいって、あんたに命じた。でも、誰もレン様を殺した犯人を捕まえてこいとは言ってない。この意味わかる?』


 レン王子を殺害したのは、誰なのか。それを突き止めるのが俺に下った命ではなく、レン王子を殺害したという犯人を見つけ捕まえることが、命なのである。レドクリフに改めて言われ、再び俺の中で迷いと葛藤が渦巻いてしまった。

 この時、俺はそっと自分のポケットにしまっていた写真に触れた。

 モラーリから貰った写真。これを今目の前にいるレドクリフに突きつければ何か真に迫る事実を暴き出せるかもしれない。しかし、それは今なのだろうか。もし、タイミングを間違えてしまえば、自分の立場を危ういものにしてしまいかねない。


「あの、レドクリフさん」

「なんだい?」


 威圧してくるような雰囲気に気圧けおされ、俺の手が石のように固まって動かない。


「いえ、……何でもないです」


 一瞬、そんな俺の様子に訝しむ仕草を見せたが、レドクリフは小さく息を吐き背中を見せた。


「ふむ、いずれにせよ。君のに期待しているからねぇ」


 廊下の奥へと消えていくレドクリフの後ろ姿を見つめたまま、俺はポッケとに入れた手の緊張がほぐれていくのを感じていた。

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