最前線

落ち着け、今のこの状況をじっくりと認識するんだ。



あいつ等が今進もうとしているのは、俺の落とし穴地帯。


俺はその落とし穴地帯を抜けた先にある石の影にいる。


そしてその落とし穴地帯を抜けた先には、バーバ・ヤーガとジャイアントベアーのエリア。そこもまた落とし穴地帯がある。


ここは、一直線の道のような場所だ。つまりこいつ等が進む方向は当然だが落とし穴地帯。



……どうする、ログアウトか?いいやダメだ、ログアウトするには10秒間の非戦闘時間がいる――その間に落とし穴に嵌れば戦闘状態となりログアウト出来なくなってしまう。



「よーし、皆止まれ。バフかけ直すわ」

「おう、サンキュー」



流れていく冷や汗が、温くなっていく。


ナイスだバッファー。これで考える時間が得られるぞ。


んん、というかログアウト出来るじゃない!


「えっとまずは、エンチャントパワー!」


あいつ等がバフを掛けている間に、俺は目に見ぬ程の手付きでログアウトをメニューから選択。いやあ俺の敏捷はイかしてるぜ。


勝ったッ!第27部完!!


落とし穴はまた作ればいい、命があればいいんだ。

いやあお疲れ様でした。ログアウトっと。



「あ、あそこになんか大きな石がある!絶対あれなんかレアなの採れるって。ちょっと採掘してこよーっ」



……は?は?


無慈悲にも俺の方向へと近付いてくる声。その意味。


俺は、現実に追い帰される。



いやいやいや。


やめろ――止まれ、止ま――



「あっ、え、きゃあああ!」



落とし穴に、落ちる音と声。



「「「「えっ」」」」



それを見ているPTの皆様。



《戦闘状態となった為、ログアウトは失敗となりました》


容赦なくインフォさんがそう告げる。



「……はあ」



静かに、重い溜息を一つ。


……フラグなんて、面白がって立てるもんじゃねえわ。


こんな時に完璧に回収しやがって……



「罠だ!!プレイヤーが何処かにいるぞ!」


「くっそ……大丈夫か!今向かう!」


「アヤメ、索敵だ!」


「もうやってる――あの石の影だよ。出てきたら?」



ああ、流石最前線だ。もうばれてんの。


さあもう逃げ場は無くなった。どうするかな。


うん、ここまでくれば逆に冷静になっちゃうよね。



……選択肢をまずは見つけ出す。


1、逃げる。2、戦う。3、謝る。


相手の戦力は俺の十倍以上、2より1が妥当な判断だろう。


しかし逃げ先は、最前線が壁となっているので当然深部の方向。そしてまた敏捷が低下している今、最悪遠距離攻撃で死ぬ。


ダルマとクマを回避しながら後ろの攻撃も避けながら逃げるってのが可能なのか?

まず深部に逃げたとして、生きて帰られるのか?


恐らくだがもうこれはPK扱い。死んだらそれ相応のペナルティを負うことになる。慎重に行けよ俺。



なら、3か……そうだよな、俺だってわざとやったわけじゃねーんだ。

クマさんを嵌める為であってコイツらに対して作ったわけじゃあない。



よし、人間ってのは分かり合えるんだ。行くぞ。




「……い、いやあすまんか――っ!」



俺が石の影から出て謝ろうとした時だった。


狙っていたかのように、俺の脳天目掛けて矢の飛来。


明らかな敵意だ。



「おいおい、なにすんだ?」


俺は間一髪避けた後、最前線達にそう問う。


まあ元々一信九疑ぐらいだったからな。避ける準備は出来ていた。



「……ふーん、避けたのね」


「仲間を罠に嵌めておいて、許すと思うか?」



不満気な女の弓使いと、仲間意識の強い戦士様。


後ろには魔法使いと聖職者っぽい奴。穴に嵌った奴は知らない。



「ぷはー!落とし穴なんて始めて掛かったよ……油断したあ。よっしー回復よろしく!」


「……ったく、ヒールっと。気を付けろよ、何があるか分かんねーんだから」


と思ったら穴から出てきた。身なりは俺と同じような格好の小刀使いである。



以上五人。遠距離職が割合の多いPTだな。火力凄そう。それに回復職もいる……これは辛い。


「そっか……んじゃそこの二匹のモンスターの情報を渡すよ。どうだ?」


勝つのはほぼ不可能と判断した俺は、ナイフをポケットにしまい、両手を上げて交渉の手段に出る。


二匹とは言ったものの、詳しく知ってるのはジャイアントベアーだけだが。こういうのは盛ればいいんだ盛れば。


「敵はアイツだけか?」


「ええ。そうみたいよ」


「なら余裕だろ、もうアイツにPK判定行ってんだろ?とっとと終わらせようぜ!」


俺の決死の交渉を無視して話す最前線共。


なんか腹立ってきたな……ああ駄目だ駄目だ冷静になれ俺。



「おーい、聞いて――」


「ん?お前の情報など要らん。前情報など無くとも俺達は余裕で勝てるだろうからな」


「どうせロクな情報も持ってないクセに」


遮ってそう吐き捨てられる俺。


……ふーん。


俺は、挙げた両手を下ろして――


「……よっと」


ナイフを投擲した。


駄目だな全く、煽り耐性ぐらい備え付けておかないと。


後悔も反省もしてないがな。


「んな――」


俺の行動を信じられない、そんな感情を張り付けたような間抜け面の戦士様。


スクショしておきたいぐらいだ、しかし――


「フレイムブラスト!!」


「っ!」



空かさず飛んでくる矢と魔法の詠唱。


俺は石へと隠れるように思いっ切り跳び――よし、回避成功。


横を見れば大きな火玉が通り過ぎて行った。怖いなあ。


「チッ……ふざけやがって」


「どうするのかな?」


このまま隠れていてもこちらへ来るのは時間の問題だ。


落とし穴のおかげで俺とあいつ等の間に壁のようなモノが出来ているが、解除されてしまえば終り。


さっさとこの場をどうにかしなくては。



「ファイアーブラスト!」



俺を出てこさせようと、こちらに魔法を放ってくる。コワイ。


……弓使いは何もしてこないのか?いや、そんなはずがない。


もしだぞ?俺がアイツの立場なら……



「――っぶねえ!」



上空から降ってきていた矢。


あのPTの中で一番厄介なのはあの弓使いだろう。場所が全てバレているのは致命的だ。


不意打ちは通じず。なら、もう真正面から行くしかない。



「うっ」



過食のせいで不味さが倍増したスタミナエキスを摂取。


もうなんか景気付けみたいになっているが、気にしてはいけない。



「っと、地面に近接攻撃で落とし穴は解除されるみたいだ」


「たく小賢しい真似しやがって。殆ど見えねえなこれ」


「うー、どんだけ作ってるんだよう……うわ危ない!」



いやあ大量に作っておいて良かった、そっちには落とし穴を敷き詰めるように作っておいたからな。


前衛2人が落とし穴を解除している今がチャンス。というか今しかない。



……行くぞ。

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