第十二話 アンダー・ザ・スカイ! 栄光はこの手で掴む(前)

 レース開催前夜。


 俺にとってのゼルトユニア生活初の大イベントを間近に控えて、ふとあのニホン被れと話がしたくなった。


「ファリーリー! 聞こえてるなら返事をしてくれー!」

 呼び声が空間内に反響する。流石に女神の名を口にするのであれば、これ位荘厳な雰囲気でなきゃいけないだろう。


「――はいはーい!」

 同じく空間に響き渡る、やや間の抜けた女の声。

 いや、油断はしてないよ。ニホンじゃこういうノリの女が、意外と一癖有ったりしたからね。


 俺の目の前に、ロックな感じのプリントTシャツにジーンズ姿というファッションをした、あの女神ファリーリーが現れた。

「ジャジャーン! ゼルトユニアの次元の案内を司る、麗しの女神ファリーリーただいま参上!」


 次元がどうのっていう前半部より、その後の方により声を張った彼女を、俺はやや冷ややかな目で見つめていた。てか登場からこの馬鹿テンション……こいつ、ちょっと酒入ってるな。


「――っていうかレンさん、なんで今回もお風呂場なんですか?」

 ファリーリーが言った通りここは風呂場で、声が反響するのは実はその為である。


「他の人の事を気にせず、キミとの会話をするならここが一番最適かと思ってね」

 こんなロックバンドのライブに居そうな格好したニホン被れとはいえ、彼女はこの世界では紛う事無き神様なんだから、そのあまりにも砕けた話し方を聞かせて屋敷の皆のイメージを崩させてしまうのは気が引ける。


「ふーん。まあ確かにゼルトユニアの民がおいそれとこの神々しい姿付きで私の声なんて聞いたら、その神威かむいに精神が壊れてしまうかもしれませんからねー」

「いや、どう考えてもそこまでじゃあないだろ」


 俺のツッコミに、しかし彼女は首を横に振る。

「あのですねレンさん。貴方がこうして私と平気で話せているのは、それは貴方のテンションが飛びっきりおかしいからなんですからね。常人ではこうはいかなくて、精々姿を見せずにお告げの形で話し掛ける位に留めておくのが相手の精神に負荷を掛けないんです」


「そんなもんかな?」

 イマイチ信憑性が無い。大体やたらと俺のテンションのおかしさを押して来られるけど、その度にこいつにだけは言われたくないってそう思うからね。


「大体キミはニホンじゃ普通に人間の中に混じって生活してるんだろ? だったらテンションとか関係無いじゃないか」

「テンションがおかしくないニホン人の場合、良くも悪くも鈍感だから私の事とかもあまり関心を持たないから良いんですよー」


 あー、それはなんか分かる気がする。子供の頃ならいざ知らず、大人になってからは近所に居る人の事とか殆ど気にしたりしないもんな。今のニホン人ってそういう所あるよ。

「成程ね」


「で、今回はなんの用なんですか?」

 そうだな、早く本題に入らないと。


「折角話せる機会だから言うけど、俺がこの世界に転移したのは、キミが作った召喚術エンゲージリンクが原因だったんだよね」

 そう告げた途端、ファリーリーの表情が曇った。


「ぎくっ」

 何が『ぎくっ』だ。格好が今風なのに会話の反応は微妙に前時代的なのはなんとかならないのか。


「前に話した時、俺を召喚したのがアクアレーナだって君は知ってたよね。だったら既に彼女が使った召喚術がエンゲージリンクだった事も分かってた筈だ」

「あ、私今ロックライブ後の飲み会中なんだった! それじゃっ!」


 ファリーリーはそう言って突然姿を消した。要するに逃げたのだ。

 だけど――!


「そうはいかない!」

 俺は右手にありったけの精神の力を集めさせて、虚空に対して掴むように伸ばした。


 手の痣が神秘的な光り方をして、手先は次元の狭間に吸い込まれるようにして見えなくなった。

 でも、確かな感触を得る。


「ふんっ!」

 一気に手を引き寄せると、次元の狭間から見事ファリーリーを引っ張り出す事に成功したのだ。


「ひえぇ!?」

「話が終わるまでは、絶対に逃がさないからな!」


「召喚術無しで、自力で次元の狭間を突破したニホン人は久しぶりですぅ!」

 他にも何人か居たのか。でも今はそんな事はどうでも良い。


「俺も出来るとは思ってなかったけど、でもそれと俺がキミを逃がさないって思う事は別の問題だからね。ああそういえば、この手の痣の力についても聞いてみたいとは思ってたんだ」


「それは、エンゲージリンクに依る召喚で発生する可能性の有る希少事象ウルトラ・レア。その名も天運の契りです」

「天運の、契り?」


「はい。契りとは約束する、誓うという意味の言葉ですが、それらには自分とその相手となる人が要りますよね?」

 ファリーリーがやけに悪戯っぽく言ったのが気に入らなかったけど、何が言いたいのかは分かった。


「アクアレーナの手にも、これに似た痣が有る……」

「そうです。その痣は貴方と、そして彼女にチート能力を発現させもします」


「チートか。ニホンではネット用語として知られてて、イカサマとか不正行為とかっていう意味合いの、でも悪どい意味だけじゃなく、ヒーローだからこその高い能力補正という肯定的な側面でも使われてる言葉だよね」

「はい。どんな力も結局は使う人次第、という事を端的に表した言葉とも言えます」


 ファリーリーはなんか思案するみたいな表情で続ける。

「チート能力の発現方法は世界によっても様々ですけど、このゼルトユニアでは限定的です。例えば勇者を招く程の位の高い召喚術ならばともかく、あくまで一個人の結婚相手を手繰り寄せるに過ぎないエンゲージリンクでは、チートは発現しない――筈だったのです」


「その発現しない筈のものが発現したからウルトラ・レアで、それがこの俺だっていうのか? 冗談キツいよ」

 俺はただのしがないサラリーマンだっていうのにさ。


 だけどファリーリーは俺の鬱屈とした思いを感じてたのか、優しく諭すように言葉を紡ぐ。

「こればかりは貴方が持つ魂の可能性の問題なので、自身が認識出来るものでもありません。それに、女神の私とて想定出来ない事が起こり得るのが、世界というものなのですから」


「成程、ね。まあ俺はチートの事に関してはさ、結婚なんていう大きな問題に比べればそんない気に掛けるような事じゃあ無いと思っていたから、別にどうでも良いと言えばそうなんだけどね」

「私もレンさんの考えに賛成です」


 彼女は更に、こうも続ける。

「私はあくまで人の営みに於ける幸せを人自身が掴める為の一助として、エンゲージリンクをゼルトユニアに実装しました。ニホンに関しても、愛を誓い合える相手をニホンの中だけで探すのが困難な時代になっていると感じたからこそ、余計な御世話かもしれなくてもゼルトユニアの民との縁を紡ぐ事を、一つの選択肢として示したかったんです」


「そっか。キミって意外と深い事を言うね」

「そりゃあ女神ですからっ」

 世界の垣根まで越えた壮大なお節介を焼く女神様、か。俺は、嫌いじゃないかな。


「話は変わるけど明日馬に乗ってレースをするんだ、アクアレーナと一緒にね。良かったら見ていてくれよ」

「おお、それは面白そうですねー。その時忙しくならなければ、見守っていてあげますよー」


 またアバウトな事言っちゃってさ。良いよ、無理強いはしないでおいてやるよ。

 女神様だって、自分の予定は大事にしたいもんね。


 ※


 そして遂に、レース開催の日が来た。

 フレイラ家の威信をも掛けたこの一大騎乗レースが始まるまで、あと三十分も無い。


 今日は俺もばっちり騎手正装を着て、今は愛馬となった俺の馬アンスリウムを場の空気に慣らせる為歩かせている。

 そんな俺と一緒に自分の馬、マスカルポーネを慣らしているアクアレーナが話し掛けてきた。


「レン様とアンスリウムの呼吸は最早一体ですね」

「キミから見ても、そう感じるかな?」


 俺の問い掛けに彼女はしっかりと頷いてくれた。

「今が一番のコンディションです。レン様ならば、きっとこのレース勝てますわ」


 自信たっぷりな表情をして、俺にも自信を付けさせようとしてくれるアクアレーナは、はっきり言って頼もしいとそう感じる。


 だって彼女はこれまでずっと家の事や自分の婚活の事に対して、自分でもがいて足掻いてきた人なんだから。

 時々調子の良い事も言うけどさ、それでも彼女は自分の言葉に責任を持ってる。そんな地に足付いた言葉だから、信じられるだけの力を持つんだ。


「有難う。キミのお墨付きを貰えたなら心強いよ」

 そう言って微笑み掛ける。


 そりゃあ絶対に勝てるっていうまでの根拠は流石に無いけど、俺が今欲しいのは根拠じゃなく自信だから、さ。


 ふと周りを見渡せば、なんか他の選手が皆して俺を見てきてる気がする。

 好意的というのでも無く、ライバルを見るって感じの目とも少し違ってる。


 彼らの目線は俺の表情であったり、右手の痣に向いてたりしていた。


「おい、そこのニホン人」

 彼らの内の一人が俺に話し掛けてきた。


「カガミ・レンっていう名前が有るから、そう呼んでくれ。で、何か?」

 俺の言葉にその男は威圧してくるような感じの険しい顔をする。


「俺はバロウズだ。お前はチート持ちなようだが、異世界転移でたまたま手に入れた力を、さも自分の力のように思っているとしたならそれは能天気ってものだぞ」


 なんだよそれ。


「その話、今ここでするような事か?」

「大方、その力でされた結果このレースにも出させて貰ったんだろうが、お前なんか軽く負かしてやるからな」


 ……駄目だこいつ、全然会話が噛み合わない。


「悪いけど、もっとちゃんと馬の調子を整えたいんだ。じゃあな」

 ああいうのとはさっさと話を終わらせるに限る。俺はを向いて彼から離れた。


 まったく、何を言ってくるのかと思えば。要するにそっちがチートの事を気にしてきてるってだけじゃないか。心配しなくても、俺は変な嫌がらせを受けない限りこの痣の力を使う気は無いぞ。


 レースに掛ける気概に水を差されたような感じがして嫌な気分になっていた所に、アクアレーナが丁度違う話題を振ってきてくれた。


「なんでもレース中の様子は新種のトーキング・クリスタルを用いて、実況中継というものを行うとの事ですわ」

「実況中継って……もしかして映像まで付けれるって事かな?」

「流石レン様っ! 全てを語らずとも話の要点をご理解なさる聡明さに、私感服しました!」


 アクアレーナが突然派手な感じで俺を褒めても、彼女を乗せてるマスカルポーネは驚いたりせず、悠々とした佇まいをしている。俺はそれが凄いなと思った。


「レ、レン様? 私何かお気に障るような事を言いましたか……?」

 自分の言葉を無視スルーされたと勘違いしたらしいアクアレーナが、恐る恐るといった感じで俺に聞いてきて、ちょっと可愛いってそう思う。


「いや、良く見ればキミとマスカルポーネの相性も絶妙にマッチしているなと感心してたんだよ」

「まあ、そうでしたのね。お褒め頂き嬉しいですわ!」


 褒めればすぐ機嫌が良くなる心を持っている。――それは美徳だと俺は考えている。


「そんなマスカルポーネを選んでキミにあげたダンタリアンさんは、やっぱりキミの事を分かっていたんだね」

「はい!」


 相手が機嫌を良くしてくれたら話も弾んで、こうして自分達を取り巻く環境への気付きを得る事も出てくる。それもそんな美徳を持つ相手が居てこそだ。


 褒められる時にきちんと相手を褒めたから、話を戻す。


「その新種のトーキング・クリスタルを、この近隣住民の注目集まる今回のレースでお披露目するとは、ゲトセクトさんも抜け目が無いね」

 このゼルトユニアにとって画期的であろう映像付きの通話道具。商売の匂いがするってものさ。


「ゲトセクトさんは貴賓席きひんせきにて、その新種を使ってレース開催の挨拶をなさるそうです」

「成程。俺が彼でもきっとそういう流れを入れると思うよ」


 ゲトセクトさんは元々幾つかの魔法の品をコレクションしているらしく、ニホンでいうVIPビップが座る貴賓席でレースの運営、その演出も含めて管理するって訳だ。


「私も彼と同じ考えだよ、アクアレーナ」

 突然後ろからまた別の、キザな男の声がした。


「貴方は、イルベール卿!?」

 アクアレーナが驚いたような、それでいて何処か嫌そうな表情で男の名を呼ぶ。


「キミが出るって聞いてね、私もこのレースに参加する事にしたんだ。――私はまだ、キミの事を諦めた訳じゃないからね」

 なんか真剣な顔でそう言ってきてる彼だけど、アクアレーナの方は嫌そうな感じが一気に増していた。


「貴方と添い遂げるつもりは無いと、何度も申し上げています」

 ……あー、成程? 彼女、ゼルトユニアの男からも言い寄られていたのか。


「親の言い付けでニホン人と結婚しなくちゃあいけないからだろう? でも私は聞いたよ。キミがこのレースに優勝出来なければ、その時点でフレイラ家の資産をゲトセクトさんに渡す事になるとね」

「そ、それがどうかしましたか」


 こっちの事情を知ってるらしいイルベール卿がニヤリと笑う。


「なら私が優勝してみせれば、キミはフレイラ家という枷から外れて、もう親や家の事に囚われる事無く、誰とでも自由に結婚出来るようになるよね?」

 こいつ……。


「だ、だからといって、もしそうなったとしても私は貴方とは――」

「俺とアクアレーナ……どっちかが必ず優勝する。無意味な仮定の話は詰まらないから、何処かに消えろよイルベール卿」


「なっ!?」

 俺の言葉に彼はたじろいでいた。俺のテンションがおかしくなってたからだろうけど、今回はかなり自覚してるよ――俺は今、怒りのテンションをしてるんだってね。


「レン様ぁ……」

 アクアレーナがもはやお決まりな惚けた顔をしているのを横目で見ながら、それ以上に彼女の俺を見る顔に絶句しているイルベール卿を睨み付ける事を強く意識する。


「くっ、このニホン人め。お前が彼女にとって最後のニホンの召喚者という事も知ってるぞ。結婚すると即決出来ないような男が、この私の彼女を愛する気持ちに勝てると思うなよ! レースでも私が必ず勝つ、覚えておけ!」

 イルベール卿は心底悔しそうな顔でそう言いながら去っていった。


「レン様、私の為に先程のような事を言って頂き有難う御座います」

 アクアレーナがまだ感動冷めやらぬといった感じで俺を見ていて、俺はそんな彼女には優しく微笑み掛けてたんだ。


 ――後半へ続く――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る