第十四話 カウンター・アタック! この世界に二人で目に物を見せる(前)

 ガウバ台地に入ってからは、選手達は皆ペースを少し落としたと感じられた。


「皆やっぱり体力を温存する考えかな」

「そうだと思います」

「うん」


 わざわざ言葉にしなくても分かるような事でも口に出し合う、これって結構大事と思う。


「この先を少し進んだ所に一際大きな勾配こうばいが有るのですが……レン様、どうされますか?」

 アクアレーナが俺に意見を求めてきた。主導権を俺に譲ってくれているようでいて、実はしっかりと自分の主張をしてきている感じが、如何にも強い女のキミらしいね。


「消耗し切ってしまってからの休息は、体力の回復効率が悪くなる。疲れは如何に溜めないようにするかが大事さ。だから勾配の前に休む事にしよう」

「賛成ですわ」


 今の返事も、最初から俺に聞くまでも無くそうするつもりだったというビジョンが、彼女の中にちゃんと有ったからだ。


 背もたれに使えそうな岩が有る場所で、俺達は馬から降りた。

 そしてお互い、馬の腰のポーチに入れていた食料を手に取る。


「――おお!」

 食料を広げてみて、俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。


「はい。ガンコさん特製のお弁当ですわ!」

 アクアレーナがまるで自分が作ったかのようなドヤ顔で言ってきてるのが面白かったけど、でも彼女の場合はそれでも良いんだ。


 彼女はフレイラ家を先頭に立って纏めてる。だから家の皆は各自の役割を一体となってこなせてる。

 彼女はそんな皆を心から信頼しているのだからこそ、自分の事のように誇る事が出来るのさ。


 ガンコさんがこさえてくれた具材は、甘く味付けした玉子焼きにタコさんウインナーなどなど、ニホンの良きお弁当を体現しているかのようだった。

 お味も格別で、正に疲れが心から吹っ飛ぶ見事な仕事っぷりだった。


「うん。食べてるとなんかこう、大事なレースに挑む俺とキミの事を思いながら作ってくれたっていうのがと伝わってくるよ」

「ふふっ。レン様ったら、ご飯粒が口元に付いてますよ」


 アクアレーナが笑いながらそう言って、そっと手を伸ばしてそのご飯粒を取って自分の口へと運んだ。自分でしておきながら少し気恥ずかしげにする彼女の顔を見て、こっちはなんかちょっと顔が赤くなってくる。


「あ、有難う……」

「ど、どういたしまして……」


 な、なんだよ、キミまで照れてたら俺だってもっと照れちゃうじゃんか、もう……。


 しょうがないから、言い出し難かった事をここで切り出そう、うん。


「ところでさ、キミはもう気付いてるか? 俺はガウバ台地に入ってからだけど、どうやら俺達の後を付けていた選手が居るみたいだ」

 俺の言葉に、アクアレーナが頷いた。


「はい、私もきっとレン様と同じ頃に気が付きました。騎乗中は気持ちが張り詰めて、周囲の事にも敏感になるものですから」

「乗り物に乗ってる時は特に周りにも気を配るっていうのは、ニホンでもゼルトユニアでも同じだね」


 レースが開始してすぐは各選手固まっていて、いわゆる団子状態だったから特に気にしてなかったけど、レース中盤に差し掛かって選手の位置がバラけるようになったら流石に気付いた。ずっと俺達との距離をキープし続けていた奴が、確実に居た事に。


「今は先に休息を取った俺達より前に行っているけど、もしかしたら……」

「ええ、私達を狙って何かしらの罠を仕掛けている可能性が有りますわね」


 アクアレーナはこういった事ははっきりとした口調で言てくれるから、俺も変な気を遣わずに済むというものである。


「ニホンからの転移者である俺の力を気にして、ちょっかいを掛けて来るつもりかな」

「若しくは、フレイラ家の障害となるべく動いている者なのかもしれません」

「どっちも思い当たる奴が居るよな」

「はい。しかしこのレースがきっかけとなって、そんな陰謀にレン様が巻き込まれてしまうような事になったら申し訳が立ちません……」


 気落ちする素振りの彼女の言葉に、俺は笑い掛ける。


「何を今更。俺は今はあくまでフレイラ家の客人だけど、それでもキミの、屋敷に居る皆の仲間のつもりだよ」

「レン様っ! その優しいお言葉、私深く心に刻み込みますわ!」


 う、うん、そんな風にいきなり前のめりになって俺の両手を取りながら言われちゃうとその、まだちょっと怖いけどさ……。でもまあ、この手の感触は、その、悪くないかな、あはは……。


 ――さてと、馬もだいぶ元気を取り戻せたようだね。じゃあそろそろ……。


「行こうか、アクアレーナ。罠が有るかもしれなくても、ここは一直線にさ!」

 俺はそう言って目の前の勾配こうばいを視界に捉えた。俺達の敵となる奴が何かをし掛けるなら、きっとあそこだろう。


「はい。私レン様と一緒なら、どんな危険にだって飛び込んでみせますわ」

 有難う、今はその迷いの無さがこの上なく頼もしいよ。


「俺達が目指すのは優勝だ。降りかかる火の粉が有ったとしても、吹き飛ばして行かなきゃいけない!」

「勝利を掴む為には、不安となる要素をしっかりと炙り出して適切に排除する事も必要ですものね!」


 こうと決めたら、とことんそれに向かって突き進む。アクアレーナがこういう強気な一面を見せるっていうのは、決して急な事なんかじゃ無くてさ。


 彼女は元々こういう面も持ってる女だったのさ、きっと。

 でも相手の男の俺に何処まで自分をさらけ出して良いかは彼女自身も手探りでさ、きちんと何日も接してきた時間が有る今だからこそ、恐れず自分を出してくれるようになったんだ。


 男なら、大事な女のそういう繊細さも分かってあげなくっちゃね!


 勾配を一気に駆け上がる俺とアクアレーナ。


 ここからはお互いに暫し無言だ。難関となるこの場所では、通常以上に走りながら馬の調子を感じ取る事に意識を向けなきゃいけないし、それに加えて敵の罠を探る必要も有る。


 アンスリウムは俺の意思を明確に汲み取って走ってくれている。しっかりとコンディションが整っているからだ。


 ただこの勾配を走るだけなら、きつくても、きっと楽しめる走りになったんだろうなってそう思う。それ位、俺はこの愛馬と走るのが好きになっていた。


 でもまあ、そんな事を夢想してばかりも居られない訳でさ。

 出てきたよ、なんかとさ!


「アクアレーナ、解説を頼む!」

「あれはスペクター。実体を持たない霊体属性で、妖術師が使い魔としても使役する魔物です!」


 妖術師、また新しい単語が出てきたね。良いじゃないか、それまで知らなかったものの存在を知るっていうのは心が躍るよ。


 セイレーンよりももっとはっきりと透けて見える、煙みたいな霊体でなんかバチバチ鳴ってる魔物スペクター。


 まさかこのタイミングで都合良く、野生のスペクターなんてものが出る訳は無い。なら、俺達の敵はその妖術師だと考えて良いって事だ。


「魔力弾を使ってみて良いか?」

「おすすめ出来ませんわ。スペクターは過剰な魔力を受けると爆発をする特性が有るんです」


 そうか。この勾配で爆発なんて起こされたら、色々マズイな。


 そう考えていると、そのスペクターの一体が近付いてきた。

 こっちも馬で走っているから相対的に凄く早く感じる!――なんていうか、物凄い圧力が有る!


「体当たりしてくる気か!?」

 実体を持たない奴相手に体当たり、なんて言葉使って良いかは知らないけどさ。


「いけない、避けて!」

 アクアレーナが声を掛けてくれたお陰で、俺はアンスリウムに回避の指示を伝えるのが間に合った。


 勢い余って地面に激突したスペクターが、爆発した。


「霊体なのに地面はすり抜けられないのかよ!」

「正確には地面に流れる霊的エネルギーとぶつかった、という――」

「ツッコミ入れてみたってだけで、理由を知りたかった訳じゃないさ!」

「ご、ごめんなさい!」


 律儀に謝ってきてくれるアクアレーナには心の中で『俺こそごめん』って言っておくけど、この切羽詰まった状況ではそれこそ、一つ一つ原因が明らかにならないと嫌だなんて事は言ってられないんだ。


 要するに、あんなにスピード出して突っ込んで来るからには、何かとぶつかったら自分スペクターもタダじゃ済まないって事なんだ。それ位の事が分かれば十分対応は取れる。


「――俺が前に出る!」

 避け続けるだけじゃ限界が有る。ましてやこの勾配である事と、それを二人で並走してるって事をそのままにしては居られない。


「縦の陣形を組むのは分かりますが、でも――!」

 アクアレーナが俺の事を心配してくれている。でも俺だって考え無しで格好付けてやしない。


 スペクター達は俺を集中して狙ってきた。でも俺は、いや俺とアンスリウムはそれらを巧みにかわしていく。


 アクアレーナはスペクターの軌道を見てからの回避になるので、尚更楽にかわす事が出来た。


「あれは――」

 しかし俺の前に両側が岩で狭まった場所が現れた。

 加えて、二体のスペクターが俺達と同じように縦並びになって飛んでくる。


 これはいけないと、意識より先に直感が走った。


「レン様、スペクターが来る前にあそこを駆け抜けて下さい!」

 アクアレーナが進言してるのはこういう事だ。回避を考えなければまだ愛馬は速度を上げられる、だから一気に走ってしまえという事だ。


 だけどその場合、後ろを走るアクアレーナがあの狭い場所でスペクターと鉢合わせるタイミングを迎えてしまう事になる。


「いや、俺が前に出たのにはちゃんと理由が有る!」

「そんな!? まさか私の為に、犠牲になるおつもりですか!」

 彼女が怒ったような声で叫んできた。


 ――この時、まず俺がスペクターが地面で爆発した事の理由を説明する彼女を邪険にしていながら、自分のやる事には理由が有るなんて言った事について、彼女が不機嫌になっていなくて良かったと思った。だって彼女は、この危機迫る状況でも怒る程真剣に、俺の身を案じてくれているのだから。


 俺だって同じさ。真剣な時だからこそ、思わず怒ったような言い方になってしまう事も有って、でもそれを言い訳にするつもりは無くて、でもそれでもつい怒ってしまうのは止められなくて。


 でも、きちんと相手に誠実に向き合っているからこそ、時には真剣になるあまりどうしても抑え切れなくて、自分の我を通してしまうような場面ってのも出ると思うんだ。

 今が丁度、その時さ。


「良いから見ててくれ!」

 うん、これも彼女に対してなんか偉そうだって分かってる。分かってるけど、なんていうのかな……。


 ――男ってさ……こんな時自分の気持ちをどういう風に表現すれば、相手の女から正解だと思って貰えるんだろうね?


「レン様! 右手が、右手がバチバチと鳴っていますっ!」

 アクアレーナが後ろから、彼女の見たまんまの事を、声を上ずらせて叫んでた。


 見たまんまの事を、俺が『見ててくれ』って言った右手の痣の力の事を、飾らず必死に、一生懸命に。


 ……彼女がそうしてくれるっていうただそれだけの事が、なんか今、物凄く嬉しいってそう思って、訳も分からず、胸まで熱くなる!


 突っ込んでくるスペクターがなんか少し遅く感じられたのは、俺の目が奴らの速度に慣れてきたからだ。

 ――一瞬、アクアレーナの愛を感じたからだなんて思ったりもした、けど。


「奴らのバチバチと似てるだろう!」

 俺の右手が魔力弾を出さずに、スペクターの顎を直接掴んだ。


「レン様っ!」

 まるで感動してるみたいな感じのトーンで俺の名を呼ぶ彼女に、俺はここでこう言うよ。


「……理由、代わりに説明して良いよ」

 さっき説明を止めてしまった分を、取り戻させてあげるよって気持ちでさ。


 阿呆みたいだとかって、そんな風に思うならそれは軽率さ。


「スペクターの霊的エネルギーの波長を見定めて、その上自分の痣の力の波長を彼らに合わせる事でっ――!」

 今アクアレーナ、めっちゃノリノリだからね。


「よいしょっと」

 俺は彼女の嬉々とした説明を聞きながらも、掴んだスペクターを今度は奥の方の奴へと投げつけた。


「――強く力をぶつけて爆発させるのではなく、優しく受け止めたのですねっ!」

「正解!」


 俺の掛け声と同時に強くぶつかり合ったスペクター同士が爆発を起こした。その下を俺とアクアレーナは二人で潜り抜けていく。


「流石レン様ですわっ!」

「アクアレーナ、さっきは邪険にしたみたいになってごめん」

「えっ、私邪険になんてされましたっけ?」

「えっ?」

「きっと気の所為ですわよ!」


 すぐにきちんと謝るつもりだったのに、逆に彼女にはっきりとそう言い切られてしまった。


「う、うん。そうだね」

 良いのかな?


「はいっ」

 ――いや、良いや。ここはもう彼女の優しい嘘に勝ちを譲ろう、うん。


「アクアレーナ」

「はい?」

「皆にキミの事を、誇りたい気分だ」

「レ、レン様っ!?」


 彼女がさっき以上に上ずった声を出した。そんな変な事言ったかな、俺。

 とにかくさ、俺は彼女を何がなんでも絶対にこのレースで勝たせたいって、今改めてそう思ったんだ。


「スペクターはもう打ち止めかな?」

「そのようです。――レン様、前方に何かが!」


 アクアレーナの言葉通り、俺達の前の地面から何本もの光の槍が突き出てきた。


「くっ、ここに来て足止めしようっていうのか!」

 俺はアンスリウムに停止の命令を出した。


 しかしアクアレーナはその俺の横を通り過ぎて行く。

「あの光の槍は拘束系の妖術、発動し切る前に核となる槍を解除せねばなりません!」


 解除って――まさか!?


「突っ込む気なのか、アクアレーナ!」

 そんな予測は外れていて欲しい……その願いはアクアレーナが馬を迂回させた事で通じたと思った。


 でも――。


「これでっ!」

 彼女は自分の愛馬のマスカルポーネから降りて、その痣の有る左手で光の槍を直接掴んだんだ。


「――っ! アクアレーナーーー!?」

 俺の叫びが、掴んだ光の槍から放たれた閃光に包まれる彼女に届いていたのかが、分からない。彼女の口からは、苦悶の叫びしか出て来ていなかったからだ!


 ――後半へ続く――

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