第五話 想い歩むは花の園

私がこの世界に来てから、早くも一ヶ月の時間が経過した

暴力をふるう親がいなければ、いじめに怯えるような学校もない小さな村での生活は、

私にとって天国のようなものだった。


もちろん野菜の収穫や土いじり、雑草の除去や木に生る果物の収穫、

住み着く害虫の駆除に水やりや日当たり加減の調節とか。

それに加えて炊事洗濯といったお母さんのお手伝いなど。


それはもう、一日を通してやることが沢山あって、大変なことは大変だった

でも、辛いとは思わなかった。逃げたり投げ出したいとは思わなかった

妹のリンは不満を口にすることがあるけど、でも、

現実世界から飛び降りてきた私にとっては、この程度の疲労感は何でもない


体の疲れよりも精神的な疲れの方がより重く感じるんだなぁとか、

老後に田舎を選ぶのはこれが理由なのかなぁ。とか

そんなくだらないことも考えるようになった。

それだけ、この世界が居心地がいいのかもしれない


ミスティという名を貰った女の子の人生を奪い去っていなければもっと、

晴れやかな気持ちで謳歌できたかもしれない……ううん、それは誤った考えだ

好きで奪ったわけじゃない、好きで奪われたわけじゃない

なにかに奪われ、何かに与えられただけ。


(だから私はこの体の本当の持ち主が帰ってきたときに

  路頭に迷うことがないようにしっかりと生きて行けばいい)


「……ふぅ」


日課にしている農作業を終えて、一息つく

手伝っていたはずの妹のリンはといえば、私よりも先にダウンして木の日陰で休憩中

だから日ごろから一緒に鍛えようと言っているのに、「パパにはなりたくない」の一点張り

要するに、筋骨隆々の筋肉質な体つきの女にはなりたくないということなのだろうけど

その理屈を言われると、私がそんなボディビルダーみたいな人間を目指しているように思えてきてしまう


(まぁ確かに、筋肉はかなりついてるほうだと思うけどね)


少なくとも、現実世界でこの体付きなら運動神経はまず間違いなくトップクラスだと思う

私が頑張った期間はたった一ヶ月だけど、ミスティの体自体はもう数年間の血のにじむ努力によって作られているから

部活に入って頑張ってます。っていう程度の人には負けるはずがなかった


「魔法かー魔法なぁ……」


文献に登場する様な賢者様は火・土・水・風を同時併用できたとか何とか

それによって雷属性だのなんだのと色々あるらしいけど、

水と風と火を合わせての雷属性魔法とかいう冗談にならない

少なくとも3人の魔法使いが必要になるうえに、

全員が示し合わせた火力調整を行いつつ、

ほかの自然現象に苛まれないという条件下のみで可能―実験はされた―と、実用性は皆無に等しいのが現実だった


(異世界転生できたなら、そのくらいの能力補助くらいあっても良かったんじゃないの?)


剣術だって王国の兵士としてはそこそこの実力しかないと言われているお父さんにでさえ勝てないレベル

魔法に関してはお母さんからも「貴女は光魔法で限界ね」とか言われてしまうほど。

いきなり上級魔法が使えるようにならないだろうかと思ったりもしてみたけれど、

体内から爆死するのは嫌なので諦めて肉体強化に努める日々。非常に残念な結果である


(まぁ良いけどね……平凡な暮らしが出来ますので。生き残れる強さがあればいい)


「リーンー! そろそろ戻りなさーい!」


そろそろと思い至って考えを取りやめ、少し離れたまま声を投げかける。反応はない

仕方ないので、迎えに行く


「ほら、リーンー」

「んぅ」


私の体が少し日陰に入るくらいのところで声をかけると、ようやくリンの目が少しだけ開く


「お姉ちゃん……」

「寝ぼけてないで起きるの。もう終わったから」


手を差し出すと、リンは眠そうに目元を擦って手を握る

こういう仕草は万国共通と思うと、何とも言えない感じがした


「今はお姉ちゃんがいるから良いけど、いずれリンも自分で全部やるようになるんだからね?」

「わたしはずっとお姉ちゃんと一緒にいるもん」

「結婚したりするかもしれないし」


男性に良い印象を持つことが出来ない私が結婚できる気がしないけど。

妹をやる気にさせるために、適当に嘯いて


「わたしがお姉ちゃんと結婚するもん」

「私はパパかな?」


小学生かそれ以下の女の子が父親に対してそんなことを言うとかなんとか

場合によっては兄にも言うらしいけど。まぁとにかく


「お姉ちゃんとは難しいんじゃないかなー」


百歩譲って女の子同士や男の子同士といった同性間恋愛がこの世界では許可されているとして。

姉と妹の結婚は流石にない

いや、確証が持てるわけではないけど……流石に血の繋がり濃厚な姉妹での結婚というのはねぇ


(まぁ可愛いとは思いますが? 妹ですので)


「結婚って知ってる? 男の人と女の人がするやつだよ?」

「なんで女の人と女の人はだめなの?」

「あはは……」


余計な一言を言っちゃったかぁ。と、辟易する

大人相手になら、倫理的にとか社会的にとか、生産性的な意味でとか

そう言うのも使えるのかもしれないけど……リンにそれを使ったところでまぁ、通るまい


むしろ倫理って? 社会的って? 生産性って? とか質問が増えていくと思う

学力中学二年生で止まって人生達観してるだけの私がそんなこと語れるわけがない

倫理観って何? そんなの私が聞きたいよ


「うーん。そうだなぁ。リンはパパがいなかったら嫌でしょ? 女の人同士だとママしか――」

「パパはいっつもいないもん。いてくれるママの方がいいもん」

「あらぁ」


いつも帰ってくるときはべったりしているから大好きなのかと思えば思わぬ藪蛇

でもそうだよね、いない人よりいる人だよね

お父さんはまだ仕方がなくいないだけで、

帰ってきてくれるし相手もしてくれる怖い顔だけど、すごく優しい人

それでもやっぱりいない寂しさは大きいし、埋めてくれる人は重要かもね


「……お母さんにそんな人がいたら」

「ママがどうしたの?」

「ううん、何でもないよ」


撫でり撫でりと可愛い妹の頭を撫でて誤魔化す。

考えたって、もう無駄だ

でも、いつかこの体に持ち主が戻って、

私が向こうの世界に帰ることで天野恵という人間の生存が確立されたら、

その時は考えてみてもいいかもしれない

豊かに実ったこの世界での経験が豊かに腐ったあの世界で生かせるのかどうかはわからないけれど

少なくとも、私の心は穏やかでいられるかもしれない


(きっと、お母さんにかける言葉とか。色々ね)


「そう言えば、また今度お父さんが帰ってくるかもしれないって言ってたよ」

「ほんとー?」

「手紙が来たみたい。帰れるかもしれないぞって」

「わーい!」


手放しで喜んでぴょんぴょん跳ねるリンを見つめて、幸せな気持ちが引っ張り出されていく。

パパよりママが良いとは言うけれど

やっぱり、いないよりはいた方が良いんだろう

本能的な意見の切り替えを行う子供らしさがまぶしい


「ねぇお姉ちゃん」

「んー? どうしたの?」

「パパが帰ってくる日、わたしとお姉ちゃんでパパ達をびっくりさせようよ」


ぎゅっと手を掴まれ目を向けると、リンの真面目な顔が見えた

いつも子供らしく変化するリンの真面目な顔は珍しい


「びっくり? それはまた突然だね」

「お姉ちゃん、今度こそパパに勝ちたいって言ってたでしょ? リンが手伝ってあげる」

「勝ちたいって言うのはそう言うやつじゃないんだけどなぁ……」


純粋に剣術勝負で負かしたいというのが私……というか、ミスティの望み。

技量も上、身体能力も上と敗北必至な条件ではあるけど、

そんなことで諦めてたら魔物に勝てないというのがミスティの考え。それはそうだ。


この近辺にはいないけど草原で目撃されることが多い雑草狼なんかは、

低級であっても狩猟に特化した魔物だから、殺しの技術と経験、身体能力で人は劣ってると言っても良い

能力差で劣っているからなんて諦める程度なら無料でお肉が食べられる移動販売だ

そうはなりたくない


とはいえ、妹の可愛い支援を無下に断らないのが私。

というか、断れないのが、私


「ほうほう、それでなにをするのかな?」

「えっとね、村から少し離れたところにね。黒くて白い花が咲いてるんだって」

「それを採りに行くの? 森の方じゃないよね?」

「うん、草原の中にボコってなってるところがあって、その暗くなってるところにあるって」

「なるほど」


さっぱりわかりません。

でも、魔物が生息する森林地帯の方面ではないし、

草原地帯の中なら王国や旅人のおかげで魔物は駆逐されてるから安全かな


「良いよ。採りにいこっか」

「お母さんにも内緒だよ?」

「せめて花摘みに行くとだけは言っておくべきだと思うよ。

 何か用事があって来たとき、私達がいなかったらお母さんびっくりして心配させちゃうからね」


ママを心配させたくないでしょ? というと、リンは素直にうなずいて分かったという。

素直でかわいい……じゃない、よろしい


「それでいつ行くの? 今から?」

「ううん、パパが来る日」

「お迎えできないよ? 良いの?」

「うんっ。お花を持って行ってびっくりさせるの。お花は抜いちゃうとすぐに駄目になっちゃうっておじさん言ってたから」


情報源はこの前の行商人のおじさんかな

本当、人と話すのが好きな子でもう……このまま情報屋目指せばいいんじゃないかなぁ


「私達がいないって言うだけでびっくりするだろうけどね~よし、じゃぁパパびっくり作戦成功させよう」

「おーっ!」


ぐっと握りこぶしを作って見せると、リンは真似して小さな握りこぶしを突き上げる

こうやって素直に倣ってくれるのは可愛いけれど、その分騙されやすいんだろうなぁと思う

リンは子供だからずっと一緒にいたいって言うけど、私的には心配で目が離せないな……


(少なくとも成人するまでは一緒かな)


十五歳で成人とみなされるこの世界だと、私は二年、リンは六年

そのころには私も二十歳が近い……結婚適齢期ってこの世界では何歳なんだろう


(そもそも男の人に慣れることができるのかどうかだね)


―――――


この日の夜、私はお母さんにリンと行うびっくり作戦の為に花を摘みに行くことを話し

草原地帯であること、森林地帯の方角ではないこと、確実に安全に帰ってくることを約束して、

何とか許可を取り付けた

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