第七話 導きの焔はなお紅く


「お姉ちゃん、もう大丈夫」

「無理しなくて良いんだよ?」

「ううん、もう……夜だから」


後ろを見ると光の花によって社畜の輝きと呼ばれるような輝かしさが見えているけれど

前を向けば月明かりと星の微かな輝きしかない真っ暗な道が広がっていて

昼間は見渡せた平原も、ほんの数メートル先までしか見えない


「星の雫よ。集いて導く輝きとなりてこの身に宿れ」


静かに詠唱しながら銅剣を指でなぞると音もなく剣が輝き始める

しっかりと強く、点滅することのないまばゆい明り。

これでひとまず、ランプの代わり


「お姉ちゃん凄いっ、ママと一緒!」

「ふふんっ、でしょでしょ?」

「うんっ、格好いい! 光の勇者様っ!」

「よいぞよいぞ~」


持ち上げてくれる可愛い妹の頭を撫でながら、内心不安でいっぱいだった

私の魔力はほとんどない。才能がない

よって、あまり長時間こんなことを続けていると魔力が空っぽになって最悪卒倒することになる

重要だから繰り返すけど、才能がなさすぎる


しかも魔術鍛錬を行ってはいるけれど、

才能がないから一日に行える鍛錬時間も限られてしまうせいで、日々の成長は微々たるもの

光らせることは出来ても光量調整が下手なうえに、維持継続にはかなりの神経を使う

今だってリンにうつつを抜かした瞬間に光が消えかけた。


(これは不味いよ……帰るまで持てばいいけど)


不安を胸に、リンの手を握る

盾を避けるために外側ではなく内側から握らないといけないため、

この世界でそう言う名称があるのかは知らないけれど、恋人繋ぎ

それで距離が近いのがより安心できるのだろう

リンはいつもよりも強く手を握りつつ、身体を寄せてくる


(こういうときにお姉ちゃんとして頑張らなきゃって思うのは私なのかミスティなのか)


二人分の記憶がごちゃ混ぜになっている私は当然、周りに対する感情も共有してしまっている

人、食べ物、生き物、そのほかいろいろ

それに対しての好きと嫌い

家族を守りたいと思ったのは多分、私だとは思うけど妹に対する姉としての感情は……


(今は私がミスティなんだし、こんな状況だからね。考えるのは後にしよう)


私の魔力量は非常に心許ないけど、幸い、村の方角は赤々として夜の中では凄く目立つ

大方、夜になっても帰ってこない私達を心配して、目印として明るくしてくれているんだろう

捜索隊も出されているだろうか

お父さんによる説得なんてさっきは考えたけど……甘すぎるかもしれない


「リン、怖くない? 大丈夫?」

「うん、お姉ちゃんがいるから大丈夫」

「怖いなら言ってくれていいからね? もうちょっと頑張って明るくするくらいは出来るから」

「……うん」


また少しだけ、手を握る力が強くなった。

暗闇が怖いわけじゃないけど、外灯のない夜道を歩きたいとは思えない

それがこの草原地帯にはいないとはいえ、魔物と呼ばれる恐ろしい生物がいる世界ともなれば、

多少なりとも足が竦む思いではある

リンがいなければ明るくしたまま縮こまってるだろうし、あの不気味な光の中に飛び込んでいた可能性もあるし

私は私でリンに救われているのだ


「……頑張ろうね。お姉ちゃんも頑張るから」

「うんっ」

「少しずつ帰ろう。ずっと歩きっぱなしだったからね」

「うん、ありがとう……お姉ちゃん」


何度も何度も声をかけながら、暗い夜道を歩いていく

草原の草を踏み鳴らす音さえも不気味で、

どこかから吹いては去っていく風の音もなんだか不快に感じる

リンの小さな手が、目を離した隙にすり抜けてしまいそうな恐怖を感じる


「お姉ちゃん」

「……うん」


もしかしたら、そのたびに手が震えているのかもしれない。

リンの可愛らしい声が震えながら私の背中を押してくれる

小さな弱弱しい手が、私の震えを共有してくれる


私だって、また中学生の女の子なのだ

この世界に生きてるからどうだとか、鍛錬を積んでるからどうだとか関係ない

怖くたって良いじゃないか、逃げたいと思ったっていいじゃないか

リンと一緒に震えても、虫の声一つにびっくりして、草の擦れ合う音に警戒しても良いじゃないか


(矛盾するの早いよ……さっきお姉ちゃんなんだから頑張ろうとか言ったの誰?)


自分に呆れる。

弱くても良いけど、震えても良いけど、逃げ出したいって思っても良いけど

それをしたら、駄目なんだよ


(逃げたくせに)


自分で自分を制しながら、その内容に呆れかえって苦笑いを浮かべる

でも、そんな心の余裕が生まれたことで、震えは止まって怖いという気持ちも少しだけ無くなってくれた


「帰ったらなんて言い訳する?」

「ごごごごごーってきたから」

「なるほどねぇ……そう言えば、あの揺れに似たやつが土魔法にもあるらしいよ。知ってる?」

「ううん、知らない」

「読んでおきなーって言った本に書いてなかった?」

「まだ、そんなにご本読めないもん」


そうなのだ。

リンはたくさんの人と話すことで言葉を話すことは出来るけれど、

読み書きという話になるとほとんどできない

私に関してはミスティが隣人だったレレイラさんに勉強を教わっておいてくれたから

ある程度読めたり書けたりするというだけで

それがなかったら本を読むことさえできなかった


ありがとう、レレイラさん。出来たら会いたいです

それはミスティも願っていたことだ。私はこんなに大きくなりましたって。

いなくなったのはもう、かれこれ五年くらい前になるかな


「じゃぁ、帰ったら読み聞かせしてあげるね。言葉も少しずつ覚えて行かないと」

「おべんきょうきらい」


むっとした表情で拒否する顔は可愛いけれど、

ここは甘やかしちゃいけない場面だ


「お勉強できないとお姉ちゃんと一緒にいられないよ? 幹部になるんだよね?」

「かんぶ……?」


あ、忘れてる

それはそうだよねぇ、昨日今日の話じゃないもんね

この前話したでしょっと少し残念そうに言うと、

リンは思い出したのか悲しそうな顔をしてごめんなさいと頭を下げる

素直でよろしい


「かんぶになるにはおべんきょう大事?」

「とっても大事だよ」

「う~……」


悩み悩んで小さくて可愛い声が凜の口から零れる

手を握っていなければ頭を抱えだすんじゃないかといった様子のリンは

私の手を握って見上げてくる


「おべんきょうする」

「うん、偉い偉い」

「お姉ちゃんとずっと一緒が良いもん」

「私もリンと一緒が良いもん」


「「えへへ~」」


何となく笑った私とリンの笑い声が被って、幸せな笑顔が自然と浮かび上がる

怖い夜の道ではあるけれど、なんだかそんな風に思えなくなった

星を見に行く夜の、可愛い姉妹のお散歩のような

そんな他愛もない日常の中の一つでしかないような気がしてきたのだ


だからきっと、私は無警戒になっていたんだと思う

何も考えようとはしていなかったんだと思う

いつから、村の方角が赤く染まっていたんだとか

なぜ、地震が起きたのかとか


「え?」


緩やかな谷になっている平原地帯をクリアして、完全な一直線のコースに戻ってきたとき、

私達は目の前の光景に思わず足を止めた

私は、その光景を見たことがあった。小学校で行ったキャンプファイヤーだ

丸太を組み合わせて、火を灯して燃え上がらせる

定番の歌を歌いながら十分に燃えるのを待ち、

点火式が終わったら今度は自由参加のお祭りみたいな踊りをやったりしていた覚えがある


そんな回想に逃避する私の体に、衝撃が伝わってきた

リンの痛くない体当たり。


「お、お姉ちゃん! 村が……むらがぁ……!」


リンが泣きながら私の体を揺さぶる


「燃えちゃってるよお……!」


どうするべきかを、委ねてくる


「ぁ……う、うん……そうだ……」


何が起きてるのかさっぱりわからなくて、怖い

地震による二次災害で火災が起きたという可能性はない

だって、王国では知らないけど、私達の村には地震が起きたら家事になるような設備はない

火はそれぞれの家の人達の魔法で起こされるため、緊急時には必ず消すことが出来ているはずだから


だから余計に恐ろしかった。


(嫌な……予感しかしない……けど)


ちらりとリンを一目見て、頷く。今どうするべきかは一つしかない

待っていても消防車は来ない

誰も助けになんて来てくれないのだから


「お母さん達を助けに行かなきゃ!」


世界を照らす絶望の光に向かって、私達は急いだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る