第三話 魔法の母と、剣の父


私達一家が住んでいるのは、リーフレットと呼ばれる王国から少し離れた場所にある小さな村だった

私達以外の家は8つほどで、それぞれが管理できる範囲で農場を持ち、

野菜や果物などを育てて自給自足の生活を送っていたり、

時折来る荷馬車を引いた商人―つまり行商人―と物々交換を行ったり、

保存が利く食べ物なんかは売ってお金に換えていたりと各々が頑張って生きている


リンはその行商人と話すのが好きで、話を聞きにくる可愛い子供の相手をするのが好きな行商人は多く

そもそも、この世界での子供―15歳以下―はこの村の中では私とリンの二人のみで

行商人だけでなく年配の人達も良く話すので、意外にもリンは情報通だったりもする

先日、どこかの山が崩れて通行止めになっただとか、

海岸沿いにある城塞都市ではお祭りがあるんだとか。役に立つかどうかはさておいて色々知ってる


私達も自給自足の生活を送っているというあたりは大差ないけれど、

違う点といえば父、ルーティーが王国で兵士として勤務しているという点

もっとも、勤務しているといっても望んで働きに出ているわけではなく、徴兵された結果というのが現実だった

それでも多少なりとお給金が貰えるというので、村の中では裕福な方だと思う


一つは、魔物と呼ばれる危険な生き物が生息しており、その討伐を行うため

一つは、やっぱり他国との戦争を行うため


理由としては二つ目の戦争をするためというのが主な理由だろうとお父さんは笑い話にしているけれど、冗談じゃない

魔物なんて言う化け物がいるにもかかわらず人間同士の戦争をして何の意味があるのだろうか

異世界から来たとはいえ所詮中学生で平和ボケした日本人の私には理解できない部分があるのかもしれないけれど

それでも、人間同士の争いごとになんて意味が見いだせない


……さて

父親が王国で働いているにも拘らず私達が王国ではなく村で生活しているというのも、徴兵によるものだというのが大きい

ある程度の社会的階級がなければ問答無用で徴兵される上に、義務であって要請ではなく当然、住居が与えられるわけではない

それでも王国の中に住居を自前で持つことは不可能ではないけれど、かなりの金額の納税が課せられる

だから、私達は結局この村での生活に収まっているというわけで。


あと、この世界で一番好奇心をそそられたのが、魔法という言葉

男の子が一番好きなワードではあるとは思うけれど、私だってそう言うことに興味を持つ

もっとも、私が興味を持ったのは呪殺的な方向性なので、魔法といえば魔法ではあるけれど一線を引いているけれど。

しかしここで残念なのが、私にはこれと言って魔法の才能がないことだった


(ほんと、なんで才能ないの?)


魔法の才能がなければ魔法が全く使えないのかといわれれば、そうでもないし

正しい詠唱と力の使い方を学び、発動させるだけの魔力と呼ばれる目に見えない力があれば

部屋の明かり―電球ではなく光そのものだった―を点けたり、ちょっとした風を起こしたりと見合った魔法が誰にでも使える


ただ、才能がなければ強力な魔法なんてものには手が出せないし、知識があっても力が足りないからどうにもできない

目の前でお預けを喰らうというのがどうしようもなくもどかしいと思った

そして、知識を付ける上でも問題なのはちゃんとした教育機関や研究施設などで学ばなければ

魔力暴走を引き起こしたり誤った効果が発動して最悪死んだり殺したりする可能性があるという点


読めるようになった本に書いてあった事故の一つとしては、

水を操作しようとして誤って体内の水を回転させはじけ飛んだという事故

そんなことにはなりたくないし、この体の持ち主の為にもそんなことで死ぬわけにはいかない

そこで私がしているのが、お母さんによる簡易魔法の勉強である


「星の雫よ。集いて導く輝きとなれ」


小さな詠唱をすると掌の上に小さな光が瞬き始め、次第にしっかりとした光源となって空中に留まる

これがまず一つ、誰でも出来る家庭内便利魔法の光魔法

込めた魔力に応じて持続して輝き続けて消えるというのが基本だけど

ゆっくりと消灯させる事や微かな淡い光で留めておくことが出来るという応用編もあり、

魔力コントロールを練習する際に多く用いられているらしい


あともう一つが、回復魔法

これは私が教えて貰ったのではなく、この体の本来の持ち主が偶然お母さんが使うのを見て教えて貰った魔法で

本当に必要になった時にしか使ったらいけないと再三にわたって注意を受けてるので練習すらしてない


(回復魔法って意外とグロテスクらしいし)


怪我をした人の体を操作して治癒能力を飛躍的に向上させて修復させるというものらしくて

失敗したら一瞬で老化して死ぬし、逆に傷が開いたりするといった最悪のミスが起こりかねないかららしい

他の動物で練習したとしても、人間の体の構造は当然それとは違っているから参考にならないというのも要因の一つだ

本に書いてあった水の操作で体が弾け飛ぶこともあると分かった今、好奇心だけで動きたくはない


ちなみに、魔法はその性質を理解していれば無詠唱でも発動できるらしい

例えば水を操る際、水にどのような力をどの程度加えることでどのように動くのかとか

光魔法に関しては空気中に漂うマナだのなんだの、精霊の力がどうだこうだと結構難しいので無詠唱は不可能

世界中を探せばいる……というか、お母さんは一応出来ないこともないらしいけど

ほとんどいないし無茶だし基本的な詠唱は短いので詠唱すべきと言う


けれど、私には絶望的に才能がない。つまり、私が使えるのは光魔法のみだと言っても良い

光魔法しか使えない私が、その光魔法を詠唱破棄出来ないとはどれほどまでに落ちこぼれなのか。


(そもそも評価される壇上に上がれてさえいない気がするけど……)


何はともあれ、そんな魔法の才能がない私がやっているのが――剣術鍛錬だ


「遅い! もっと素早く!」

「はいっ!」


お父さんの気合の入った声に負けじと吠える。

これはそもそも、この体の持ち主が以前から続けていることだけども。

女の子は徴兵されることはないが、

貴族が気に入った女の子はそこに連れていかれて侍女として働かされるという噂があるらしい

表立ってそんな情報があったわけではないけれど、

まだリンが本当に小さくてお母さんがあまり手を離せなかったころに知り合い、

姉のように慕っていたレレイラさんが村を出て行ってしまう前日にそんな話を聞いたのだ


そこでミスティが選んだのが、侍女として連れていかれることのない兵士としての道

それでも引き抜こうとしてくるのなら、剣術勝負で勝てる殿方になら。と、どや顔する気でいた記憶がある

だから、兵士として働いている父が帰ってきたときには必ず鍛錬に付き合ってもらっている


「魔物は本能で動く奴がほとんどだ。それに合わせて考えていたら殺されるぞ!」

「はいっ!」


獣類、鳥類、虫類、魚類、亜人類その他に色々

通常の生き物から派生した魔物と呼ばれる凶悪な生物はかなりの種類がおり

この近くの一帯で最も多くみられるのが、森林地帯に生息するゴブリンなどの亜人種


ちなみにこれも本の知識だけど

エルフとかも亜人にカテゴライズされてるけど、エルフに亜人という言葉を使うと殺される可能性があるらしい

エルフはエルフ。勝手に呼ぶんじゃねぇとかいう感じだと個人的に思う


(どうせ向こうは雑種だの知能の低いうんたらだの言うんだろうなぁ……まぁ村にいれば関係ないけど)


彼らは知能が低い分本能的に動くことが多いため、人間よりは低位の相手として考えられているが、

筋力などに関しては普通に人間を凌いで上位に立っている

そのため、考えすぎてワンテンポ遅れて頭に直撃を受けたりしたら鉄製の兜をかぶっていても一撃で行動不能に持ち込まれかねない


生身の頭なら砕け散るし、素肌の腕や足に喰らったら二度と使い物にならなくなる

だからこそ、そう言った魔物との戦いの際には迅速かつ冷静な判断力が最も必要とされる

そもそもの基礎的身体能力に差がある以上、防御することは死と同じだ


「……ふぅ」


現実の私なら何もできない状況だけど、この体と記憶はどうするかを知っている

それに合わせて動くことのできる体にもなっている。だから、委ねていく

小さく息を吐いて呼吸を整え、右手に握った木刀を斜め右下へと引き下げつつゆっくりと前傾姿勢へシフト

踏み抜くほどに力強く踏ん張っているからか、革製のブーツがじゃりじゃりと砂を削っていく音が嫌に大きく聞こえる


そして――


「行きますッ!」


全力で、突貫

剣を収めたままの姿勢で動かないお父さん目掛けて地を這う姿勢で駆け抜ける

距離は十数メートルの至近距離

木刀のリーチは互角ではあるが対格差によるハンデが自分にはある

なら、自分にとってのメリットは何か、相手にとってのデメリットは何か?


(……一つしかない、俊敏性だ)


駆け抜ける合間にもお父さんからは絶対に目を離さない。どう動くかを考えるのではなく、動きを見極めるのだ

近づくにつれ、傾き始める父の姿

踏み込む足は左か右か、左に動くか右に動くか


「考えるなッ!」


叫び、歯を食いしばって呼吸を止める

駆け抜けるための運動量をかき集める心臓が痛みを産む。だが、私は止まらない

一瞬の判断、一瞬の全力

そこにすべてを込めるために、排除できる一切のものを取り除いていく


そして、お父さんの足が、動いた

滑るような緩やかな動きで左足が下がっていき、前傾姿勢

それは、真っ向から切り伏せる居合の形、右肩上がりの斜め一閃


(これは――躱せるッ!)


躓くことを承知で無理やりに歩数を増やして微妙な減速、そこから間髪入れずに一閃の範囲を見極め、加速

お父さんに私との距離感を誤らせ、回避、それが成功しなくても、範囲外を抜けることで回避

そうできるという確信があっての、突進だった――はずなのに


「ッ!?」


気づけばお父さんの木刀は眼前に差し迫り、構えていた木刀が弾き飛ばされた私は体勢を崩し、

交通事故を起こして吹っ飛んだ自転車のように身を削りながら無様に地面を転がっていく


「う……」

「まだまだ考えが甘いぞ。一手先を見ただけで出し抜けたと思っていたら駄目だ」

「うぅ……はい」


差し出された手を取って立ち上がり、土ぼこりを払って大きくため息

今のは、私が回避行動をとった瞬間に斬撃の軌道を斜めから横一文字へと切り替えての切り払い

人間同士の殺し合いならまず、私の体は真っ二つになっていたことは間違いない


「それと、あんまり怪我をさせるとかあさんに怒られる。対応しにくいのは止めてくれっていったろう?」

「じゃないとお父さんには勝てないから」


とは言いつつも、ミスティ本人もまだ一度もお父さんに勝てたことはない

魔法を教えてくれる母、剣術を教えてくれる父。それを陰ながら見守ってくれる可愛い妹

優しくて、あったかくて、本当にいい家族だと、私は思う


ミスティは自分が貴族に連れて行かれないためになんて言う考えで習い始めたことだけど、

私は、この家族を守れるだけの力を手に入れたいと、思った

そのために強くなりたいと、思った


「お父さん、もう一本」

「ああ、来い」


立ち上がり、砂埃を払って身構える

お母さんは嫌がってるけれど、私にとって今の暮らしは理想の暮らしなんだ

だから、どれだけ傷つくことになっても頑張ろうと思うし生きていたいとも思う

もちろん、この体の持ち主であるミスティ自身の為にも


「行きます!」


力強く地面を蹴るこの力は彼女の努力

木刀を素早く振るうことができるのも、彼女の努力

そこに、私が出来得る限りの努力を重ねていく――そのために


「せぇぇぇぇいッ!」


今は全力で、叩きのめされるのだった

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