プリーズ・イート・ミー  ~俺のゴハンが人化して食べられない~

大江戸ウメコ

ゴハンが人化して食えません。【前編】

【可愛い女の子とたくさん出会えるようにしてください】


 七夕の短冊に、俺は確かにそう書いた。

 俺に彼女が出来ないのは出会いがないのが悪い、そう思っていたからだ。


――しかしながら、この状況はちょっと俺の願いと違うんじゃないだろうか?





「さぁ、どうした。はやく私を食べないか!」


 ダイニングテーブルの上どっかりと乗った美女が、ぷるんと胸を揺らしながらそう言った。

 褐色で赤毛、大胆な服装をしたすこぶる美女である。

 テーブルの上に座っているのはいただけないが、肉付きが良く、締まるべきところは締まり、ふるいつきたくなるような素晴らしい身体をしている。

 そんな美女が俺に自分を食べろと訴えてくるのだ、男としてこれほど美味しい状況は無い。

 そのはずなんだけど。


「食えるかああああぁぁっ!!!」


 俺は涙を流しながらフォークを置いた。

 褐色美女は俺の彼女ではない。それどころか、人間ですらない。


 コイツは、今まさに俺が食おうとしていた牛ヒレステーキ300グラムだった。


 スーパーで購入した真っ赤な牛肉をフライパンに置き、少しレア加減で両面をこんがり焼いたのはつい先ほどのことだ。

 肉汁の滴るステーキ肉を皿に載せ、恐る恐るダイニングテーブルに座った時は、今度こそ大丈夫だと思ったのだ。

 けれどもいただきますと手を合わせ、フォークを肉に突き刺そうとした瞬間、ソレは起った。


 牛ヒレステーキ肉が、褐色美女に変化したのだ。


 何を言っているのかよく分からないだろう。俺も最初にこの現象が起きた時は、何が起こったのかまるで理解ができなかった。

 だが、現に皿の上にあったステーキ肉は煙のように消え失せて、代わりに褐色美女が皿の上に座り込んでいる。


「なんだよコレ、なんなんだよコレ! 俺のステーキ肉どこにやった!」

「何を言う。私がそのステーキ肉だ。君が丹精を込めて焼いてくれた牛ヒレ肉だ」

「牛要素ひとつもねぇよ! 胸だけだよ! 腹が減ってるんだよ俺は!」


 むちむちの肉感は確かに美味しそうではあるが、違うのだ。

 俺は今、ステーキが食いたかったのだ。


「うむ。だから私が君の空腹を満たしてやろうというのだ。さぁ、そのフォークで私を突き刺し、ナイフで私の肉を切り、思う存分貪るが良いっ!」

「グロいよ! 踊り食いにも程があるだろう!カニバリズムとかホント無理だから!」


 俺は涙を流しながら訴えた。俺の言葉を聞いた美女は悲しそうに眉尻を下げる。


「……そうか。とても悲しいが仕方がない。君が食べぬというのなら私はもう用済みだ」


 美女は寂しそうにそういうと、そっと俺の頬に手を伸ばした。


「残念だよ。私は君の血肉の一部になりたかった」


 美女はテーブルの上から俺の頬をそっと撫でると、ボワンと音を立てて煙と共に消失した。

 テーブルの上には、空になった皿だけが残される。


「俺のステーキ肉ぅぅぅぅぅぅっ!!!」


 微かに肉の焼けた香りと、グレービーソースだけが残る皿を見つめて、俺は泣いた。








 七夕の短冊に願いを書いたあの日以来、俺は食べようとした物が女へと変化する謎の症状に苦しめられていた。


 はじめは、七夕祭りの帰りにコンビニで買ったプリンであった。

 ダイニングテーブルの上にプリンを置き、さあ食べようとフタを剥がしたところで、プリンが金髪の美少女に変化した。


 まったく意味が分からなかったが、当初、俺はとても喜んだ。


 なにせ、プリンは俺好みのすこぶる美少女だったのだ。しかも彼女は甘えた声で、俺に向かって「私を食べて」と言ってくる。不可解な状況なんてどうでもいい。神様が俺に童貞を捨てる機会を下さったのだと幸運に感謝した。

 俺は即座に「いただきます、ありがとうございます!」と呟いて彼女の肌に手を伸ばしのだが、俺の手が彼女にふれるや否や「違います!」と強い拒絶の言葉で彼女に叩かれた。

 そうして彼女は眦を吊り上げて俺に向かって言ったのだ。


「性的な意味で食べるんじゃなくって、食事的な意味で食べて下さい」と。


 正直、意味が分からなかった。

 たしかにプリンが変化したが、彼女はどこからどうみても人間の女の子だ。

 それを食べるだなんて、頭がおかしいとしか思えない。

 俺が正直にそういうと。プリンはとても悲しそうな顔をして「それなら私は用済みです」と言って消えてしまった。

 始終意味のわからない出来事であったが、それだけならば、俺は白昼夢でも見たのだと笑い飛ばせただろう。

 けれども謎の人化はそれだけで終わらなかった。

 おにぎり、みそ汁、焼き魚。果てはスナック菓子やアイスまで、俺が食べようとしたありとあらゆる食品が、食べる直前に女の子に変化するようになったのだ。


 最初は喜んだ俺も、人化が三回を超えたところで不安になった。

 なにせ、俺が食えないと言った瞬間に人化した女の子は消え失せる。それと同時に、俺が食べようとしていた食品までもが消えて無くなってしまうのだ。

 

 この現象をどうにかしない限り、俺はまともに飯が食えない。

 これは、とんでもなく由々しき問題であった。








「なぁ、長瀬。お前本当にコレが見えてないの?」


 昼休み。弁当箱の上にどっかり座り込んだ、セーラ服の美少女を指さしながら俺は友人の長瀬に尋ねた。長瀬は俺の正面に座りながら、涼しい顔で卵焼きを頬張っっている。


「弁当箱から出てきた制服の美少女なんて、お前、ぶっ飛んだ冗談言うようになったなぁ」


 長瀬はけらけらと笑いながら、何事もないように食事をすすめる。

 そんな長瀬と俺の間には、セーラー服を着た俺の弁当が、弁当箱を下敷きに正座していた。

 長瀬だけじゃなく、他のクラスメイトもこの明らかに異質な存在に気を留めない。

 おかしなことに、この弁当少女が見えているのは俺だけらしい。


「ほらほら、早く食べないと昼休みが終わっちゃいますよっ!」


 セーラー服を着た俺の弁当は、急かすようにそう言った。

 俺だって弁当を食べたいのだ。なにせ俺はこの2日、まともにメシを食っていない。

 何かを食べようとしたその瞬間に、食物が少女へと変化するのだ。どうしようもない。

 水分は取れるし、ゼリー系飲料水なら人化しないことを発見したのでそれで空腹をしのいできたが、正直そろそろ限界だ。


 まともなメシが食いたい。固形物が食いたい。


 俺は胡乱な目で机の上に座る美少女を見た。どう見ても人間の女の子だ。だがしかし、これは俺の弁当であったはずなのだ。その証拠に長瀬にはコレが普通の弁当にしか見えていないらしい。


 もしかして、この美少女は俺の幻覚か何かなのだろうか。

 食べようとした瞬間に、普通の弁当に戻るとか――。


 俺は空腹でおかしくなっていた。だから、目の前の弁当少女を食べてみようと試みたのだ。

 どうか普通の弁当に戻ってくれることを願って、俺は自分の箸で弁当少女の太ももを突いた。


「あんっ!」


 弁当少女が小さく鳴いた。俺は無言でなんども少女を箸でつつく。


「あんっ、あ、こそばゆいですっ!」

「くそがっ! 戻らねぇじゃねぇか!!」


 俺は思わず箸を投げた。


「お前、さっきから何やってんの? 遊んでないで早く食えよ」


 長瀬があきれた目で俺を見る。

 早く食えだって? 俺だって食いたいとも! 食えないから困っているんじゃないか!!


「こんなもん食えるかよ、どうやって食えっていうんだ……」


 思わず俺が呟いた瞬間、弁当少女は悲しそうな顔をして消えていった。そうして、俺の弁当の中身が空になる。


「んなこと言ったら作ってくれたおふくろさんが悲しむぞ――って、なんだ、全部食べてるじゃねぇか」

「食べたんじゃない、消えたんだ」

「はいはい、お前の腹の中に消えたんだろう。俺もご馳走様っと。はぁ、食った食った」


 満腹そうに腹を撫でる長瀬を恨みがましい目で眺めながら、俺は空になった弁当箱を鞄へしまった。



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