全球凍結のミレー

木村ポトフ

第1話 ピンク編 その1

 見渡す限り白銀の世界。

 進行方向左手に緩い丘陵。右手、双眼鏡にてようやく確認できる距離に、一面平坦な地形が広がっている。

 凍てついた、海だ。

 太陽を背にしてはいるが、それでも雪原の乱反射のせいで、じゅうぶんにまぶしい。

『この先の海浜隣接グリッドの雪かきが、俺たちの今日の仕事だ』

 アルベド改善同盟第81地域04基地・雪上氷上設営隊隊長ホンゴウの声が、無線を通して聞こえてくる。隊員全員が作戦地図を携行している。いまどき時代錯誤だが、紙の地図は故障しない。ホンゴウの一言は余計だが、いつでも確認に確認を入れる。根がまじめな男なのだ。ホンゴウ隊は雪上車5台・隊員21名からなる、少し変則的なチームである。主力のドーザーブレイド雪上車3台に4人ずつが分乗。指揮・通信・偵察雪上車に5名。標準的な隊編成なら、ここに医療車2名が加わる。変則的と言ったのは、この医療雪上車に連結する形で、私たち輜重チームが加わっているということだ。

 ホンゴウからの無線が、輜重雪上車にも届く。

『ミレー、準備、いいですか?』

「いいよ」

 私はホンゴウ隊21名の中で最長老だ。分隊レベルのこの小さなチームでは作戦立案補助係をおくことができず、私はホンゴウの相談役兼目付役、と言っていいかもしれない。ドーザーブレイド車の連中は、私のことを単に「おっさん」と呼ぶ。若い衆からしたら、正直少し煙たい存在なのだろう、と思う。いつでも敬語を使ってくれるのは隊長だけだ。が、彼にしたって、私の年齢に敬意を表して、言葉遣いに気をつけてるわけじゃなかろう。

 16歳になる私の娘、カツラに惚れているからだ。

『ミレー、本当に大丈夫ですか』

 しつこい。

 私がどんな返事をしても、また確認無線を入れてくるに決まっている。いまどき時代遅れもはなはだしい連絡方法だけれど、ハイテク化してないからこそ、故障時誰もが直せるからと採用されている。

 まあ、予算がなくて、機材更新できないのが、本当のところなのだろう。

 レトロな機械には、レトロな良さがある。

 連絡者の顔を、直接見なくてすむ。

 いつもなら、大歓迎だ。

 この日はなんだか、うっとうしかった。

 私は助手席の娘に、親指で合図を送った。

「大丈夫でーす」

 暖房は十分利いているにもかかわらず、白い吐息とともに、カツラがマイクで返事を返した。

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