第9話 ラブコメ観察のために神々が定めたルール

 会話の後、一人で盛り上がって出ていったセリスが戻ってくると。

 その後少しして、待ちかねた料理が出てきた。

 皿に盛られていたそれは、とても人間の胃袋で消化できるとは思えない、おぞましい物質。料理には見えないゲテモノだったが。

 俺と弥生が尻込みする中、美味しいから食べてみてと勧めてくるセリスが、実際に美味しそうに食べ始めたので。俺たちも恐る恐る続いてみたら、味は格別だった。


 何とも言えない不思議体験をした後。

 既に日が暮れつつあったので、セリスに宿を紹介してもらった。今度は昼間のようないかがわしい目的で利用する場所ではなく、まともな宿だ。

 これから仲間と合流する予定があるというセリスとはそこで別れ、俺たちは休むことにした。


「うーん、もう夕方かー……なんかあっという間のようで、長い一日だったねえ」


 宿に入りながら、弥生がそんなことを言う。

 今度は普通に人がいて活気がある。ロビーには酒場が併設されているようで、いかにもファンタジーものに出てきそうな雰囲気の空間だ。


「そうだな……これと言って何かをした記憶が無いが」

「まあ、観光はそんなにできなかったけどさ。異世界でしかできない体験っていうのは、ちゃんと味わえたんじゃない?」

「モンスターに殺されかけたりとかな」

「……あのもふもふしたちっちゃい子、また会えないかなあ」


 うっとりとした様子で思いを馳せる弥生。


「懲りないなお前」


 俺たちは会話をしつつ、受付へと向かう。

 そこには謎の箱が……なんてことはなく、今度はちゃんと宿の主人と思しきおっさんがいたので、話しかけた。


「二部屋頼む」

「あいよ。朝飯はどうする?」

「じゃあ、付けてくれ」

「毎度。そんじゃ前払いで7000ゴルね」


 短いやり取りを交わすと、おっさんは手を差し出してお代を要求してきた。

 俺は電子マネー機能を使うため、パスポートをかざす。

 宿屋のおっさんは違和感なくそれを受け入れるが。

 何故か、支払い完了を示す発光現象が起きることはなかった。

 二度三度とタッチしてみるが、やはり反応はない。


「あれ、どうしたのおにーさん」

「いや、なんか支払いが完了しないんだよ」


 などと、俺たちが不思議がっていると。


『説明が遅れましたが……宿屋を利用する際は、二人で同じ部屋に泊まる……というのがこの旅のルールとして設定されています』


 不意に、手に持っていたパスポートが声を発した。


「な、なにそのルール……てかそんなの、誰が決めたの?」

『当然、神々です。何故かと言えば、そもそもあなた方をこの世界に連れてきた理由が、異世界であなた方が過ごす有様を観察して楽しむためだからです』

「い、言われてみれば、そんな説明されたような……」


 そう言いつつ、動揺した様子を見せる弥生。

 確かに、神々の用意した舞台で踊れとか、主にラブコメ方面でとか言われたような記憶がある。


『つまりあなた方には、異世界旅行を楽しむ対価として、いちゃいちゃラブコメ展開を見せつけて神々を楽しませる義務があるというわけです』


 いちゃいちゃとか、何を言っているんだこの文鎮は。

 俺が呆れる一方で。


「い、いちゃいちゃって……は、はあ!?」

 

 面食らった弥生が、頬を赤く染めながら声を荒げる。

 ともあれ、そういうことなら仕方ない。


「よし、仕方ないから今夜はどこか別の場所で……」


 最悪野宿でも、なんて考えながら、俺が切り出すと。


『ちなみにこの街は比較的治安の良い方ですが、それでも夜になると物騒な輩も出歩いていたりします。お二人のようないかにも弱そうな男女が野宿でもしていようものなら、身ぐるみ剥がれて男は殺され女は犯され的なことに……』


 なんか、とんでもなく物騒なことを言われた。


「ど、どうせハッタリでしょ?」


 若干ビビりながらもそう言う弥生。


「あ、ああ。だろうな」


 俺も同意するが……万が一のことがある。

 どうしたものかと、俺が悩んでいると。


「お、おにーさんがどうしてもっていうなら、同じ部屋でもいいけど」


 弥生がいかにもしょうがなく、といった調子でそんな提案をしてきた。

 だがどう見てもビビってるし、気のせいでなければ恥ずかしそうにも見える。

 かと言って、それを指摘するのも大人げないか。

 仕方ない。ここは俺が折れるとしよう。

 ありがたい申し出なのも、事実ではあるし。


「じゃあ……どうしても。同じ部屋で泊まりたいんだがいいか」

「うわっ、女子高生相手に必死に頼み込むとか、おにーさんってやっぱり……」


 ドン引きされた。

 年長者として譲歩してやったのに、ひどい仕打ちだ。


「おい。人の厚意を無下にするってならこっちにも考えが」

「あはは、ごめん。つい反射的に」


 弥生は特に悪びれる様子もなく、平謝りした後。


「うーん……しょうがない、おにーさんがどうしてもって言うくらいだし、一緒の部屋でいいよ?」


 

 そんなわけで、神々とやらに強制され、俺たちは同じ部屋で泊まることになった。

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