第十五話 森の支配者


「うーん……特に変わった感じはしないわねぇ」

「嬢ちゃんはどうなんだ。前と変わってるところはないか?」

「立ち入りは禁止されていたので、私も良く分からないんです」

「はっ、使えねぇ」

「アンタねぇ……」


一触即発状態のエイーシャさんとレリックさんを何とか宥めて

すぐ目の前に広がる大森林を見通す

一昔前までは通り道として使われていたのか、

道案内用の朽ちた看板が倒れていて、ほんの少しだけ道の跡があった


(お先真っ暗とはこのことだね)


生い茂る木の枝は人の手が入らないせいもあってのびのびと育ち、

隣接する木の枝と絡み合うように道を塞ぎ、視界も狭めてしまう

日が当たりにくい環境だからだろう

それを求めて天高く育った木々の高さは低くても5メートル以上ある

しかも、奥に連れてだんだんと高くなって行ったりするのだから、

進んでいくにつれて、太陽の光は完全に遮られちゃうかもしれない


「とりあえず入るしかないだろう。嬢ちゃん、目印用のアイテム一式は持ってきているか?」

「はい、ここに」


アイテム一式と言っても目立つ色のリボンと、鋏。この二つだけ

来た道のリボンにそれを結び付けていくことで、それをたどって戻れば帰れるようにするというもの

ちなみに、木と木の間に伸ばしてしまうと、魔物が引っかかったりして危ないので

その時その時リボンをきって結び付けていかないといけない


「ならよし。嬢ちゃん、隊列はどうする? 嬢ちゃんも少しは戦えるか?」

「そうですね。私も多少剣を扱えるので、ある程度は対応できます」


腰にぶら下がった銅剣を軽くたたいて頷く。

本当は、シルキーさんが立派な剣を用意してくれようとしたんだけど、

形見であるこの銅剣だけは外せないと頼んだ

それ以外に関しては、胸当てや足鎧等シルキーさんが用意してくれた軽鎧

軽鎧と言っても、棍棒で殴られたりしても耐えられるくらいにはしっかりとしたつくり


値段はきっとすごく高いんだけど……怖くて聞けなかった


(さて……それはそうと編成だよね)


エイーシャさんは魔法使いだから最後尾にはさせられない

かといって、レリックさんと並べると、問題が起きそうなので仕方がない

レリックさんを最後尾という手もあるけれど、嫌な予感しかしないので却下だ

ということで、隊列は考える間でもなくすんなりと決定した


「エドモンドさんを先頭にレリックさん、ロロさん、エイーシャさん、最後尾に私のこの隊列で行きましょう」

「あんたが最後尾かよ、大丈夫なのか?」

「一応、見張りくらいは出来るつもりです」

「へーへー、最悪あんたの首が取れるくらいにしてくれよ? 死ぬのはごめんだぜ?」


レリックさんの意地悪な反応。

エイーシャさんは何かを言いかけたけど抑えて、私を見る

反論して良いかと聞かれたような気がしたから、首を振った


「善処します。でも、ここは魔物の巣のようなものなので、各自対応もお願いしますね

  全域対応は流石にできないので、一つを相手しているとき、レリックさんを見ていられません」

「はっ、俺を舐めてんじゃないぞ」

「いえ、信頼しています」


エイーシャさんの見せた自信と違って、不安はあるけれど

体つきだけは立派なのだから……多少は出来ると思う。見せかけじゃないなら

そんな不安を感じるレリックさんの奥、大気中のエドモンドさんに目を向けた


「ではエドモンドさん、すみませんがよろしくお願いしますね」

「おうよ。先駆けは任せておきな」


森林地帯への侵入開始。いまの正確な時刻はわからないけど、

村の整理が終わったのが正午過ぎなので日没まではあと数時間しかない

だから、あと二、三時間分くらいの日が傾いたら撤退をする予定ではあるけど

残念ながら太陽がほとんど見えないので、不安しかない


こういう時こそ、電波がなくても良いからスマホとかが欲しい

あとは腕時計とか

この世界には年月日というものはあるけど、時間というものが定まってない

太陽が昇り始めたら朝、真上に来たら昼、太陽が傾き始めたら夕方、月が出たら夜

なので、天気が悪い日なんかは日にちの感覚が消えたりもする


(……撤退の時間だけは間違えないようにしないと)


――――


暫く、エドモンドさんが剣で雑草を切り払い、盾で押しのけ足で踏み鳴らしていく音だけが辺りに聞こえるようになった

虫の声も、鳥の声も、魔物の声も何も聞こえない不気味なくらいの静けさ

そんな中、ロロさんが振り返った


「しかし、このルートは来たことがないな。オ……あんたはあるかい?」

「ないね。この先は山も森も迂回出来るからねぇ。みんなそっちを使うさ」

「ここってそんなに危険なんですか?」

「生息している魔物自体は低級ばっかりって話だがな。ただ、ほとんどが狩猟系の魔物らしい

 悠長に休憩でもしようものなら、背後からいきなり襲われて食い物になっちまう」


そこが、狩猟系と呼ばれる雑草狼などの恐ろしさ

彼らは集団で行動し、獲物が隙を見せるまで身を顰めてじっとその時を待つ

例え一度抵抗できても次の瞬間には群れで迫ってくるので、助からない

だからある意味、レリックさんが私のことを疑ったのも無理はなかった

でも、村育ちで感覚の鋭い―ミスティのおかげ―私はそのあたりには多少の自信があった

もちろん、だからと言って過信は絶対にしないけれど。


(それ以外にも自信があるなら良いんだけどね。ないから)


そんな不甲斐ない自分に呆れて苦笑しているとエイーシャさんが説明を続けてくれた


「加えて、この森は深いから一日で抜けきることは殆どできないのよね。

 それで少なくとも2泊は必要になってくるから、さっきの理由もあってみんな避けているのよ」

「こんなところで野宿したいなんて言うのはよほどの馬鹿しかいないからな」

「そうなんですね……ただ迷いやすいって言うだけじゃないんですね」


話しながらも一直線になるように、木にリボンを結んでいく

ちなみに、これは森林地帯じゃない場所でも行うらしく

山に登るときなどは尖った杭のようなものを地面に突き刺したりしながら、

自分たちが来た方向を見失わないようにするらしい

霧の中とかでは、目印に光魔法を付与したりもするとか……そんな険しい場所は未知の世界だよね


「ちょっと止まってくれ!」

「なにかありましたか?」

「ああ、音をたてないようにこっちに来てくれ」


先頭を進むエドモンドさんの合図でみんなが止まる

魔物に警戒しながら距離を詰めて合流すると

私達の目の前には生い茂った森から一変、

踏み抜かれて平原のようになってしまった一帯が広がった


「これは」

「へし折れているわね。ゴブリンの亜種でも産まれた?」

「……どうだかな。どれもこれも真ん中からへし折れてる。只者じゃないぞ」


数十メートル以上ある木々のほとんどが真ん中からへし折られ

そこら中に丸太のようになった木が散乱していて

生い茂っていた雑草は私達が今通ってきた状態よりもさらに強く踏みにじられた状況

明らかに異常なその光景を前に、旅人さん達はみんなして息を呑む


そう……私よりも多くを見てきた旅人さんたちでさえ

滅多に見ない光景なのだ

そして、中の一人が大声を上げた


「て、撤退だ! こんなの俺たちの手に負える奴じゃない!」


剣士、レリックさんだ

慌てた様子で逃げ出そうとするレリックさんをロロさんが阻んで止める

思っていた以上に見せかけだけの剣士なのか、それとも、それほどまでに危ない状況なのか

決めかねている間に、ロロさんはレリックさんを羽交い絞めにしようとしていた


「馬鹿野郎っ、大声を出すな」

「そんな場合じゃねぇ! 分かるだろ! こんなの絶対にヤバイッ!」

「そんなことは解ってんだっ、いいから黙――」


ロロさんの声が、途切れた

ううん、阻まれてしまったんだ。あの時も感じた大きな地響きによって。

ズシン……ズシン……と、大きな地震が続く


「くそっ……」

「この馬鹿ッあんたが騒ぐからッ」

「俺は悪くないッ、だから言ったんだ逃げろって!」


こんな状況でも声を上げ怯え切ったレリックさんと抑えるロロさん

大剣ではなく盾を構えて戦闘態勢に入るエドモンドさんに、エイーシャさんも詠唱準備に入る

みんな、これは自然の地響きではなく≪足音≫なんだと

そう感じて、考えているという反応だった

そして、下手に逃げれば逆に危機に陥るという雰囲気だった


(……あれ?)


「止まった?」

「しっ……まだ近くにいるはず」


しかし、私達の警戒をよそに地響きは不意に止まり

騒がしくなり始めていた森林が静まり返っていく

けれど、誰一人として気を抜くことはない


「気を抜くな……魔物だ」


エドモンドさんが全員に後退の合図を出し、大剣の柄に手を触れる

それに従って、ゆっくり、ゆっくり

出来る限り足音を殺しながら、後退していく

だけど、もう遅かった


「っ……待ってください」

「ちょっ、待ってって――あ」


地響きの鳴りやんだ今なら聞こえる

草木をかき分け駆け巡る足音と人間の言葉ではない何かを発しながら近づく何か

私が止めたことで、エイーシャさんもそれに気づいたらしい

偶然なのか、示し合わせたのか

あの地響きによって音がかき消され、意識を持っていかれているうちに、

彼らは私達を取り囲んでいたのだ


グルルルルという声と、鼻を抓みたくなる異臭

それは、雑草狼とゴブリンの群れに囲まれたという警告――そして


「風よ。吹き荒ぶ者となりて蹂躙せよ!」


真っ先に対応したのは、エイーシャさんだった。

広範囲に対応できる風の中級魔法を用いて、

近づきつつあったゴブリンの一団、雑草狼の一部を吹き飛ばしていく

威力自体は低いけれど、周囲の敵を吹き飛ばせるこういった状況で最良の手段

でも、それだけじゃ足りなかった


「アォーンッ!」

「来るッ!」


エイーシャさんの魔法からそれた狼の声が上がる

草木をかき分けて駆け巡る足音が至る所から聞こえてくる

そして、足音が止んだその一点に目を向けたその瞬間、正反対の草が引き裂かれ獣が飛び出す

獲物を狩るための彼らの連携、一匹が気を引き、もう一匹が仕留めにかかる

狩猟系の魔物として、優秀だったのだ


「っ」


左から右への切り替えは反応が遅れ、剣を抜くスピードが落ちる

力技で振り切れない場合、押し込まれてしまう最悪の体勢――けど


「そっちは任せろ! 逆からくるぞ!」

「はっはい!」


ロロさんはそう声を上げてレリックさんを手放すと

勢いよく飛び出してきた雑草狼の方へと突貫していく

剣士特有の刺突の構え、踏み抜いた地面が抉れて飛び散り、

ロロさんの姿が一瞬、残像を生み出したようにも見える速さ


「セェァァッ!」

「きゃうんっ」


今まさに飛びかかろうとしていた狼の体は

片手剣が突き刺さった瞬間にくの字に曲がり、悲鳴を上げながら吹き飛んでいく

私はそれと同時に逆から飛び出してきた狼へと、立ち向かい、剣を振るう

体力十分、上段から切り下し


「てやぁぁぁぁぁぁぁッ!」


勢いはあった。切り払うに十分な力もあった

なのに雑草狼の体には傷がつかず、ぐにゅりと歪んだ感触が剣先から手元へと伝わってくる


「斬れなっ」

「刺せッ!」


ロロさんの怒号に押されるように、押し込まれつつあった剣に力を込めて叩き落し、

バウンドしてすぐに立ち上がろうとしている雑草狼の体に銅剣を突き刺す


「ギャウッ」


ほんの少しの抵抗はあったけれど、

ブツリ……という生々しい感触と共に剣は狼の体に抉りこまれていき

バタバタと狼がもがく


前回のゴブリンとは違う魔物の本当のしぶとさもあるけれど、

単純に、心臓を狙えていないのだ

雑草狼もまた命を懸けているという体校に、剣が僅かにはねのけられていく


「うっ……」

「タァッ!」

「!」


そこから、ロロさんの追い打ちの刺突が雑草狼の体を貫いて――絶命させる

遅れて靡く風は、どこか心強く感じて。


「そいつの毛皮は下手に斬り込んでも斬れない! ただの打撃になるだけだ! 突き刺せ!」

「すみませ――」

「危ないッ!」


エイーシャさんの悲鳴に似た叫び声

木々の間を抜けて見えていた陽の光を遮る大きな影

気づいた時には、遅い

高く育った木々を物と目せずにへし折りながら、巨木が下りてきていた


「うおおおおおおおおおおッ!」

「エドモンドさんッ!」


強固な盾を頭上に身構えたエドモンドさんが巨木を受け、雄叫びを上げる

装備が軋む痛々しい音が離れていても聞こえてくる

このままでは押し込まれてしまう。助けないと


「こっち!」

「でもエドモンドさんが!」

「いいから避ける!」

「おっおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおぁぁぁああああッ!」


そう動きかけた体はエイーシャさんに引かれ巨木の範囲から逸れていく

その瞬間、エドモンドさんはより強い雄叫びを上げて――ガクンッと膝が落ちて巨木が下がる

そして、見えた


「あ……」


エドモンドさんを押し込む巨木を握る、大きな、大きな人の形をした魔物

亜人種というものに含まれるその巨大な姿は、文献でも文字でしか見たことがない

森林地帯に生息しているはずがないそれの名を、私達と同じように逃れたロロさんが口にする


「お、オーガだとッ!?」


土色の巨人。

ゴブリンなんて比較にもならないほどの怪力を持ちながら、

武器などの扱いも得意とする知能を備えた亜人の怪物


「……ろおあく」

「まって……待って、駄目、止めて……」


オーガは何かを呟いたかと思えば

手に持った巨木に何もしていなかった手をのせて


「止めてぇッ!」

「お……あ……あぁあああ……」

「エドモンドさん!」

「ダメ!」


届かないと分かっていても伸ばした手は、アイーシャさんに掴まれて抑え込まれてしまう

鎧の軋む音がさらに酷くなっていく

数秒後の未来が手に取るようにわかる

仲がいいわけではない、知り合いだったわけでもない

けれど、この小さな冒険が終わったら少しは関係が持てると思っていた


「逃げろ――」

「ぁ……」


エドモンドさんの声が、姿が、消えた。

寸前の申し訳なさそうな表情が私の目に焼き付いて離れようとしない


「そんな……」


あんなにも屈強だった。あんなにも力強かった

そんな、戦士であるエドモンドさんの体を、オーガは容易く叩き潰したのだ


「ま、不味いわ……どうする……逃げる? でもどうやって!」

「そんな……エドモンドさん……」


それはまるで、部屋に沸いた虫を叩き潰す人間のように無慈悲な一打

逃げ惑うことすら許さない、森の支配者の力だった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る