第十話 愉快な主人はメイドを遊ぶ


「ん……」


目を覚ますと、全く知らない部屋にいた

すぐ横では、清潔な服に着替えさせられたリンがすやすやと眠っている

私も意識がないうちに着替えさせられたようで、

二人そろって綺麗なパジャマみたいな服になっていた


窓の方を見ると、

陽の光は問題なく入ってきていて部屋は明るかった


(監禁……では、ないかな?)


部屋は広くて学校の教室くらいありそうで

布団は高級なものらしく、

現実の世界で使われていても可笑しくなさそうな柔らかさとふっくら感

手触りもざらついた感じがしなくて、私好み

枕も硬くない。頭を置けばしっかりと沈んで整えてくれるし

ちょっとひんやりしていて心地が良かった

ベッドはキングサイズだったか、何だったか。

そのレベルの大きさで、私とリンだけでは大きすぎるという感じだった


「……おつ……かれ、さま」

「んぅ」


私の日常の一つとして存在していたリンの寝顔に安堵しながら、

体を起こして端っこに腰かけて、自分の体の疲労具合を感じ取る

肩からのしかかってくるような重み

無茶をした腕の痛み、勝手に動きそうな足の不安定感

喉はつばを飲み込むたびに痛みとイガイガする違和感を感じる


それはそうだよね、満身創痍って感じだったんだから

むしろ、王国までたどり着けただけでも奇跡だったと思う

それだけ、生きることに執着したということだろうし

妹の為にも倒れるわけにはいかないという力以上の何かがあったのかもしれない


(ようやくゆっくりできる……って言いたいけど、駄目だよね)


リンに直接話したわけじゃないけど、

両親も、村の人も助からなかったというのはもう気づいてると思う

時々聞こうとしてるのか悲しそうな顔で口を開きかけてすぐにやめていたから

きっと……


それでも、率先して動かないといけないのは私だと思う

男の人は嫌い。でも、お父さんは嫌いじゃなかった

お母さん嫌い。でも、この世界のお母さんは嫌いじゃなかった

あの村の人達だって、嫌な人なんて一人もいなかった


「っ……」


唇を噛んで、痛みを感じる

それでも泣いちゃうのはきっと、現実だからだと思う

だけど、拭って、拭って、考えを振り払う


私はお姉ちゃんだから、私が頑張らないといけないから

泣くのも悲しむのも全部後でいい

今やるべきことは何も知らない王国の人達に村の惨状を知らせ、

せめて、みんなの遺体だけでも掘り出してちゃんとしたお墓を作る事

あの大岩を投げただろう何か、お父さんを殺しただろう何か

それの討伐を行うこと


考えに耽っていると合図もなしに扉が開いて

メイド服の女の人が部屋の中に入ってきた

その瞬間に甘い匂いが漂ってきて、ああ……と気づく

フレシアとかいう女の人のところだ。


メイドさんは背が高くてスレンダーな印象を受ける体つきをしていて、

モデルで行けそうな感じだけど、メイドらしい

髪は赤色のセミロングで束ねていない……メイドは束ねなくて良いのかな?


メイドさんはすぐに私に気づいて、軽く頭を下げる

手に持ったプレートには湯沸かし器みたいなのと、グラスが二つ

お湯を飲む健康志向なお方かな?

メイドさんとフレシアさん的にあり得そうではあった


「おや、目を覚まされていましたか。これは失礼」

「ぁ……えっと」

「あーあー、無理にお話しされなくて結構ですよ。初対面ですからね」

「い、え、そうではなく」


私は一応客人……なのだろうか?

メイドさんは私に止まれのように手を向けて軽い口調で話す

こういう場合って凄い畏まった扱いをされるのが定番なような……

いや、されなくても全然良いんだけど。

そして声がちょっと男の子っぽいのは……うん、きっとそういうだけだろう


「ひとまず、こちら飲みます? 喉も渇いておられるでしょう」

「あ、ありがとうございます……」


メイドさんは近くの台に持ち込んだものを置くと、

湯沸かし器からグラスへと何かを注いだ。

無色透明の見慣れた姿……多分、水だ


手渡されたグラスは暖かくなく、むしろ冷たい

湯沸かし器に見えたのは近くで見れば銀製の容器、ピッチャーだと分かった

頂きますと頭を下げて、一口

良く冷やされた冷たい水が、乾いた口と傷ついた喉を撫でて体の奥に降りていく

空っぽだったせいか、無駄に強く感じる刺激に、思わず震えて一気に飲み干した


ちょっとはしたなかったかな

そう思う私を気にせず、メイドさんは「どうぞ」と次を注いでくれた


「フレシア様からお二方のお世話をお願いされましてね。

 とても疲れていたみたいなのでまだ起きていることはないだろうと思ったのですが」

「いえ、そんな。私達を休ませてもら……頂いた上にお着換えまでさせて頂いて」

「気にしなくて良いですよ。口調もいつものようにどうぞ。そのための私ですからね」

「そ、そうですか……すみません」


やっぱり、フレシアさんだったんだ。

締め落とされたようなものだったけど、

あの人はそういう、やんちゃ? お転婆? な人なだけなのかな


「ところで、フレシア様から聞いたのですが、村の方から来られたのですか?」

「え、あ、はい。そうなんです……」

「お二人で……魔物が出ることはないとはいえ、無茶をしましたね」


せっかく相手から切り出してくれたんだ

余計な話して話しにくくしない方がいいよね……


「それでそのっ、村のことでお願いがあって」

「お願い、ですか。そうですね、お二方というのも妙な話ですからね。

 事情もありますね。分かりました。まずはフレシア様をお呼びしますよ」

「そんな、私がうかがいますっ!」

「妹様がまだお休みではありませんか。事情がおありなのでしょう?

 お二人で長い距離を歩かねばならない事情が。貴女がいないときに目を覚ましたら大変ですよ」


そう言われたら引き下がるしかない

素直に頷いて、メイドさんが部屋を出ていくのを見送った。


そもそも考えてみれば、

外であれだけの匂いがするフレシアさんの自室に招かれたりでもしたら

私はたぶん、卒倒するか血を吐くと思う


部屋的に客室とかいう贅沢な空き部屋があるだろうし、

そこに連れて行かれるかもしれないけど。

そして


「呼ばれてきたわぁ~、私のかわいい子!」


数分もしないうちに動く芳香剤は部屋に飛び込んできた

恩人に対して失礼だって言うのは解る

でも、心の中では叫びたいくらいに……甘い匂いだった

それと、私は貴女の子じゃないです。


「フレシア様、妹様がお休みです。お加減を」

「そうねぇ……でもあらぁ~? シルキーちゃん。これはどういうことかしらぁ?」

「どうと言われましても。お二方は客人と申されましたので、

  流石にあのような装いはと思い、控えさせていただきました」

「そうなのねぇ~残念だわぁ、可愛いと思ったのにぃ」


フレシアさんはなぜか私の着ている服を見てかなり残念そうに項垂れる

メイドさんが止めてくれた服装というのは気になるけど

多分、着たいと言ったらアウトなものに違いない


「まぁいいわぁ、それで、お願い。が、あるのよねぇ?」


甘ったるい匂いも、口調も

物腰柔らかそうな子供みたいな笑顔も

何も変わらないはずなのに何処か違和感を覚える


「えーっと……あらぁ、そう言えば、お名前を聞いてないわぁ」

「そ、そうでした。すみません」

「いいのよぉ~」


フレシアさんは玩具を見つけたクラスメイトのような雰囲気をちらつかせ始めた

あくまで笑顔、あくまで優しい

でも、相手からの要求はきっと悪魔のようなものだ


「わ、私は……ミスティ……ミスティ・フェレイデント。妹はリン・フェレイデント」

「ミスティちゃんと、リンちゃんねぇ。可愛いお名前だわぁ」

「ど、どうも」

「それでぇ? ミスティちゃんは村についてどんなお願いごとがあるのかなぁ?」


正直、この人に相談したくないというのが、今の私の感想だった。

本当にこの人がいじめっ子のような嫌な人なのか確証はない

でも、私のいじめられた経験が、この人は同じだという

つまり自分を信じれば、このひとは悪の側の人ということになる


(でも……気に入られているみたいだし、メイドとして働くとか、そういう条件に持っていければ)


交渉術なんてものはない私

相手は女の人なので泣き落としなんて言うことも、まぁ、多分無理だろう

だけど、気に入られているという利点、

子供であるという利点

このあたりを使って動けば行けるかもしれない


というより、清潔な服に、休める場所の提供、わざわざ出向いてもらった

この時点で、私が話さないという選択肢は握りつぶされている気がする

そんな、恩を仇で返すとまではいかなくても

礼儀のなっていないような子供だとみられるのは、困る


「実は昨日、村が魔物に攻め落とされてしまったんです……」

「あら」

「それで、その……村のみんなが」

「そう……それ以上は言わなくて良いわぁ」


最後まで話そうとする私を制したフレシアさんは、

悲しそうな表情で私のことを見ると、優しくほっぺを撫でた

まるで、本当の子供にやるような……そんな愛おしさを感じた


「でも、それはおかしいわねぇ」

「信じられない……ですか?」

「ううん。そうじゃないのよぉ。

 ほらぁ、分かるでしょう? この一帯は国によって魔物が掃討されているはずよぉ」

「お言葉ですがフレシア様。村の方角、そのさらに奥に広がる森林地帯は手が入っておりません」

「シルキーちゃん、それは解ってるのよぉ。

 私が良いたいのはぁ。それでも攻め落とされた。っていうところ」


フレシアさんはメイドさんが口をはさんだことに怒る様子もなく

むしろ、より一層真面目な表情で考え込む

さっきまでの怪しい雰囲気は消えて、どこか頼もしささえ感じられた


「つまりねぇ? 攻め落とした魔物はぁその森から来たことになるじゃない? シルキーちゃん。どうおもうぅ?」

「確かに森林地帯は広大かつ自然迷宮。

 魔物も自ら出ようとはせず、中で暮らしているはず。それが出てきたとなると……」

「ええそう、おかしいのよぉ。とはいえ、国が動いてくれるかしらぁ?」

「可能性は低いですね。アルディリアとにらみ合いの最中ですので、無駄なことに兵は割きたくないと言うかと」

「そうですか……」


アルディリアというのはこの王国の北西いある城塞都市のこと。

色々あって十数年前からギスギスしてて事あるごとに戦争、戦争

今はにらみ合いの時期とのことで。

要するに、国は力にはなってくれないらしい


「それならぁ、組合に行ってみるのはどうかしらぁ」

「組合?」

「そう。旅人さん達がいるでしょぉ?

 その人たちが万が一お金に困った際にぃ、短期間で出来るお仕事を紹介してくれる場所ぉ」

「人によっては冒険者組合。という風に呼んでいるそうですよ。

 もちろん公的機関ではないのであくまで寄り合い所が正解ですが」

「ただしぃ、旅人さんにお金を払わないといけないのよぉ。依頼料と報酬ねぇ」

「しかしフレシア様。ミスティ様は子供なので受けてくれる方がいるとは思えませんよ?

 それどころか子供と言えど女性ですから、良くない方向での報酬を強要される可能性もあります。危険では?」


確かに、ちゃんとした会社みたいなやつじゃなくて

個人的に掲示板とかでお願いするような形だと

殆どの人は報酬が低いだろうからって受けてくれないと思うし

メイドさんが言うように、そう言う目的のことをお願いされちゃうかもしれない……

だとしたら


「あらぁ、それなら大丈夫でしょぉ? ねぇ~? シルキーちゃん」

「フレシア様、まさかとは思いますが」


シルキーさんが一歩退く


「いいじゃないのぉ、ねぇ~? 私のぉ、指示に逆らったお着換えさせたでしょぉ~?」

「ここでそういう取引を持ち掛けますか……」

「どうするのぉ~? 減給かしらぁ、退職かしらぁ、それともぉ~? 貴女が着――」

「ええ、ああ、はい! 分かりましたっ! 分かりました! 行ってきますから……もう、何なんですか

 メイドの客人への気遣いというものを根こそぎなくさせるおつもりなんですか!?」

「うふふふふふっ」


私がどうしようかと考えようとした矢先に始まった主従の言い争いは、

当然のようにメイドさんが折れて、私の代わりに依頼に向かってくれることになった

本当に申し訳ないです……シルキーさん


「あの、ですがそれでは報酬はどうしたら……」

「それは大丈夫よぉ。ちょっとだけ、ミスティちゃんが私のお手伝いをしてくれたらそれでいいからぁ」

「お手伝いですか……具体的にはなにを」

「うふふふふふっ、ひ・み・つ」


口元に指をあてて怪しく笑うフレシアさん

呆れたのと失望と、そのほかいろいろ複雑そうなシルキーさん

流れていく話に置いて行かれて呆然とする私の横で

可愛い妹の何も知らない小さな寝息がこぼれたのだった

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