OUTLINE&REVIEW BIRDS

BIRDS 小説JUNE1989年2月号


 身体を売りながら暮らしている草は、18のときに敦広に拾われる。敦広は脳腫瘍で、本当は病院へ入院するべき容態だったが、本人が病院に行くのを嫌がるので、従姉妹の美耶子が敦広の看病をしている。

 草は敦広の家に暮らしはじめる。草と敦広は互いに惹かれあうが、敦広の容態は日に日に悪くなっていく。どんなに身体が悪くなっても、敦広は医者にかかろうとしなかった。敦広は自分が死ぬことを覚悟のうえで、いさぎよく自分を終わらせることを夢見ていた。


 挿し絵はハルノ宵子さんです。


 これまでの作品の共通点は、主人公が不本意で不安定な境遇に置かれていること、そしてその境遇を打破する、あるいは自分探しの途中で相手と巡り合うこと、親は不在か、いても存在を拒絶されていることである。

 大人の世界への拒絶が今回はアツの病院への拒絶として描かれている。アツは自分が脳腫瘍で死ぬことをわかっていながらも病院を拒絶する。そのことによって、子どもへの世界の回帰を図る。アツと草がいる世界はキャッチボールと飛行機と木のざわめきが「単純で、まっすぐな話をしてる」ように聞こえる子どもの感性の世界だ。不自然にきらめいた子どもの世界。

 この作品でも草とアツの両親は拒絶されている。アツを見守る美耶子は傍観者であり、かれらの世界を壊そうとはしない。

 「かなわない思い、不自然な生きかたへの限りないあこがれ、愛されなかった子どもの時間。」

 JUNE全集に添付されたブックレットに書かれた嶋田さんの言葉だ。アツは病気を治療するという選択を拒み、「パッといこうぜ」といった。不自然な生き方――死に逆らわない生き方をすることで、アツは人生を華々しく終わらせようとする。愛されなかった子どもの時間を取り戻そうとするように、草はアツに惹かれていく。

 世間や大人から疎外されることで、嶋田さんの主人公たちはみずみずしい子どもの世界を打ち立てる。が、それはもろくはかない世界でもある。それを肯定するかれらの幸福感はテレパシーのように私たちに伝わってくる。だが、それは大人になることによって壊れてしまうシャボン玉のような存在でもある。

 幸福感が長くつづくようにかれらはあがく。アツが生きられる時間がすこしでも長くなるように……でもそれはいつかかならず終わりを告げる。アツが草をおいて死んでしまったように。

 アツがいなくなっても草の人生はつづく。草は「透明になれないのならそうやって色づいていくのも悪くはない」と呟きながら、以前のように身体を売る生活をつづけている。かなわない思いを抱きながら、草はどこだって眠れるという。世界のどこにも居場所がないように。


 以下は好きな文章のピックアップ。


 どこだって眠れる。

 雨の中でもひと晩四万のホテルでも天河石の上だって、ぼくは眠る。


 死ぬことは孤独のきわみだとアツは言った。生きてるのだって孤独だとぼくは相槌をうった。声を出さずにアツは笑った。

 アツの笑い顔。

 もしかしてあれは本やうたで永遠にえがかれるはずの、いちばんまぶしいもののかけらじゃなかったか。


 ――もういっかい言ってよ、アツ。ぼくのいちばん近くでその言葉を言いつづけてよ。明日も、あさってもその次の日もずっとずっと。群れた草の中に連れてってよ。来年の夏を見せてよ――ポロポロと昼や夜が、こぼれていくだけじゃないっておしえてよ。ぼくはきみのそばにいるから、ずっといるから、アツも。


 ぼくはなんだか子供に還っていく気がした。時間に溶けこみ、もう捜しだせないぼくの日々のいちばん最初に、この三人ですわっていた。そんな気がしてならなかった。ぼくは生まれてはじめて、暖かい巣にめぐりあった。美耶子さんもアツも、ぼくを要らないって言わなかった。ぼくはもうひねた子供じゃない。ぼくは消えないシャボン玉になれたんだ。――アツといっしょにどこまでも飛べる。きっと何もかもうまくいく。


「……鳥が、飛んでんだ。透明できれいだよ――薬のせいかな、どんどんふえてく――目を動かすとそっちのほうへスーッと飛ぶ、目をつぶってもちゃんといる――」


 ぼくはきみを思う。ひとりきりでアツに話す。みんな、鳥のようだねって。

 みんな、鳥のようだ、アツ。

 きみと交わした言葉も、黙りこんだ時間も。

 はばたいてはばたいて消える。

 でもそれはみんな、ここへ戻ってくるための旋回だってぼくは思うことにする。

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