16 おっぱいは普通サイズがベストです

 会議は意外と真面目に進行した。最後に通信魔法板を片手に、リーゼラが会議内容の統括を行う。


「ではレジュメを確認します!

一、学園に流通している可能性が高い違法ポーションは、オリス公国からの密輸団が絡んでいる可能性が高い。

二、その背後に史上最強と言われる魔王『マルセスダ』がいる。あるいは復活に係わる何かが動いている可能性が高い。

三、上記一の捜査に帝国公安部が動いている。ロバート様に近々潜入捜査官が接触するので、今後活動を共にする。

 以上が確認された状態で。

一、の密輸団の捜査は、あたしがエクスディア家を洗い直します。ちょうどあそこの警備メイドをR&L団の下っ端戦闘員にしたんで、その線から突いてみます。

二、の魔王の件は情報が少なすぎるので、トミーさんが文献などの情報を再調査します。

三、の公安の潜入捜査官は、正体がわかりしだいココが背後関係を洗いながらロバート様のサポートにつく。

……で、いいかな?」


 そこまで読み上げると、暗号化された文章が全員の通信魔法板に送られた。


「私は魔王の調べを進めるが……何分その資料はほとんど闇に葬られているので、あまり期待しないでほしい。あるとすれば帝国図書館の禁書庫。そっちは、研究目的だと言えば私は入室できるから、まず足を運んでみよう。後は転神教会の資料館だが……そちらは、つてがない」


「プロフェッサー、ならば帝都の教会へ紹介状を書こう。転神教会の関係者なら何人か師匠の知り合いがいる」


 ロバートがそう言うと、トミーは「助かるよ」と、にこやかな笑みを返した。

 むしろ礼を言わなくてはいけないのは自分だと思ったから、ロバートはぎこちなくその笑みを受け取り。


 ――どうも仲間で活動すると言うのは、なれないな。と、苦笑いする。


「ロバート様、その公安の犬の正体がわかったらご連絡ください。あのポンコツお嬢様は、この学園の貴族の集まり……サロンの代表をやってるんです。その情報網や公爵家の権力を利用すれば、犬の一匹や二匹。くびり殺す事なんて、た易いですから」


「そ、そうか……まあ、欲しいのはその工作員の表向きの情報や、学園内での交友関係だ。できるだけ穏便に済ませてくれ」


 相変わらず感情の起伏の無い言葉でそう言うココに、ロバートはうすら寒いものを感じながら、なんとかそう答え。


 ――やはり何かがズレてるような気がするが。と、首を捻る。


「じゃあ、トミーさんもココもその線で進めてください! あたしは今日捕まえたエクスディア家のメイドから話を聞きます。やたら胸がデカいピンクい髪の、ふわっとしたカワイイ系のガキでしたから。ついでに『はい』と『ありがとう』と『この卑しいメスブタにお慈悲を』しか言えないように調教しときます」


 サラッとそう言ったリーゼラに、トミーは困ったような笑みを浮かべ、ココは無表情のまま深く頷いた。


「おいおい、なにをバカなことを言ってるんだ!」

 しかたなくロバートが突っ込むと。


「ロバート様……はっ! もしや調教の方向性に、なにか問題でも?」

 真顔でそう聞いてくるリーゼラに。


 ――完全にズレてるが、どこから訂正すればいいんだ?

 ロバートはため息をつきながら。


 しかしガドリンの話がどこかで引っ掛かり。

 今まで魔女キルケや聖人デーンに言われてきたことが、なんとなく見えてきた気がして。

 ロバートは、この方向性を維持しようと考え始めていたが。


 仲間を信用して行動を共にするのは、けわしく長い道のりだなあと。……ひとり、途方に暮れた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




 それから数日間は、特に何も起こらなかった。


 ロバートは何事もなく寮の階段を降り、教室に入る。あれ以来、朝のプチ社交界はなくなったのだが。

 あのクルクル回る上級生は、なぜか一日に四~五回、ロバートの教室の前の廊下を通り過ぎるようになった。


「あら、ごきげんよう」


 貴族出身の生徒たちがその度に深く頭を下げ、それにクルクル回る上級生が挨拶を返すだけで、ロバートに話しかけてくることはない。


 その度に教室がざわつき。

「なんて優雅でお美しいのだろう」

「最近毎日のようにマリー様のお顔が拝見できるから、それだけで幸せだわ」

 そんな言葉が飛び交い、皆うっとりとしている。


 ロバートは、貴族って不思議な生き物だな。と、遠目でそれを観測していた。



 教室内の雰囲気は、ロバートを完全に無視する方向で一致団結したようで。いじめのような行動も無くなったが、挨拶を交わしたり、話しかけたりする生徒もいなかった。


 アクションらしいものを起こすのは……


 目が合うと、異様におびえる人形のように美しい少女と。チラチラとロバートを見ては一向に話しかけたりしない、隣の席の少女だけだった。


 ――うむ、この状況もなんとかしなくてはいけないのだろう。


 ロバートは、さらに豪華仕様にカスタマイズした自分の椅子にふんぞり返って。生徒たちを眺めながら、思考を巡らす日々が続いたが。


 変化は、思わぬ方向から訪れた。



「ねえロバートくん、ドラゴンの襲撃以来あやふやになっちゃったけど。勉強会というか……今度の休みにでも、先生と出かけない? ホントは手料理でも振舞いたかったんだけど、いいレストランの予約が取れたんだ。時間取れそう?」


 放課後そう話しかけてきたのは、青髪のロリ巨乳教師ナーシャだった。

 トミーの話では、彼女は学園長を支持する教師陣のひとりで。その実力から、学園のイザコザを陰で治める役割もしているらしい。


「お誘いありがとう、特に休日に予定は入っていない。場所と時間を指定してもらえれば伺おう」


 ロバートは、ナーシャが自分を誘って何をしたいのか。また試験の際に狙われた理由も知りたかったので、その誘いに乗った。


「そっか、ありがとう! じゃあ通信魔法板の連絡先を教えて」


 ナーシャが嬉しそうに、ボインと巨乳を揺らしながら自分の通信魔法板を取り出す。ロバートがポケットから自分の通信魔法板を取り出すと。ナーシャは連絡先の交換スペルを唱えて。


「楽しみだね!」

 ニコリと微笑みながら、去って行った。


「ふむ……これで、いよいよ事件が動きそうだな」



 ロバートは、嬉しそうに歩いているナーシャの背を見ながら……クールにそう呟いた。




○ ◆ ○ ◆ ○ ◆ ○




「ゆ、由々しき問題です!」


 グレーのローブのフードを深く被り、手に大型の木製杖ワンドを握りしめた赤髪の女性が、震える声で呟いた。

 その隣で緑のおかっぱ髪のメイド服の少女が、無表情のまま深く頷く。


 良く晴れた春の、休日の昼下がり。帝都城前の広場には多くの観光客やカップルがあふれていた。


 デートスポットとしても、ナンパスポットとしても有名なこの場所で。

 木陰のベンチで佇む、目立つ美女と美少女の組み合わせだったが……声をかけようとした男どもは、全てその異様な雰囲気に二の足を踏み。

 若いカップルは、その二人から距離を取るように大回りして歩く。


 遠くでは初老の観光客が二人に向けて通信魔法板の撮影ボタンを押そうとしたが、観光ガイドが慌ててそれを止めた。


「ねえココ? あたしたち目立ってるの?」


 リーゼラが握りしめたワンドをプルプル震わせながら、隣の緑のおかっぱ少女に問いかける。


「そんなこと気にしてる場合じゃないです。ロバート様が、あの腐れ巨乳教師の餌食になったらどーするんですか」


「そうよね。そのためには、手段なんか選んでられないもの。で……ロバート様もやっぱり、大きな胸がすきなのかしら?」


 リーゼラは自分の胸にあまり反応しないロバートのことを思い。ふと心配になって、ロバートの過去を知るココに質問してみた。


「さあ? もしそうなら、ぺったんこのウチのお嬢様は完璧にアウトですが……おっぱいは普通サイズがベストです。その真実を彼に教え込めばよいのですよ」


 ココはそう言って、自分の普通サイズの胸を張った。リーゼラはそのココの胸と自分の胸を交互に見て。


「そうねその通りだわ! おっぱいは大きさじゃなくて形や弾力や色艶だもの」

 ココに張り合うように「ふふん」と背筋を伸ばす。


「おばさん、もう垂れてんじゃないんですか? だからロバート様が見向きしないんじゃ……」

 自分より微妙に大きかったリーゼラの胸に、ココが抑揚のない言葉遣いでそう言うと。


「だーれーがー、おばさんよ!」


 リーゼラの低い咆哮のような言葉が響き……S級能力者同士の研ぎ澄まされた魔力がぶつかった。



 そこから百メイルほど離れたオープンテラスの喫茶店で。


「ねえロバートくん、今凄い魔力衝突を感じなかった?」


 胸を強調する、ピッタリとしたニットのワンピースを着たナーシャが微笑んだ。

 ロバートは、その魔力波を感じながら。


 ――作戦は完璧だとぬかしたくせに、いったいなにをしてるんだ?



 やっぱり、ひとりで行動した方が楽なんじゃないかと。

 カップを片手に、深く深く……ため息をついた。

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