第五話 ナイト・トーク… 大事な話は秘め事みたいに二人だけで

 風呂から上がってほっこり気分な俺は、トライザさんに夕食の場へと案内を受けていた。

 俺が浴場から出るまでずっと扉の前で待機してくれていたらしくて、なんか本場のきっちりしたメイドなんだなって思う。


 ん? なんか前から若い男が走ってきてるぞ。


「バナリ、屋敷内をバタバタ走るんじゃありません!」

 トライザさんがその男をバナリと呼んでと叱り付けた。


「すいません! でもお嬢様からの伝言が有って、それを花婿様に伝えようと……」

 話し口調が結構しっかりしてて、好青年だなと思えるバナリ君。お嬢様、即ちアクアレーナの命令でこんなに真剣に走って来たって事は、彼女のこの屋敷での威厳はやっぱり本物なんだとそう思う。


「トライザさん、話させてあげて」

「はい。花婿様のお許しです、バナリ話して頂戴」

 バナリ君はと頷いてから語る。


「母上様の容体がよろしくなくて、夕食をご一緒する事が出来ないと、花婿様には大変申し訳有りませんとくれぐれも謝って頂戴との事でした」

 母さん、体が悪いのか? ――そう思ってトライザさんの方を見た。


「……お察しの通り、先代の奥方様は病に伏せって居られます。先代も既に亡くなられて、今この御屋敷ではお嬢様が実質の指導者となられて居りますれば……」

 トライザさんはそう答えてから、深々と頭を下げてきた。


「どうか、お嬢様をお責めにならないで下さいませ」

「い、いや、そんな事情なら仕方無いよ。っていうか、別に俺は彼女を責めるような立場でも無いし――」


「花婿様! 俺からもどうかお願いします!」

「うおっ!? バナリ君、いきなり大声出されたらビックリするから!」

「はっ、これは大変失礼しましたー!」


 なんなんだ、なんていうか生真面目な奴だなぁバナリ君は。


「バナリ、お前はもう下がってよろしい」

 トライザさんがまたと言い放って、バナリ君は素直に、それではとか言って走っていった。


「申し訳有りません。バナリはこの屋敷に残った数少ない小姓で、見込みの有る性根をしてはいるのですが、少しやかましい所が御座いまして」

「いや、良いよ。若い子っていうのはあれ位元気が有る方が良いって思うから。それとトライザさんも、他人の事でそんなにすぐ謝らなくて良いから」

「勿体無きお言葉を賜り、しかし嬉しく思います」


 ……トライザさんって、なんか侍みたいな感じだな。

 まあ、このゼルトユニアはどっちかっていうと西洋風だけど、でも異世界なんだから文化がどうニホンと違ってようがおかしくは無いんだけどね。


 ※


 夕食が並んだ食卓の間へと入って、俺は驚いた。


「和食だ……?」

 なんていうか、料亭で出てくるみたいな本格風な和食でさ、俺はてっきり洋食が出てくるものだと決め付けてたからもう意外過ぎて……。


「初めまして花婿様。わしはガンコ、この屋敷で料理人を務めさせて頂いておりますじゃ」

 食卓の傍に控えるようにして立っていた老年の男の人が、俺にそう言ってきた。


「――えっ、頑固なんですか?」

 思わずそう口走ってしまった。自分で自分の事を頑固って言うのって、結構なツワモノだなぁってさ。


「はっはっは。頑固なのはそうかもしれませんが、今のは儂の名を名乗っただけですじゃよ」

「……あー、ガンコさんっていう事ですね。これはすいません……」


 やばい、なんか天然ボケを決めてしまったらしい。

 でもガンコさんはそんな俺に優しく笑い掛けてくれてて、なんか人情みが有るって感じられる。


「儂は昔からニホン人に縁が有りましてな。ちょいとばかり向こうの食文化というものを教えて貰って、それから自己流で和食を作るようになったという訳ですじゃ」

 な、成程。異世界同士の異文化交流ってやつが以前から行われた可能性っていうのも、そりゃあ有るよね……。


「お嬢が一緒じゃないのが儂としても寂しいが、どうかたーんと召し上がって下さいな、花婿様。なんていったって、今日は花婿様が来訪される大事な日だから献立はニホン風の和食にしてという、お嬢の立ってのお願いだったのじゃからのう」


 ……そうなんだ。アクアレーナ、俺が転移する前からそんな風に色々考えてたんだな。


「……頂きます」

 俺は席についてガンコさんの和食を、茄子なすの煮浸しからお箸で摘まんで、頂いた。


 味が染みてる。慣れ親しんだ献立だから、その手間暇が感じられてより美味しかったさ。


 ※


 お風呂に入って夕食を食べて、今は自分用に宛がわれた部屋で、ベッドに腰掛けてた。


 もう夜だ、このゼルトユニアで初めての夜。


 今日は一日通して、本当に色んな事が起こって、なんていうか……ええと、濃かった。


「……なんだよ、濃かったって」

 思わずセルフツッコミまで飛び出した。でも本当にそれ以上言い表しようが無い位に濃いんだよなぁ。


 そういえば、ファリーリーは映画のレイトショーを観終わったかな? 呼んでもし来たら、またこの世界の話を聞かせて貰うっていうのも悪くないけど。


 ……あいつに頼めば、すぐにニホンに帰しても貰えるかもしれないけど、その選択をする気は今の所は無かった。多分あいつもそれに気付いてたっぽい。


「婚活、かぁ。今アクアレーナの事からただ単に目を背けたんじゃあ、俺はニホンに帰っても自分の婚活とか出来そうに無いもんな」

 それ所かきっと、何か有る度に元彼女との事を思い出して、それを誤魔化す為に良くない道を進んでしまう可能性も有る気がする。勿論、女絡みの事で、さ。


 どうあれ自分の婚活に真っ直ぐなアクアレーナを見てると、俺が抱えてしまったっぽい心の傷が、緩和される感覚が有るんだ。


 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「はい」

「アクアレーナです。その、もう、おやすみでしょうか?」


 ちょっと声が震えてる。でもごめん、俺はキミで少し安心した。


「ううん。今行くよ」

 そう告げて俺は扉の鍵を開けに向かう。


 彼女は自分の婚活の本題を話しに来たって分かって、そこに少しの怖さも有ったけど。でも話をして何かの進展が有れば、きちんと何かしらの次の展開へと進められれば、俺の心の傷も治せると思うから。


 アクアレーナはウエディングドレスじゃなくて、深紅っていう位の赤いドレスを着ていた。

 きっと普段の、この屋敷の現指導者としての衣装の一つなんだろう。青い髪と赤いドレスの対照的な色味は、ゼルトユニアならではの色彩なんだなってそう思う。


「ウエディングドレスは、着替えました。……その、やはり汚れが付いたままでは失礼ですから……」

 そこは、そうだろうなとは思ってたから別に良いんだけど、あれはきっと洗っても落ちない汚れだから、そう思えば彼女が凄く落ち込んだ表情をしているのも分かる。


「……ええと、そのドレスも綺麗だよ」

 これは慰めの言葉ではあるけど、でも俺の本音でもあった。


 スカートが足先まで来るロングタイプなのは一緒だけど、ウエディングドレスの時と比べてこちらは適度な広がりのフレアスカートで、またウエスト部分が丁度腰の窪みの位置だから、彼女自身の腰つきの細さが際立っているんだ。これは今初めて分かった彼女のチャーム・ポイントさ。


 夜の暗さの中ではその青い髪が一層色の深みを増しているように見えて、細い腰つきも相まって、彼女の姿が昼間の時より段違いに大人っぽく映ってる。


「花婿様?」

 アクアレーナがゆったりとした佇まいで俺を呼んで、意識が彼女のボディラインの方ではなく目線の方へとようやく向いた。


 ――ビックリする位、彼女の体を見ても怒られない……。


 その事実と、アクアレーナの令嬢としての威厳と、ニホンの女性とは異なる魅力の青い髪と赤いドレスの色彩のコントラストに、俺は委縮なんかしてた位だった。


「あ、はい。ええと、中で話そうか、あはは……」

 あ、はいってなんだよ――心の中でそうセルフツッコミを入れたけど、やっぱり男としては情けないとそう思う。


「有難う御座います。このような時間にお話など、本当に申し訳有りません……」

 アクアレーナは俺に深々と会釈してから部屋へと入った。そもそも、ここはキミの屋敷だろうにさ。

 それに、事情が事情だしさ。


 まさかベッドに腰掛けるという訳にもいかないと思って俺は立ったままだったし、彼女の方も自分からベッドの方へと向かったりはしなかった。


 そんな感じで、二人で立って向き合ってて。やがて俺から口を開いた。


「その、母さんの容体は?」

「今は落ち着いていますわ」

「なら一先ずは良かったよ」

「恐れ入れます……」


「俺をこの世界に召喚した事と、それに関係しているキミ自身が抱えてる事情について教えてくれるよね?」

「はい。それは、きちんとお話しなくてはいけないと思っておりました」


 アクアレーナは思い詰めたような顔になっていた。

「うん」

 分かってはいたけれど、これはしっかり覚悟を決めて話を聞かないといけないね。彼女が背負っているものに対してさ。


「私の家は代々続く名の有る名家なのですが、それだけにその資産を継承するとなると、親が定めた条件を備える事が求められます」

「へ、へえ」

 まあ異世界でもそりゃあ色々あるよなきっと。


「他に男子が居たならその者に継承問題を任せれば良かったのでしょうが、生憎この家の子は私一人だけ」

「あー、うんうん」


 そういえばニホンでも基本的に家督は男が継ぐものだっけ。ゼルトユニアでも多分そうなんだろう。

 でもそこは無理に拘らなくても、さ。


「別に女のキミが継いでも、それ自体は良いんじゃないかな?」

 話の途中で余計な口を挟むのもどうかと思ったけど、なんか言わずに居られなかったんだ。


 アクアレーナは困ったように、笑った。

「そうですね。でもこれは聊か複雑な問題で、やはり女子の身では悪条件となってしまうのです」

「と、言うと……?」


「その親が定めた条件は――異界ニホンの者を伴侶として迎え、生活を共にする事――なのです」

「ニホンの、人間……」


「私の両親は若い頃、その時代に召喚されたニホン人の勇者に助けて頂いた事が有り、そのお陰で結ばれる事が叶ったのだとか」

「ニホン人勇者なんてのも居たのか」


「その出来事は二人にニホン人への強い執着心をもたらしました。自分達の子供には、是非ニホンの御方と添い遂げさせてゼルトユニアとニホンの更なる交流の懸け橋とするのだと」

「い、良い話っぽいよね?」


 いや、本当はそんなの親の勝手な思い込みなだけで、自分の子供を巻き込むんじゃあないって俺はそう思ってる。


 でも、目の前のアクアレーナは親の思いを汲み取って、実際に行動まで起こしてるんだ。その彼女にとっては傷付いてしまうかもしれない事を、今この場で言うなんて出来やしないさ。


 それに、父さんに関しては既に亡くなってしまってるとも聞いたから、さ。


 成程、なぁ……。 あーこれは結構、というかめっちゃ重大な問題みたいだぞ。


「その為に、その、俺を召喚したという事?」

「はい……」

 俺に気を遣ったのか、そこはアクアレーナも神妙な感じで頷いていた。


 あー、うーん……。ええー、これは色々複雑だぞぉ……。

 そりゃあそれまでは出逢った事も無いんだから、いきなり彼女が俺に好意を持ってるなんて筈は無いし、寧ろ持ってたら変というかなんというか。


「まあ、自分でも忘れてた昔の約束が有った――とかよりは、俺としてはまだ気が重くは無いけど……」

「勿論、結婚するからには私は全身全霊で貴方様を愛しますからっ!」


 速攻で前言撤回したくなった。彼女自身の思いの重さが尋常じゃあ無い。


 それでも。

 ここで変に逃げ出したら俺は何処へも進めないって、そういう気がする。


 ――俺は俺で、真剣に結婚まで考えていた元彼女に、振られてしまっているから……。

 結婚という同じ括りの問題について、真剣に向き合っているアクアレーナを無下には、俺にはやっぱり出来ないんだ。


 とりあえず、前提となる話をしていこう。ゆっくりと、さ。


「……先ずさ、キミは女なんだから、基本的には結婚するなら相手は男という事になるよね?」

「はい。私は異性愛者ですから」


 きっぱりと言ってくれたのは正直助かる。ニホンじゃ最近その辺りの事がデリケートな問題として浮上してるから。

 勿論俺だってLGBT自体を肯定はしてるけど、それならアクアレーナが自分の主張として、異性愛者だと明言するのだって肯定されるべきだもんな。


 自分の事を主張するのって大事さ、うん。

 そしてそこには決して、特定の主張に対して遠慮するなんていう事があってはいけない。


「どうかしましたか?」

「いや、ごめん。えっと、俺も異性愛者です」


 アクアレーナが主張してくれたんだから、俺もちゃんと主張しておこう。


「はい。――そうであってくれた事、私は嬉しく思います」

 彼女は俺の言葉に、またもうやうやしく頭を下げた。い、いや、俺としては普通にそうだという事を伝えただけで、そんなに重大に受け止められると、少し照れるじゃないか……。


 なんか、可愛らしいかもしれない……。彼女に対する贔屓ひいきの目が出てしまってるのかもしれない。男としては、良い事が無い見方だとそう思う。


「でも、それとは別に……っていうか、だからこそニホン人の男を花婿として召喚するのってさ……」

 俺のその言葉に、彼女の顔色が曇った。


「はい……。ニホンでは基本的に、男性が女性の家に婿に入る事が推奨されてはいないらしい、ですね……」

 上目遣いになってそう言うアクアレーナが、言外に俺にこう言って来ているのが分かった。


『貴方も、婿養子は嫌だとお考えですか?』


 男と女が添い遂げる為には、色々な事を通過しなきゃいけない。それはどうやら、ニホンであっても異世界であっても変わらないらしい。


 ――第五話 完――

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