第三話 リアル・バトル! 交渉は拳と共にが出来る男さ

 とことん会話が噛み合ってない俺とアクアレーナを見て、リサベルさんが鼻で笑ってきてる。


「やれやれだなアクアレーナ。そんな調子では、今回のそのニホン人からも逃げられるに違い無いなぁ!」

 その後ろでごろつきその一が彼女をはやし立てる。

「もっと言ってやってくだせぇ姉御!」


 そして横に居るその二までもがと頷いていた。――その二も何か喋れば良いのに。


 とはいえこいつ達の中では良い台詞は全部、リサベルさんの取り分と決まっているかのようだった。彼女は更に威勢の良い感じに両手を腰に当てて、まな板のような胸をこれでもかと張って言葉を続ける。


「お前の異界ニホンへと干渉までした婚活も、そいつで打ち止めなんだろ? それなのにその体たらくとは情けない。だからこそもう返済の期日を待つまでも無いっていう、親方様の判断なんだよ!」


 ふーん。なんか彼女、良い感じの語り口調だね。

 でもその語りの自然な上手さのお陰でさ、詳しい話は分からないまでも、少しはアクアレーナの抱えてる事情っていうのが感じ取れた気がするよ。


 親方、借金、土地の権利――そして、婚活。

 これらの如何にも地に足の付いた単語達。ここが異世界であっても世界丸ごとアウェーであっても、この事実ドラマは俺にとって、ニホンとなんら変わらない現実感リアリティを持って参加して良いものだってそう思えたんだ。


 それに何よりも。


「花婿様――?」

 俺をずっと庇ってくれているアクアレーナの肩に、優しく手を置いて前を譲って貰う。


 彼女の顔を横目にして告げる。

「大丈夫。下がって」


 俺はニホンじゃサラリーマンだった。でも男なら子供ガキの頃は、一度はヒーローになりたいって思ってたものだから、さ。

 そういうのってさ、損得とかじゃないじゃん?


 顔が視界から外れる間際、アクアレーナの視線が俺の横顔から右手へと移ったのが分かった。

 彼女の肩から離した右手の甲の、模様みたいな痣に浮かんだ淡い光へと、確かに。


 リサベルさん達には、俺が格好付けてるように見えただろうし、実際そうなんだろうなっていう自覚は有ったよ。


「おうおう、やっぱり痛い目見なきゃ分からないらしいな!」

 ごろつきその一が『本当はそう来るのを待ってましたぁ!』と言わんばかりの食い付きようで、俺に威圧の言葉を浴びせてくる。

 何処の世界にも居るんだな、暴れたいタイプの奴って。


「俺今スマホさえ持ってない丸腰だからさ。だからその腰に下げてる剣、使わないでいてくれるよな?」

「スマホ? ああ、ゼルトユニアじゃ役立たずなニホン人の道具か。へっ、心配しなくてもお前みたいな奴は素手でよ!」


「痛み入るね。ニホンでヤンキーに絡まれた事が有ったんだけどさ、そいつ達は武器を使ってる俺かっけーみたいな感じで、容赦無く武器使ってきて大変だったんだ」

 流石に金属バットぶら下げてたりとかじゃなかったけど、鞄からチェーン出したりはしてた。


 きっと威嚇目的なんだけど、そういう奴が逆上してガチで振り回したりするとかえって危ないんだ。

 その点、このごろつきその一は威嚇の為に武器を持ってるんじゃないらしくて、かえって強い奴だって印象が持てる。


 だけど――。

「いや、ここは俺が行く」


 へえ……? このタイミングで遂に喋ったごろつきその二が、その一を差し置いて前に出てきたぞ。こいつあれか、普段口数は少ないけど心に闘志を秘めてるみたいなタイプか。


「え、ええっ!?」

 突然出番を取られたその一が、派手に驚いてるのがなんか面白いけどさ。


「良いですね、姉御」

 その二の方も姉御呼びするのか、そうかそこはブレないか。


「おう、好きにしな」

 これまた気風の良い感じでリサベルさんが答えた。


「姉御の許しは貰った。これで心置きなくやれる」

 その二は語気静かで、でも体から出る威圧感はその一よりも上って感じがしてる。


「どうだビビっただろ!」

 出番を取られたその一がそれでも後ろからと言って、その二を応援してるのは、ちょっとだけ可愛いと思う。多分だけど、その一とその二はきっと良いコンビに違い無い。


「花婿様危ない!」

 アクアレーナが俺に注意を促してくれたのはその二が突っ込んできたからで、でも俺はその二が突っ込む前に予備動作として、姿勢を一瞬低くした時点でもう注意はしてた。


「有難う!」

 アクアレーナの気遣いに、お礼を言いながらその二を迎え撃つ。


 その二の大振りなパンチ、見てから身を引いてかわすの余裕だね。そのまま左の握り拳を作ってその二の頬を張る。


「なんだと!?」

 そう声を上げたのは後ろで見ているその一の方で、その二は寡黙に至近距離から今度は前蹴りを放ってきてる。


 さっきの俺の攻撃はまだ様子見のカウンターで浅く入れるのが精一杯だったし、左からの方が打ち込み易い角度だったというのもあって、要するにその二にとってはダメージが浅かったからまだ元気一杯。


 元気一杯なその二の前蹴りは至近距離からだったからかわし切れない。だから右掌で受ける事にした。


「なっ、あいつの蹴りを受け止めただとぉ!?」

 うるさいなその一。黙って戦いに集中してるその二を見習えよ、まったく。後で説教してやろうか。


 体重を乗せた良い蹴りなんだ。俺だって右手首に左手を添えて、しかも下半身の力もフルに使って止めてるんだ。

 それでも全身が軋むみたいだった。だから今は、その一は放っておく事にする。


 そんな事よりもその二が疑惑の眼差しで俺の右手を見てきてる事と、その俺の右手から淡い光と、なんか物凄い力が溢れてきてる感じがしている事が問題だった。

「その右手はまさか、噂のニホン人特有の――」


 唐突にアクアレーナが叫んできた。

「花婿様はその御力おちからを持つに値する方なのですわ!」

 成程、良くは分からないけどさ――。


「受け身は取ってくれよ!」

 ニホンでトラックを止めた程の力がまた出たっていうなら、今度も相手を気に掛けなきゃいけないって事だ!


 俺は力が高まり切る前に、右手のそれを解き放った。それでも衝撃で吹っ飛ぶその二。――駄目だ、錐揉きりもみ状態になって落ちてるから受け身は無理だ。


「おいその一、彼をキャッチしてやれ!」

 その二が地面に激突するであろう地点の近くには、上手い具合にその一が居たからそう呼び掛けた。


「そ、その一って俺の事か?」

「どうでも良いから走れ! 早くっ!」

 俺が無我夢中で叫ぶと、向こうもようやく急ぎ出した。


「お、おうよ!」

 よし。その威勢の良い感じ、嫌いじゃないぞその一。


 その一は果敢に駆け出して、その二の体をしっかりと受け止めてみせた。

 受け止めた拍子にどわぁっとか言って倒れ込みはしたけど、でも体に掛かる衝撃は幾らか軽減された筈だ。


 リサベルさんが目を丸くしている。

「嘘だろ……! 寄りに依って最後に当たりを引いたってのか、アクアレーナ!?」


 リサベルは俺とアクアレーナを交互に見遣っている様子だった。最後に、か。そういえばさっきも俺で『打ち止め』だとか言ってたな。


「姉御、間違い無い。その男はチート持ちだ」

 思わぬ所から声がしたと思ったら、未だ倒れたままのその二が喋っているようだった。


 その二の言葉も受けて、アクアレーナが力強く頷き返す。

「私、希望を繋いだのです。これが何よりの証拠ですわ」


 そう言ってゆっくりと自分の左手の甲をリサベルさん達に向ける。


「その痣の形、男の方と同じだ……。くそっ、そんなのアリかよ!」

 リサベルさんは明らかに戸惑ってるみたいだ。


「姉御、今度こそ俺が出ますぜ! あの野郎、チート持ちだってんならやっぱり剣を使ってやる!」

 その一がそう進言する。おいおい俺はあくまでサラリーマンで、そんなガチな武器使われちゃ堪らないぞ。


「いや、命の危険が有るとなれば今度はあの男……手加減無しで、殺す気で力を使ってくるかもしれんぞ」

 その一をいさめたのはその二だった。俺が力を抑えたって気付いたのか、あいつ。


 でも正直助かった。剣が怖いってのも有るけど、それ以上にまだ慣れてない自分の痣の力の方が怖いから。

 下手すれば俺があの時のヤンキーみたいになってしまう。それは、きっとダサい。


 とにかくこの力を無暗に使うのはなんか良い気がしない。――だったらここは、交渉をするか。


「おい、リサベルさん」

「なんだよニホン人、ちょっとチート持ちだからって調子に乗るんじゃねーよ!」


 なんだよチート持ちって。チーズ餅なら俺のニホンの酒飲み屋での定番メニューだけどさ。

「どうやらキミの仕事にとって、何か不確定な要素が出てしまったらしいね。だったらここは一度帰ってキミの上司に相談した方が良いんじゃないかな」


「ああん!? なんでお前にそんな事言われなきゃいけないんだよ。ていうかそもそもお前がその不確定要素だろーが!」

 荒っぽく怒ってるけど、残念ながらな見た目と基本的に良く通る綺麗な声質をしている所為で、そんなに怖くはないかな。


「いけないね。取引先の人間に対してそんな刺々しい言い方をしてはさ」

「えっ」


 リサベルさんは俺の静かに威圧する言い方にきょとんとした。俺の口調の変化の仕方が予想外だったのもあるだろうけど。

 これでも俺はニホンに居た時から上司の理不尽との戦いや、正しく他会社の人との交渉事の中で、会話術トークスキルを磨いてきてるんだよ。


「今のこの状況。俺の気持ち一つで変化するものが大きいとは思わないか? そして、その場合に起きた事の責任を負うのは誰になる?」

 俺はそう言って右手の痣を見せる。まだ淡い光は消えてない。


 リサベルさんはしばし黙って俺の話を聞いてから、やがて何かを考えるように中空に視線を寄こした。


「ニホン人、ちょっと待って」

「良いよ、リサベルさん」


 リサベルさんはシンキングタイム中はずっと気張って見せる事を忘れていて、それどころか人差し指を口元に当てるなど、年頃の可愛らしい女の子の仕草をしていた。


「姉御が一生懸命考えてる姿はいつ見ても様になってるなぁ」

「ああ。あの表情、守りたくなる」

 その一とその二がなんかいるのが、もう微笑ましくもなってきてた。


「よし、今日の所は引き上げておいてやるぞニホン人!」

 それがリサベルさんの決定だった。


「それが賢明だと思う。リサベルさんは賢い人だね」

「ふふん、どうだ恐れ入ったか!」

 鼻を膨らましてふんぞり返る彼女だったが、やはり胸は無くまな板だ。しかし彼女の魅力は、きっとそれとは別の所に有るんだね。


「行くぞお前達、帰って親方様に報告だ」

「合点でさ!」

「承知」


 号令っぽい感じで一体感を示しながらリサベルさん達は去っていった。どうあれ、ああいう風につるめる同僚が居るというのは良い事だなぁ。


 ――と、呑気に思っている場合じゃあ無かった。俺は後ろのアクアレーナへと振り返る。

 彼女は目をさせながら俺の事を見ていた。


「花婿様は、とても凄い方です……!」

「えっと、これの力の事?」

 俺はそう言って右手の痣を見せたけど、彼女はそうではありませんと答えた。


「その痣の事は、私にとっては大切ではあるのですけれど……。でも違うんです。花婿様は花婿様として凄い御人で、それは痣の力とは関係の無い所での事なのですわ」

 アクアレーナは痣の有る左手を胸に当てながら、感慨深げに話していた。


「キミの手にも痣が有るけれど……」

 俺の問いには彼女は少し困ったような表情になる。


「これには花婿様のような御力は有りません。でも、それでも私にとっては花婿様の痣と同じ位大切なものなんです」

 遠慮がちだけどはっきりとそう言い切ったアクアレーナからは、なんかいじらしさを感じてしまう。


 なんだろうな、なんか俺も彼女みたいに困ったような気持ちになって来てしまったぞ。なんかこれ、気恥かしい――。


「と、とにかく屋敷へ急ごうか、あはは」

「そ、そうですね、花婿様!」


 このちょっとの会話のやりとりだけでも六回、花婿様って言ってきたアクアレーナ。彼女は本当に、いじらしい。


 良く分からないけど、なんかいじらしいんだ。そして、この良く分からないけどそう思ってしまうっていう気持ちが、きっと男にとっては厄介なんだろうなと俺はそう思う。


 ――第三話 完――

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