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 それは一人のアマチュア天体観測者の発見から始まった。

「地球向けて大量の天体が接近してくる」と報告が上がったのだ。


 世界中の国立天文台や天体観測施設が確認した所、明らかに人工の飛行体で、地球外知性体の建造物だと断定された。


 地球外知性体とのファースト・コンタクトに世界中の人々が興奮し、湧き立った。太陽系外の知的生命体との交流。人類以外の生命との友好、情報交換、交易、相互理解。そんな言葉が人類を囃し立てた。


 地球到来まで待てるはずもなく、地球から何度も通信が送られコンタクトを取ろうとしたが、一向に返事は返ってこなかった。通信方法を変えたり、言語を変えてみたりしたが、それでも飛行体からの返信は全く無かった。何百隻もある宇宙船のどれからも。


 何処の誰だかは分からないが、彼らの画像通信を盗聴した人間がいて、その動画がネットにアップされた。


 彼らの姿は全体が軟体動物と昆虫を合わせたような身体で、二本の手の外に、少なくとも四本の足と四本の補助手が確認された。顔は、白目のない真ん丸な黒い目が頭の両端にあり、額の三つの穴からピカピカ光を点滅させていて、蝉の顔を連想させた。


 彼らのことをなんと呼ぶか、地球上で検討されていたが、その映像が流れてネットでは、「スィキーダ(蝉)人」と呼ばれるようになり、それが一般的に定着してしまった。


 ネットで公開された、彼らのグロテスクな外見や、コンタクトに応じない姿勢から不信感を抱くものも出てきたが、それでも歓迎ムードは一向に冷めなかった。


 そして、地球人の歓迎の手に返されたものは、無数の爆弾とレーザーランスだった。


 地球はすぐさま応戦したが、戦力の差は火を見るよりも明らかだった。


 壊滅まで3日と保たなかった。


 攻撃から2日経つと、もう地球は壊滅寸前だった。それから……





「地球はどうなったんだ?」鮫川が尋ねた。

「その後は覚えてないだろう」大貫がニヤリと冷たく笑った。


 鮫川の予想は図星だったらしい。鮫川は目を見開いて無言で頷いた。

「みんな捕まって眠らされたのよ」パンツルックの女が言った。

「なんのために?」

「俺達を奴隷にするためだ」大貫が言った。

「奴隷だって?」鮫川は叫んだ。

「まぁまぁ、順を追って話してやろう」鮫川を診察した加山という男が横から入ってきた。


「スィキーダ人は攻撃の何年も前から地球に工作員を斥候に出していた。勿論、奴ら自身ではなく、スカロイドやロボットたちだけどな」

「スカロイドって?」

「あの骸骨みたいなアンドロイドだよ。昔はあれに人工筋肉や擬似脂肪でくるんだうえで人工皮膚で包んで人間そっくりのアンドロイドを地球によこしていたんだ」大貫が解説した。


「その時点で、奴らは地球を破壊することに決めていたんだが、それでも奴らは地球のあらゆることを調べあげた。敵の全てを知りたがったんだな。まさに戦争のプロだ。では、何故、その時点で破壊することに決めていたのかというと、奴らは嫌酸素生物だったんだ。奴らにとって、酸素は、人間にとっての青酸カリよりも何倍も猛毒だった。だから、地球の酸素を全て焼き払おうと思っていたんだ」


「でも、それなら何故地球を狙ったんですか?酸素の少ない天体は太陽系にもっとあるはずです」鮫川が尋ねた。


「それは俺にも判らん。奴らの思考パターンは地球人とはかけ離れている。何か理由があったのだろう。奴らが破壊すると決めていた地球の ─── 特に地球人の行動パターンや思考パターンを調査し続けたことにも関係しているのかもしれない。地球を何に利用しようとしていたのかは推察できる。工場建設だ。現に工場は稼働しているし、新たな工場もできている。我々には地球人向けの商品にしか見えないが、奴らにとっては貴重な製品や部品らしい」


「その製品は覚醒する前のアンタも見えてたはずよ」パンツルックの女が言った。身体にフィットした模造皮のショートパンツが艶めかしい。


「話を急ぐんじゃない。星野くん」加山が諌めた。ふぅーっと息を整え、加山は再び話しだした。


「スィキーダが最後の最後で我々を生かそうと決めたのは、人類の科学技術の進歩が彼らにとっては異常に速かったからだよ。彼らは非常にゆっくり進化した。彼らが空をとべるようになってから宇宙にいけるまでは数世紀が掛かったのだろう。我々の技術進歩は彼らの数十倍も速かったようだ。彼らの時間尺度で言えば、人類はすぐに彼らレベルの技術力を習得できると判断した」加山は胸のポケットからタバコを取り出して火をつけた。

「その情報と、この惑星を支配している人類の脳の仕組みを完全に掌握したという報告が彼等の上層部に上がったのは、開戦後だった。それで奴らは再計算したんだ。地球を灰の惑星にし、彼ら好みの惑星にしてから工場を建設するのと、地球は残したまま、我々を眠りから解き放しつつ脳を支配し、我々に労働させ、製品を作らせ、搾取するのではどちらが効率的かということを。後者のほうがリスクもコストも時間も殆どかからないと判断し、最後の最後で攻撃をやめたんだ」


 鮫川は呆然として何も言えなかった。


「そこでスィキーダ人は地球人を残らず拉致して眠らせた。そして、人間の体に100%影響がない、脳を制御する装置を開発した。ブレインアジャスターやフラッシュバック制御装置、有機ニューロンといった数々だ。アジャスターで視覚中枢や五感を制御して見えない物を見えるようにして、フラッシュバック制御装置で戦争の記憶など消したい記憶を脳の奥に閉じ込めて蓋をした。廃墟と瓦礫の山を見せて我々の希望を削いだり絶望させて生産性を落とさないようにしたんだ」


「じゃあ、今まで見ていた世界は全部、嘘だったと…」


「そういうことだ」大貫が壁に背を預けたまま言った。


「そして、アンタは機械を取り除かれ、真実が見える様になった」星野と呼ばれた女が言った。「私達もアンタと一緒。現実を見ている無意識と、虚構を見せられている意識との間に葛藤が生じてフラッシュバック制御装置が暴走して壊れたの。アンタみたいに運良く主要装置が全部取り除かれはしなかったけどね」


「じゃあ、東京が全てが壊滅しているというのは真実なんですね?」


「東京だけじゃないわ。世界中が壊滅してるの」星野が睨みつけるようにして言った。





 to be continued



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