地獄って場所のことじゃなくって状況のことを言うんだね

「ほいっ、と」

「わあっ!」

「ポジト、驚きすぎだろ」


わたしはいつものごとく着地はスムース。プサムも慣れたもんで猫のように・・・いや、猫そのものの躯体で無音着地。


ポジトくんはバドミントンで鍛えてるけれどもそこは人間の悲しさ。この超高速の時間・空間軸ベルトコンベア上での着地を体幹のブレなくこなそうとした場合、筋力の限界を超えてねじ切れてしまうから、コケるぐらいで丁度いいのよ、人間はね。


「あれ? ウツムキ、ここって・・・」

「うーん。どうやら今日セレクトされた地獄はここのようね」

「え? でも、ここ学校でしょ? 小学校?」

「ああ、そのようだな」

「プサム、釜は?」

「ああ、あれだ」


おっ! 分かりやすい。

センター方式じゃなくって個別調理の学校給食の調理室にある、煮物やら豚汁調理用の大鍋。

形状はミニ地獄釜、って感じだね。


「ウツムキ。なんで小学校? なんで給食の鍋?」

「ポジトくん。今日はここで地獄絵図が繰り広げられてるってことね、きっと」

「え?」

「ポジト。地獄って、鬼がいて火がボウボウでって思ってたか? 血の池地獄があったりとか」

「うん、もちろん」

「ポジトよ、地獄ってのはな、有り様のことなんだよ」

「有り様?」

「ポジトくんは今まで辛い思いとかしたことは?」

「いっぱいあるよ。部活では追い込んだトレーニングやって、全中の大会でもギリギリの死闘ばかりだったし」

「ふう。それって、地獄みたいだった?」

「え。そりゃあまあ、地獄みたいに過酷だったよ」

「甘いわね」

「え?」

「ポジトよ。お前のその苦しみには区切りがあったろうが」

「区切り?」

「ああ。たとえば1日のトレーニングや練習が終わればお前はどうしてた?」

「ええと・・・部員たちと買い食いして、家帰って風呂入ってご飯食べて・・・」

「大会が終わったらどうだ?」

「とりあえずは反省会して、それから家帰って風呂入ってご飯食べて」

「充実してたろう?」

「まあね」

「ポジトくんのそれは地獄ではないわ」

「じゃあ、何だってんだよ」

「ポジト、あれ見てみろ」

「?」

「あの5年生の教室に背の低い女の子が座ってるだろ。しばらく見てろ」


これ、結構ポジトくんにはきついだろうなー、ポジティブ街道まっしぐらで免疫ないだろうから。

うわ、あの女の子、後ろに立った男子からダラダラ後頭部によだれ垂らされて、でもじっとしてる。

あ、今度は女子が、『ブスブスブスブスブス』って、100回言うつもりかい! あのゲス女!


「どうだ、ポジト。あの女の子、家に帰って風呂入ってる時も泣いてるぞ・・・どっちが地獄だ」

「・・・あの女の子の方・・・」

「地獄ってのはな、いわゆる地獄って場所のことじゃないんだよ。あの教室は笑ってる生徒も多勢いるけど、地獄そのものだろうが」

「・・・うん」

「ポジトくん、戦場もそう。虐待やってる家庭やら交通事故、災害、犯罪現場、為政者が無能な国家・・・大小の区別なく、その置かれた境遇が全部地獄なのよ」

「そこへお前のポジティブシンキングを注ぎ込もうってわけだ」


ポジトくん、首を傾げてるねー。


「そこがわかんない。ポジティブシンキングはウツムキの主食なんだろ?」

「うん。まあ、お米もおいしーから食べるけどね」

「なんで地獄の釜・・・っていうか今は給食の鍋に注ぎ込まなきゃいけないんだよ」

「お前のポジ・シンであの教室のクズども全員を極楽に引き上げるんだよ」


あら。プサムったら、ポジ・シンなんておっしゃれな略語ー。


「? なんでそんなことするんだ」

「そうすると閻魔さまからのわたしの評価がうなぎのぼりになるって寸法なのよ」

「え? 閻魔さまって罪人を裁いて地獄に落とすのが仕事なんだろ?」

「ポジトは底が浅いな。典型的ポジティブ人間だ」

「なんだよ。プサム」

「あのなあ、閻魔様はなあ、人間どもに地獄なんかに落ちてきて欲しくないんだよ。お前、閻魔様の取り調べって知ってんのか?」

「知らないよ。死んだことないし」

「閻魔帳はな、その人間の善行を探すためのノートなんだよ」

「え? 罪状じゃないの?」

「『大王』と呼ばれる方がそんなセコいわけないだろう。閻魔さまはなあ、閻魔帳の隅から隅までペラペラとページをめくって、この人間が何かひとつでもいいことしてないか、って調べるんだ。ところがどうだ。どいつもこいつもチンケな小悪党ばっかりだ」

「え、でも・・・ちょっとぐらいいいことする人なんて一杯いるでしょ。お医者さんとか」

「その医者が命を救った奴がとんでもないいじめっ子だったらどうするんだ」

「え」

「ほれ。あそこでさっき女の子にダラダラと唾液を流してたクソガキを助けた医者って、それっていいことしたって言えるのか」

「・・・・・」

「ポジトくん。本当に人を救うのって、人間にとっては並大抵のことじゃないのよ。でもね、安心して」

「・・・何が」

「ポジトくんは生まれついてのポジティブ人間なのよ」

「皮肉言わないでよ」

「ううん、皮肉なんかじゃない。ポジトくんのご先祖様たちはよっぽど謙虚な人たちだったのね。自己満足の人助けじゃなくって、常に自らを振り返りながら少しずつ善行を積み重ねてきてた。それがポジトくんで実を結んだのよ」

「まあ、そういうことだ。だから給食の鍋にお前のポジ・シンをぶち込んであのクソガキどもに食わせる。そうすりゃ根っから改心するって仕組みだ」

「じゃあ、さっさとやろうよ」

「鬼が居るわ」

「鬼?」

「そう。地獄の本丸から抜け出してきた鬼」

「ポジト。鬼は基本閻魔さまの管理下で人間の反省を促すために止む無く刑を執行するんだが、中にはただ単に残虐に責め苦を楽しむ輩もいるんだ。そういう鬼はあらゆる時代・空間のこうした『地獄』にワープして油に火を注ぐってわけだ」

「ポジトくん、考えてみて。いくらいじめっ子って言ったって10歳やそこらの子供があそこまで酷いことできると思う? 鬼がつけこんで煽ってるのよ」

「ここにも居るのかい?」

「ええ。居るわ」


そう。

うじゃうじゃ居るわ。

しかも地獄の本丸から指名手配されてる特別凶暴な奴らばっかり。


ああ。


あの女の子、本丸以上のこの地獄によく耐えてきてたわ。


今すぐに助けてあげるからね。

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