第11話 海賊退治!?

 勝利は一ヶ月間の特別警備訓練を終え、そのまま本庁がある東京都霞ヶ関に出向いた。お呼び出しがかかったのだ。


 ソマリア沖・アデン湾における海賊対処の任務を言い渡されるために。


「第七管区海上保安部、五十嵐勝利二等海上保安監」

「はい!」

「海賊対処行動水上部隊への海上保安官参加を許可する! 隊長として、海上自衛隊との円滑な連携と日本籍船舶の安全な通行支援を期待する。以上」

「ありがとうございます!」


 今回、参加する海上保安官は計8名で、いずれも海上自衛隊の水上部隊と行動をともにする。護衛艦には約200名の隊員が乗り込み、哨戒ヘリ、特別機動船などを搭載する。この海上自衛隊の本活動を支援するために、陸上自衛隊や航空自衛隊も隊を編成して参加していた。総勢約400名がこの任務にあたる。

 簡単に説明すると、海賊が現れやすい海域を通行する船舶の護衛や、その周辺の警戒に当たる仕事だ。海では護衛艦が、空からは哨戒機などでパトロールをするというわけだ。そして海上保安官は必要に応じて司法警察活動を行う。日本の海域を離れるのだからそれなりに大掛かりになるし、行動に予測のつかない外国の海賊を相手にしなければからないのだ。決して安全とは言えないにんむた。



「なあ、五十嵐。見送りには彼女、来るんだろ?」

「まあ、来てほしいとは思う」

「なんだよ。まさかまだ言ってないのか」

「九州に帰ってから話すよ」


 この任務には指導班長として勝利を扱いた佐伯と、小生意気な金本も参加する。


「大丈夫だって。待っててくれるって、ビビんなよ。なあ? 金本」

「五十嵐さん、大丈夫ですよ!」

「お前ら適当な事を言うんじゃねーよ」


 佐伯は家族持ちではあるが、もともと特殊部隊にいたため家族の理解も覚悟もある。金本はこの道一筋でまだ彼女もいない。お前たちに俺の気持ちがわかってたまるかと、勝利は心の中で愚痴った。


「五十嵐、またな」

「五十嵐さん。お疲れ様でした!」

「お疲れ」


 次に彼らに会うのは、海賊対処へ出発する日となる。




 今夜、羽田を立つ。 

 海音とは神戸で会って以来、3週間ぶりとなる。重要な任務を与えられ、どう切り出そうかと悩んではいるが会えることへの喜びは隠せなかった。

 勝利が空港に向かっているとポケットの中のスマホが震えた。『絶対に迎えにいくけん!』という海音の元気なメッセージを見て、勝利の頬は勝手に緩んだ。


「さて、お嬢さんはどんな顔で迎えてくれるんだろうな」



 



 羽田を立ってから約2時間。高度が下がり始め、右手に博多湾が見え始めた。湾の上を大きく旋回しながら、飛行機は福岡空港へ機首を向けた。目下には海音が好きだと言う都市高速道路の淡いオレンジ色のライトが、四方へ伸びている。市の中心部にある空港への着陸は何度体験してもドキドキした。ヘリコプターでのアプローチとは全然違うそれは、翼が家を擦りはしないかとか、お尻で車を潰すんじゃないかとか、そんなことを思わせた。


「いつ乗っても、迫力があるな」


 勝利を乗せた機体は静がに着陸をした。




ー ピンポンパンポーン

『お客様へご案内申し上げます・・・』


 手荷物を受け取って、階段を下りればもう到着ロビーに出る。勝利は出口で待っているだろう海音を想いながら、シャツの襟を整えた。心は愛おしい彼女のもとへ走り出している。しかし、ここはしっかり大人の男を演じなければならないのだと、妙なプレッシャーを自身に与えた。

 階段を下りると透明ガラスで仕切られた廊下に出る。出迎えの人々が様子が見える場所だ。勝利はチラチラと視線を散らしながら、廊下を急ぎ足で歩いた。



(海音は、どの辺りに埋もれているんだ。けっこう人が多かったが)


 週末で夕刻の便となれば、出張者や旅行者でいっぱいになる路線だ。勝利はポケットからスマホを取り出し電源をオンにして、最後のゲートをくぐった。

 

(海音!?)


 勝利がゲートを通ると、眩しいくらいの笑顔を向ける海音を見つけた。

 海音は雑踏に埋もれる事なく、なぜかその場所だけは輝いて見えた。だから、もう我慢できなかった。


「お客様! 走らないでください」

「あっ。すみません」


 地上職員に叱られた海上保安官は罰の悪そうな顔で海音の前に立つ。


「叱られた」


 片目を瞑りながらそう小声でつぶやくと、海音はいきなり抱きついた。


「おっと、随分と熱烈な出迎えだな」

「だって、ずっと待っとったんやもん。あれ、制服じゃなかったんだぁ」

「流石に夏の制服は目立ちすぎるだろ。なんの罰ゲームだって話だ」


 海上保安庁の夏の制服は上から下まで白だ。薄いグレーのネクタイ、黒と金の肩章は確かに目立って仕方がない。普段は濃紺の作業服の様な制服だし、出会った春は秋冬用の黒い制服だった。


「まぁ、確かに目立つよね。でも、見たかったぁ。残念」


 残念そうに言う海音を慰めるように、勝利は頭を撫でた。


「そのうち見せてやるよ」


 



 ◇




 今夜は市内にある海音のマンションに泊まる。このチャンスを逃したら、次の休みまで悶々と過ごすことになるかもしれない。勝利は海音に勇気を出して、これからの自分の仕事の話をすることにした。




「海賊!?」

「そうだ。海賊だ」


 夕飯を食べ終わり、一息ついたところを見計らって勝利は話しを切り出した。


「海賊なんて本当にいるの?」


 なにかの映画の話のようで、現実味がない。日本に住んでいれば誰しもがそうだろう。しかし、何年か前にはニュースにもなったのだ。それがきっかけで法整備が整えられ、海賊退治に参加などと言われるようになった。


「なんで勝利さんが行くと? 自衛隊さんの仕事じゃないと?」

「その自衛隊さんにはできない事があるんだ。それを海上保安官が同乗して支援するんだよ」

「自衛隊さんにできない事が、海上保安官には出来るの? ねぇ、大丈夫なんよね」


 海音の不安が痛いほどに伝わってくる。自衛隊には出来ない事を海上保安官がするという言葉に恐怖を覚えたのだろう。国を守る、最高の装備をしている自衛隊にも出来ない事。それを自分の彼氏がするというのだから。


「そっか。だから勝利さん、訓練に行ったんやね」

「心配はいらない。俺たちは海の警察で、逮捕しなければならない事態になった時にだけ出ていくんだ。自衛隊には警察権がないからな」

「逮捕!」


 逮捕という言葉に過剰に反応した海音に勝利は焦った。なんとか落ち着かせなければならないと。


「日本の貨物船や客船の通行を邪魔したら、交通違反切符を切る。それだけだ。自衛官には申し訳ないが、楽な仕事なんだよ。釣り道具でも持って行くかなー」


 なんてことは無い、自衛隊がいるから普段の任務に比べたら楽なんだと。航海の指揮をとる必要はないから暇なくらいだと勝利は言った。全ては海音を安心させるために。


「なら、いいけど。どれくらい行くと? 長いと?」

「ハッキリとは言えないが、半年から一年か......」

「そう、なんだ」


 任務期間は当然会うことはできない。航行中は電波も切るため、携帯もパソコンも役に立たない。黙り込んでしまった海音を見て、勝利はもう一度腹を括る。避けては通れない、誤魔化すことのできない、全ては事実なのだから。


「秋になったら、横須賀から出航する。海上自衛隊の護衛艦に、8名の海上保安官が同乗する。海に出たら、期間満了までは帰れない。海の上での任務だから連絡はあまり取れない。帰国日は直前にならなければ分からない。それでも海音は俺と付き合うか。正直に言ってほしい。無理なら無理と、言ってくれ」


 勝利は海音の目を見てそう告げた。そこに一ミリも笑みは見せなかった。

 海に出たら、海音を助けてやることができない。寂しさにつけこんだ男がよってこようが、攫って行こうが何もできないのだ。信じるという言葉ですら、信じられなくなる。


「うっ……ごめんなさい!」

「海音」


 海音は泣いていた。ボロボロと大きな粒が華奢な彼女の膝を濡らす。


「わたし、何もわかって……なかった。勝利さんのっ、勝利さんの仕事のこと、ちゃんと分かってなかった」


 絞り出すような声でそう言った。膝の上で握りしめた拳が震えている。

 そんな海音の姿を目の当たりにした勝利は胸が張り裂けそうだった。


「すまない。もっと早く、訓練に行く前に言えば良かった。海音はまだ若いしやり直せる。いつ帰るか分からない男を待つより、側で支えてくれる男を」


 勝利は自分が諦めてやるのが優しさだろうと思った。


「嫌です!」


 勝利の言葉を最後まで聞かずに海音が怒鳴るように言った。顔を上げて勝利を思いっきり睨み返している。


「勝手に答えを決めないで! もう遅いったい。もう、今さら他の誰かをだなんて、無理やけん! 勝利さんの匂いが纏わりついて取れんのに、代わりの人とか……無理」


 言い終わると海音はまた泣いた。


「海音」


 勝利は申し訳なさそうに海音の名を呼び、躊躇いながらもその震える躰を自分に引き寄せた。自分の為に震え泣く彼女をどうしたらいいか分からなかった。ただ抱き寄せせて、背をさする事しかできなかった。


「こんなに苦しい思いをさせてしまった。ごめんな」


 勝利が謝ると海音はぎゅと指に力を入れ、勝利のシャツを握り返した。


「勝利さん!」


 顔を上げた海音の目は、今まで見たこともないくらい鋭い。勝利はその目をみて覚悟した。

 

(大丈夫だ。まだ、傷は浅い。受け入れるんだ。彼女のために)


「別れません! 離れません! 私は待ちます。勝利さんが帰ってくるのを、待ちます!」


 海音の口から出た言葉は、勝利が想像していたものと真逆だった。


「本当か?」


 聞き返した勝利の声は、情けないほど震えている。


「本当よ。寂しいけど、悲しいけれど、でもそれは勝利さんのお仕事だから。わたし、我慢します。我慢しなきゃ、海保の女は務まらないでしょ? でも、お願い。必ず無事に、帰ってきてください」

「っ……ありがとう!」


 勝利はありったけの力を込めて海音を抱きしめた。


(何が何でも無事に帰ってくる! 真っ先に海音の所に帰ってくる!)


「約束する! 海音!」



 待っている。

 その言葉がどれくらい男を勇気づけたのか、きっと誰も知らないだろう。 

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