第6話 お前の運を奪うぞ6

 図書館の机に向かって紙に書き殴った計画の概要を確認する。


 実行するのは三限が終わったあとの時間――恐らくキャンパス内で最も学生の数が多いと思われる時間だ。


 人の数は多ければ多いほどいい。なにしろ運を奪う相手が多くなるし、多少であれば不審さを感じ取られても人の数に煙に巻かれてそうそう記憶には残らなくなる。


 人が多い時間帯のキャンパスで、運を奪われた人間がほぼ同時刻に多数現れるのでちょっとした騒ぎになることは確実だが、それで自分に疑いが来るというわけではない。仮にこの銃を持っていることが騒ぎを聞きつけてやってきた警察に見つかったとしても、言い訳はいくらでもできるし、この銃がおもちゃの『ようなもの』であることにはすぐ判明する。


 唯一――というか一番気をつけるべきことがあるとすれば銃を使うときである。そのときばかりは誰かの目に留まるようなことはあってはならない。さすがにその瞬間を多数の人間に見られてしまっては少しばかり言い逃れるのは難しいだろう。


 とはいっても、こちらだってこの銃の取り扱いには自信がある。なんといっても、普段からそれには充分警戒して使用しているのだ。人の多い学内であるからといって萎縮する必要などない。落ち着いて、いつも通りにすれば一切問題はない。


 これから俺がやろうとしていることは途轍もなくシンプルなことだ。キャンパス内にいる人間の目に留まらぬよう気をつけながら、この銃を使用して運を奪う。それでもできるだけ多く。その状態で宝くじを購入するだけだ。


 宝くじはスマホで購入できるタイプのものにする。それならば運を奪ったあと、騒然としているその場から離れてすぐ購入可能だ。


 そう。ただそれだけ。

 それだけのことで俺は今後の生活に一生困らないほどの大金を得ることできる。

 実にエレガントな計画だ。


 それで俺は他人よりも不幸なこと以外、どこにでもいる学生から、未曽有の幸運に恵まれた金持ちになることができるのだ。


 それを考えただけで底知れないほど巨大な歓喜がとめどなく湧き上がってくる。その歓喜の巨大さを言い表すならば巨大火山の噴火のようだ。


 くくく。


 抑えなければ――と思ってはいるものの、自分の奥から莫大な熱量と勢いを持って噴き上げる歓喜をしっかり抑えることができない。


 駄目だ。落ち着けよ。まだ始まってもいないじゃないか。喜ぶべきなのはすべてのプロセスを問題なく終わらせて、大金をせしめることができてからでいい。まだ喜ぶにはちょいと早すぎるぞ――


 歓喜に燃え上がる自分と、それを抑制しようとする自分とがないまぜになった状態で机の上に広げていたノートと筆記用具を片づけて鞄にしまい、上着のポケットにちゃんと銃が入っていることを再確認する。


 銃の残数の調整はすでに終わらせ、現在の残数は最大である十発だ。できることならばもっと欲しいところではあるが、使い切ってから一分で全回復するのだから焦ることはない。適当な場所で一分やり過ごしたあと再びふらっと足を運んでくれば済む話だ。


 最初の十発を打ち終えたすぐあとにはちょっとした混乱が起こっているだろう。混乱が起こっていれば俺のやることに目を向ける人間は激減してかえってやりやすくなるはずだ。やり過ぎればのちに不審を抱かれる可能性は充分あり得るが、五回ほどであれば足がつくこともないだろう。


 もうそろそろ、今日外に出てから奪った運の効果が切れる時間だ。それまであと残り二分。


 鞄を持って机から立ち上がり、軽く身体を伸ばして、三回深呼吸をしてから出口に向かって歩き出す。残り三十秒。


 学生証を使って出入口の改札を通り抜け外に出る。ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。五、四、三、二、一――


 ゼロ。

 よし――


 心が歓喜と緊張で跳ね上がり、自分の体温が二度ほど上がったのではないかと思うほど身体が熱くなる。


 上着のポケットに入っている銃をつかみ、すぐに撃てる状態へ。


 自分とは逆方向に歩いている学生の集団を見つけ、彼らとすれ違う瞬間、俺ともっとも近い場所にいた哀れな学生に向かって一発撃つ。命中。そして何事もなかったようにすれ違って次のターゲットへと向かう。


 すぐに先ほどのグループから騒然とする様子が背後から伝わってきた。恐らく自分と一番近いところにいた男子学生が災難に襲われたのだろう。わざわざ見るまでもない。その様子は何度見ても飽きないほど面白おかしいものであるが、今はそんなことに気を留めるわけにはいかない。


 いきなり学内で発生した滑稽な出来事に目を惹かれて、先ほどのグループのところに集まってくる学生たちをすれ違いざまに撃っていく。


 二発、三発、四発、五発。すべて命中。


 また背後で、今度は先ほどよりもさらに大きい混乱が発生する。なにしろ先ほどの哀れな男子学生と似たようなことが別の四人の学生にも起こったのだ。無理もない。それによってさらに人が集まってくる。そして集まってきた野次馬に向かってすれ違いざまにまた銃を撃つ。


 六発、七発、八発、九発、十発。今度もすべて命中した。


 なんとも呆気なく十発すべて撃ち切ってしまったことに少しばかり拍子抜けしながらも何事もないかのように混乱の渦中から距離を置く。十発撃ち切ったところでスマホを取り出して時間を確認する。これから一分間をどうにかやり過ごさなければならない。


 その間にも混乱はさらに大きくなっていく。ほぼ同時に十人が不幸に襲われて一体どのような状態になっているのか。気にならないといえば嘘になる――が、そんなことを気にしているわけにもいかない。


 回復が完了する一分間がやけに長く感じられた。時計を確認する。まだ三十秒しか経っていない。くそ。どうしてこういうときの一分はこれほど長く感じてしまうのか――


 歯痒い気持ちに苛まれながらも、混乱が起こっている場所へと視線を向けてみる。ただでさえ人が多い時間帯であり、そこにまた人が集中しているのでどのようなことが起こっているのかここからではまったくわからない。が、なんだか異常な事態が起こったということは見えなくても充分すぎるほど理解できた。


 時間を確認する。あと十秒。なんでこんなに時間が流れるのが遅いんだ。時空でも歪んでいるんじゃないのか――


 そこでふと突然、自分はなにかとても重要なことを忘れているのではないかという感覚に襲われた。なんだ。どうしていまこの瞬間にそんなことが出てくるのだろう。駄目だ。そんなことを気にしている場合ではない。いまこの瞬間には俺のすべてがかかっているのだ。そのようなことはひと通りことを済ませてからでいいじゃないか――


 そこでふと時間のことを思い出してスマホに目を向ける。一分はとっくに過ぎていた。思いがけず時間をロスしてしまったことに舌打ちしたくなったものの、一分のところを二分待ったところでさして変わらない自分に言い聞かせて行動を再開する。


 次はあの混乱している場所に集まってきた野次馬のまわりを適当に回って撃っていけばいい。目の前で起こっていることに気を取られているので、すれ違いざまに撃つより簡単だ。


 野次馬の一番外側へと近づいて、十一発、十二発――


 十三発目を撃とうとしたその瞬間に、頭の中でパソコンのエラー音のようなものが大音量で流れ出してくる。その爆音で思わず手を止めてしまった。


 なんだ。今のは?


 そんな疑問が持ち上がって、まわりを見回してみるものの変わった様子は見られない。自分が近づいてきたのと同じような光景が広がっている。


 あのエラー音のようなものは自分以外には聞こえなかったのか? どういうことなんだそれは――


 言いようのない恐怖が足もとから這い上がってくる。それに思わず動揺して、後ずさりながら野次馬のまわりを離れた。


 すると――

 急に自分の足もとががくんと揺れた。


 なにが起こったのか一瞬わからなかったが、『地震だ』という誰かの声が聞こえて、やっと状況を理解する。


 地震だと――くそ。なんでそんなことが突然――


「危ない!」


 その言葉が自分に言われたのだと気づくのに数瞬かかった。その声に振り向こうとしたそのとき――


 途轍もなく重い衝撃が頭上から襲いかかってきた。なにが起こったのかまったく理解できないまま膝から地面に倒れ、すべてが暗黒に包まれた。

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