第4話 キャスと波留


『でもさ。良かったね。今回も、ちゃんと見つけてあげられて』


 ごろんごろんと自室のベッドに横になりながら言うキャスに、「そうですね」と言葉を返せば、キャスが嬉しそうに頷く。


「流石に三日目の徹夜に突入するのかも、と思い始めた時はどうなることかと思いましたが…本当、無事に見つかって何よりです」


 ばさっ、とYシャツを脱ぎ、洗濯かごへ放り投げる。

 電子スイッチとなっている自室の風呂は、どうやらキャスが先に設定しておいてくれたようで、もうすでに浸かれる状態に出来上がっている。


「キャス、お風呂ありがとう」


 風呂場から声をあげれば、『んー』とキャスの間延びした声が聞こえてくる。


 キャスが僕の前に現れてから、もうだいぶ経つ。

 初めのうちは、慣れない姿と生活に大変そうにしていたけれども、順応性が高かった彼女は、以外とすんなりと人間の暮らしの中に溶け込んでいった。

 元々、小さい時から僕は電波たちが視えていたらしく、物心がついた時には彼らが居るのが当たり前になっていた。


 両親が持つ携帯電話にくっついている小さなコや、実家のWi-Fiモデムを中心に家の中を飛び回るコがいるのが普通なのだと思っていたし、ラジオはスピーカーじゃなくて、そのコたちが話している声だと思っていた。電子レンジや、テレビ、GPS、それに、警察や消防の無線のコたちもそう。

 皆に視えているのかと、小さな頃は思っていたけれど、実はそうではなかったと知ったのは、幼稚園に入る前くらいだった気がする。

 ただ、こういうコたちがいる、と言っても特に不思議がられるわけでもなかった。それは多分、僕の発言と、それを聞いて周りが思ったことが食い違っていて、話はずっと平行線を辿っているにも関わらず、何故だがお互い理解したような気分になって、意見は交わることなく話が終わる、ということだったのだろうな、と今なら思う。

 その上で、僕の両親もだいぶ変わっていて、「電波が視えるんなら、せっかくだから、もっとスケールの大きな素敵な電波を見に行こう!」と父さんの知り合いの教授の電波天文学の観測会に父さんは僕を連れて参加。そして、その観測会で、僕は空に浮かぶ星、カシオペア座から来たキャスと出会った。

 教授によると、通常、天体からの電波は微弱であるために天体観望所のアンテナから離れると、キャスの身体も圏外になり、消えてしまうのかと思うのだが、キャスは何故かしっかりと視えるし、触ることができ、そして何故だが僕は彼女に気に入られた。

 前にキャスに、キャス自身の圏外についての疑問を問いかけてみたものの、『何故か波留はるの傍に居たくなるんだもの。不思議よね。波留ってば、本当にただの人間なのに。ねぇ?何で?』と僕にも分からないことを聞かれ、聞くことを止めた。

 それから、色々あってIUCSIGに入り、キャスが自他共に認める僕の相棒となったり、様々な方々とも縁が繫がり、出会ったり、別れたり、何だかんだで忙しく任務をこなしてきたり、気づいたらバタバタと毎日を過ごしてきた。


「…ん?どうしました?」


 ザバー、と湯船に浸かっていると、部屋に居るWi-Fiの電波のコが、ニコニコと笑顔を浮かべながらスマホを指さす。


「ああ、メッセージが届いたんですか?」


 僕の言葉に、こくん、と頷く電波かれに「ありがとう」とお礼を言いつつスマホを取れば、どうやら、高校の友人かららしい。


「ええと、ああ!結婚!おめでとうございます…!ちょっとした同窓会も兼ねてのお誘いですね…えと、あ……」


 そのメッセージには、高校の同級生が結婚が決まったこと、全員ではないものの、久々に集まることなども書かれていたが、メールの最後のほうに、『仕事ばっかしてないで、彼女探しついでにたまには顔出せよ!!笑』という、彼らから見た僕にとってのお決まりのフレーズがしっかりと書き込まれている。


「……彼女、ねえ」


「仕事ばかりして家に帰ってから寂しく無いのか」とか、たまに友人たちに言われるけれど、世界にはたくさんの電波たちがいる。独りになった、と感じることなどまず、無い。

 先輩の三國みくにさんにも「波留ほどに電波の集まる奴は初めて見た」と言われるほど、「僕」の周りは電波たちが多いらしい。

 IUCSIG日本支部に魅力的な女性が居ないわけではない。一課もニ課にも、三課にも綺麗な人も可愛らしい人も優しい人もたくさんいる。だが、まずは忙し過ぎてそんな雰囲気になるシチュエーションも無いし、そんな時間も、余裕も無い。そもそも、恋愛、というものをしたことが無い僕には…ちょっと…色々と難しい。


「彼女が欲しい、なんて、考えたこともないからなあ」


 そう呟いて、僕は少しの間、返信に困ったものの、まあいつもと同じだな、と最早お決まりになったような文章を、スマホに打ち込んだ。



 ガチャ、と風呂を出て部屋に戻ると、何故か僕のベッドにキャスが寝ている。


「キャス、起きて」


 トントン、と肩を叩いても、『んん…』と小さく唸る声が返ってくるだけで、起きる気配が全くない。

 彼女のためのベッドも用意してあるのだが、入り口から近いからなのか、彼女によく僕のベッドを占領される。

 仕方がない、と小さくため息をついて、寝ているキャスを抱き上げて、ベッドまで運んでいく。

 実体があり、触れて、会話が出来る。

 けれど、彼女やレイくん、マイくんも、クロくんも、人間ではない。あくまでも、元は、電波なのだ。

 実際、キャスに体重はないし、彼女たちは食事も摂らない。任務で、電波同士で争うこともあり、キャス達も怪我をしたりする。そういう時には痛みを感じるらしいが、僕たち人間からされることに痛みは無いらしい。

 まぁ、僕たちがキャス達からされて痛いことは、多々あるのだけれど、それは電波の性質上、どうしようもないことだ。

 けれど、別に同じベッドで寝ていて、彼女を押し潰してしまっても、キャスの性質は天体からの電波であるから、双方に痛みは発生しないかとは思うけれども、それでも、キャスたちが視える僕からすると、何となく、気が引ける、というか、一応、キャスは女の子?だ。

 仕草やら、声質、格好や性格を見るだけでも、彼女は女の子なんだな、と分かる。


 なので、例え電波だとしても付き合っていない女の子と同じベッドで寝るのは、僕の中の倫理観が許さないというか……まあそんなところがあって、同じベッドでは、眠らないようにしている。


『んん……』


 むにゃ、と小さく寝言を零す彼女にクス、と笑いが溢れる。

 彼女のベッドへ静かに下ろし、顔にかかる髪をどかせば、キャスが瞳を閉じたままくすぐったそうに笑った。








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