第04話 静かすぎた狙撃兵

 大型の突撃銃を抱えた屈強な男達が、廊下を走っていく。

 やがて廊下は終わり、壁と扉に突き当たった。

 男達は一言も発せずに、素早い手振りで扉の左右と正面に散った。

 主格らしい男が扉の右に居る男に頷くと、扉は一気に開けられ、男達は部屋になだれこんだ。そして部屋の中央に、銃剣を片手に立ちつくす男を見つける。

「降参して下さい阿具少尉。もはや少尉の部隊には2人しか居ない」

 銃を構えたまま主格の男が言った。その表情は鋼鉄のマスクに遮られて見えない。

 阿具は、歯を剥き出してニヤリと笑った。

「降参すんのはテメェらの方だ。だが、降参なんてさせねえ…皆殺しだ!5号機殺れ!」

 阿具は怒鳴った。

 主格の男は一瞬で理解した、阿具の後ろの窓から二階建ての建物が見える。狙撃に絶好な撃ち降ろしの条件だ。

「伏せろぉ!」

 主格の男が怒鳴った。全員が一斉に伏せた。

 しかし、反応の遅かった最後の一人が伏せた後にも、銃撃は起こらなかった。

 主格の男は、伏せたまま阿具の顔を見上げた。

「おい…おい!オイ!5号機!どうしたっ!?」

 再び怒鳴る阿具の通信機から、”すやすや”と安らかな寝息が聞こえてきた。

 ギリッと阿具が歯ぎしりをした。

 一瞬の間の後。

「撃て!」

 という主格の男の怒号が響いた。

 阿具は既に元の場所から跳躍している。


 シミュレータ室から、ぞろぞろと納得行かない表情の防衛軍の兵士達が出て行った。

 中央の沢山のコードが繋げられた白い棺桶の様な形をした箱が開き、阿具がぼんやりとした表情をしていた。

「凄いであります隊長!一人で全員撃破なんて!」

 1号機が言った。

 阿具は体を起こした。阿具の入っていたシミュレータの周りには5号機を除いた特機が全員集まっていた。阿具はとんとんと首を叩いた。

「てっ」

 ぺし、と阿具は一号機の頭を叩いた。

「そんなもんは当たり前なんだよ、主眼は訓練に有る」

 阿具はシミュレータから出た。

 部屋には同じ様な白い棺桶が幾つも並んでいた。

 それは訓練用のシミュレーションを行う機械で、中に入ると仮想現実の世界で、様々な状況下での戦闘を体験することが出来る。この部屋は首都防衛軍のトレーニング・ルームの一角に有って、訓練の為に、また遊興の為にも良く利用されていた。

「だいたい4号機、テメェは突っ込み過ぎだ、勝てる目算がねぇのに行くな」

「オカシイぜこの機械。俺なら銃弾2,3発で死んだりしねーもん」

「うるせぇ、いっぺん死ね。次やったら俺が殺すぞ」

 阿具が言うと、4号機は一応反省した様子で頷いた。

「3号機、びびり過ぎだ。背中向けて逃げてどうする」

「だ…だってぇ。少尉殿守ってくれるって言ってたじゃないですか」

 目をうるうるさせて泣きそうな顔で3号機が言った。

 その言葉に、全員がそれぞれの表情で阿具を見た。

「そりゃあ実戦の時だよ。訓練中は精一杯頑張ってみろ。訓練の意味が無いだろ?」

「…ふぁい」

 阿具が困った様に、3号機の頭を撫でると、3号機は何とか返事をした。

「2号機」

「戦闘のみのシミュレータに私を投入するのは基本的に間違ってます。以上」

「そりゃそうだが、お前も3号機と一緒だ。一応頑張れ、実戦じゃ言い訳出来ねえ」

「わかりました。最善を尽くします」

 2号機はしっかりと頷いた。

「それから」

「ごめんなさい!ごめんなさい!申し訳ないであります!」

 1号機は頭を両手でガードしたままジタバタした。

「何言ってやがる、お前は意外と良い動きしてたぜ」

「ほ、本当で有りますかぁ!」

 1号機が目を輝かせて言った。

「ああ。もうちょい集団戦動作と、アドリブ利かせた戦い方。後は戦闘時の優先順位を叩き込んで、慌てるコトが無くなれば優秀な兵士になれる」

「ハイ!頑張るで有ります」

 頬を染めて嬉しそうに言う1号機に、阿具は頷いた。

「本日のジョーカーだ」

 阿具は低い声で呟くと、未だに蓋が閉まったままの棺桶の方に歩いた。

 棺桶の横の端末に阿具が手を触れると、箱から圧搾空気が吹き出し、蓋がゆっくり開いた。

 中では5号機が非常に安らかな表情で眠りこけていた。

「起きろ!アホゥ!」

 阿具が怒鳴りつけた。

 5号機は片目だけで阿具を見た。そして艶っぽい嗚咽を上げ、小指で目の端を拭った。

「…少尉さま、おはようございます」

 5号機は言って、体を起こすと乱れた髪を整えた。

「寝てんじゃねェ!アホかテメェは!戦場にはお昼寝も三時のおやつもねぇんだ!」

「ぐ、軍規では三時のおやつは300円までなら認められていますが」

 振り向いた阿具の鬼の様な形相に3号機は1号機の後ろに隠れた。

「何より狙撃兵が寝てどうすんだコラ。サスガに笑えねぇぞ」

 5号機は、髪を整え終えると、流し目で阿具を見た。阿具に動じる様子は無く、地獄に多く同類の居そうな表情で5号機を見据えていた。

「ごめんなさい、少尉さま。私、体調がすぐれなくって」

「体調が優れないんだったら、とっとと医務室に行って来い」

 阿具はまだ不機嫌そうな顔で言った。

「いえ、そういうのでは」

「ああ!?どういうのなんだよ」

「ほら、月1で周期的に体調が悪くなるんです。たいがいの女性は」

「そんなんで…!」

 言い掛けて阿具は口を開けたまま動きを止めた。

 表情はそのままで阿具はじぃと5号機の顔を見た。5号機はにっこりと微笑む。

「生理です」


「隊員が生理になって困る…?」

 由梨は口をぽかんと開けて、強張った表情で阿具を見返した。

 由梨の向かい側には阿具が椅子に腰掛けていた。阿具はこくりと頷いた。

 阿具の後ろでは1号機が、ちょっとそわそわした様な顔で立っていた。

 由梨は自分のこめかみをぐりぐりと抑えると、デスクの引き出しを開けて中をかきまわした。

「はい」

 由梨はそういうと四角い紙片を差し出した。

「なんだこりゃ」

「アンタにじゃないわよ。1号ちゃんに」

 1号機は紙片を受け取った。

「何ですかこれ?」

「女兵士に対するセクハラ相談の電話番号。今度京一郎がそういうコト聞いたら電話して」

「おい」

 阿具が間髪入れずに唸った。

「誰がいつセクハラしたってんだよテメェ」

 阿具は言った。由梨は低い溜め息を吐くと、部屋のブラインドを閉めると、阿具の方に真っ直ぐ向き直った。回転式の椅子が、きしりと音を立てる。

 由梨は、太股の上に膝をつくと、両手を組んでその上に顎を乗せた。

 メガネの奥から、酷く鋭い目つきの由梨が阿具を睨んでいた。

「触れなければセクハラじゃない、なんて旧世代の考え方よ? 年頃の女の子達が、上官から性的な質問を受ける。考えただけでも吐き気がするわ、京一郎がそんな奴だったなんてね」

 はっきりと目に見える程の嫌悪感を漂わせて由梨は言った。

 その言い方のあんまりの冷たさに、しばし阿具は口を開けたまま言葉を失っていた。

「あのぅ、由梨先生?」

「大丈夫。1号ちゃん、私が守ってあげる。心配しないで、この下半身で物事を考えるド変態に思い知らせてやるんだから」

「……そんなコトばっか考えてるから行き遅れるんだ、下ネタ教諭が」

 完全に悪意を込めて阿具が低く呟いた。

「聞き逃さないわよ。私だって階級は准尉なんだからね。今の上官からのセクハラよ!」

 ギッと由梨は阿具を睨んだ。

「じゃあ、上官に対しての敬意を払えコラ!」

「今の発言は明らかにセクハラであります! よって小官は異議を申し立てます!」

「内容が敬意を払ってねぇぞオラァ!」

「下半身野郎に敬意になんて有るかぁ!」

「お、落ち着いて下さいっ!」

 甲高い声で叫んだ1号機に、阿具と由梨は肩で息をつきながら黙った。

「違うんであります、由梨先生。5号機が訓練中に眠り込んで、それを生理のせいだって言ったから、隊長殿は何とか出来ないかって…」

「5号機が?」

 由梨は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。

「5号機は生理なんて無いわよ、だってあの娘、まだ7歳だもん」

「あっ!」

 1号機が言った。

「はぁ?」

「5号機だけは、量産型のテストタイプなのよ。プロトタイプから10年遅れで誕生したテストタイプ。成長は、身体的部分と知能部分に置いては、非常に早く成長する。でも、内分泌系だけは急激に成長させると問題が起こるから、7歳のまま」

「このガキより大人っぽいけどな」

 阿具が1号機の頭をぽんぽんと叩いた。1号機は憤慨した表情を浮かべる。

「背伸びしたい年頃なのよ。姉妹と比べて自分だけ子供っぽいなんて嫌でしょ?」

「ふん」

 阿具は言うと立ち上がった。眉間に皺を深く寄せてさっきより遙かに不機嫌な顔をしていた。

「どうしたの?京一郎」

「腐った話だよな、ガキに戦争押しつけるなんてのは」

 阿具は低く小さな声で呟くとそのまま背中を向けて部屋を出て行った。

 1号機は小さく礼をすると、阿具を追い掛けていった。


 黙って阿具は、つかつかと歩いていった。

 軽やかな早足が、阿具を追い越して、1号機は阿具の目の前で立ち止まった。

「どうした?」

 阿具は既に不機嫌な顔ではなかった。

 1号機はほっと胸を撫で下ろした。

「えっと。5号機が嘘吐いたこと、怒らないであげて下さい」

「怒らねぇよ、ガキは嘘吐くもんだ」

 阿具が普通に言ったので、1号機は少し驚いた。

「でも、軍規を守るためには、部下が嘘吐くなんて」

「7歳だぞ。そんな奴を戦争に使おうってのに、どこに軍規が有る」

 阿具は一瞬だけ不機嫌そうな表情を浮かべて、すぐに消した。

「本当に胸クソが悪いのはな、ウダウダ言っても、多分俺はお前達を戦場に連れて行くってコトだよ。お前らが嫌だって言えば別だけどな」

 阿具は1号機を伺うように、じっと見つめた。

「市民の安全の為に自らが犠牲になって戦う。私は、素晴らしい仕事だと思ってます」

「まぁ、そういうだろうな」

 阿具の素っ気ない言い方に1号機は戸惑った。

「俺もガキの頃から戦場に居た。それが人の役に立って素晴らしいコトだと、思ってた」

 阿具は妙に無表情に語った。

「最初は自分の国が絶対だと思っていた。だが、俺は環境に恵まれていてな、普通に何かを判断出来る程度に反抗心を教えて貰った」

「反抗心なんて、軍では」

「要らないな、だが、普通の人としては必要なもんだ。あまり自信は無いが、俺が教えられた程度に、お前らに教えられたら良いとは思う」

 阿具は言った後で怪訝な顔をした。

 1号機は、じっと阿具の顔を見つめていた。

「何見てやがる」

「その。良かったで有ります、隊長殿が阿具少尉で。本当に」

「俺は良くなかったね、俺は気の荒い軍人さんなんだ、学校の先生じゃねえ」

 阿具は目を細めた、1号機は微笑んでいた。

「意外に学校の先生向いていると思うで有ります!」

「嬉しくねぇ」

 阿具は歩き出した。

 1号機が後ろから着いていく。

「何にしても、5号機の居眠りをどうかしねぇとな。戦場でやったら死人がでる」

「そういえば、5号はどうして居眠りしたんでしょう?」

「さぁなガキは大人に比べて寝る時間が長いんだろ」

 正しいのかどうかわからない様なコトを阿具は言った。

 1号機は何となく頷いた。

「とにかく7歳を、実戦で使えるように考えないとな」

 阿具は考え込んだまま、歩いていった。


 小規模な会議室に、特機隊の面々が揃っていた。

 部屋の一番奥に、阿具がホワイトボードを背に座っていて、そのやや後ろに、ホワイトボード用の書き込みデバイスを手にした1号機が立っている。

 他の4人は、それぞれ好きな場所に座って、阿具達の方を向いていた。

「んで。各自、5号機が起きてられる良いアイデアを考えてきたな?」

 特機達はそれぞれに頷いた。

「んあっ!」

 4号機が大きな声を上げた。4号機は大きな紙袋を抱えている。

「どうした4号機」

「少尉、俺一回宿舎に戻っていい?」

「はぁ?」

「ちょっと用事思い出しちゃった」

「アホかテメェは、直ぐ終わるから大人しく座ってろ」

 4号機は渋々頷いた。

「ちょっと少尉さま。私は、そんなに気を遣って貰わなくても大丈夫ですわ」

 変わって5号機が少し憤慨した様子で言った。

「気遣ってるんじゃない、お前が寝たら前線の兵士が危ないだろうが」

「この前は偶然ですわ。私は居眠りしたりなんてしませんもの!」

「学校の講師が言ってたぞ、お前は居眠りが多いってよ」

 阿具が言うと、5号機は言い返そうとして立ち上がった。

「…まぁまぁ落ち着いて、ね?5号機。とにかくアイデア皆で考えて来たんだから」

 1号機が割ってはいり、5号機は不満げな顔で席に戻った。

「聞くだけですわ。私、別に眠気くらい我慢出来ますもの」

 ツンとして5号機が言った。

「まぁ聞くだけでいいさ。使うかどうかはテメェの自由だ」

 阿具は言って、ぐるりと部屋を見渡した。

「…じゃあ、2号機お前のアイデアを聞こうか」

 阿具が言うと、2号機は立ち上がった。

 2号機は手にグラスを持っていた。

「これを飲めば絶対に眠くなりません」

 2号機はそれだけ言った。1号機がホワイトボートに、お薬を飲む、と書き込んだ。

「成分は?」

 阿具は怪訝な顔で聞いた。

 2号機は暫く黙っていた。

「成分は何だー、って聞いてるんだぜ?」

「ネットで注文した薬品を私が独自調号したものです。これを飲めば脳内の疲労物質の分子構造を反転させて快楽物質に変更し、快楽神経が刺激されます」

「良くわからねぇな。どういうこった?」

「疲れれば疲れる程、快感を感じるので、どれだけでも働けます」

 阿具は腕組みして、まばたきをすると、2号機を見つめた。

「お前、そりゃ」

「いえ合法ですよ。第三世界あたりでは。この国では所持するだけで非合法ですが」

 全員が唖然とした顔で沈黙した。

「…却下だ」

「すいません。さっぱりアイデア浮かばなかったので」

 2号機は言って座った。1号機が打ち消し線で、文字を消した。

「3号機」

「は、はい。えっと、私のはこれです」

 言うと3号機は、手に持った小さな紙袋から小さな瓶を3つ出した。

「おぃ、テメェもヤバイ薬持ってきたんじゃねえだろうな?」

「ち、違いますよぅ」

 3号機は、全員の視線を受けて緊張しているのか頬を紅潮させていた。

「こ、これはアロマオイルです」

 阿具は黙って首を傾げた。

「良い匂いのする油であります」

 1号機がホワイトボードに書き込みながら言った。阿具は頷いた。

「ティツリー、レモングラス、ローズマリィ。頭がしゃんとする匂いです」

 3号機は微笑んだ。

 阿具は訝しげな顔で、ふんぞり返っていた。

「俺は良く知らねぇんだけど、聞くのか?」

「き、効きます。私も、いつもオレンジの花の香りを持ち歩いてます」

 3号機は服の中から、小さな小瓶の付いたチェーンを引っ張り出した。

「すぅ……はぁ~」

 何故か嬉しそうな顔で3号機は瓶を鼻に付けて息を吸い込んだ。

「オレンジの花の効能は?」

「え、えっと。人前で緊張しなくなる匂いです」

 またも全員が沈黙した。

「効き目はイマイチか」

「な、何でですかぁ?」

「保留」

「あぅ」

 がっかりした顔で3号機は座った。1号機が”アロマテラピー”の横に三角を書いた。

 阿具は続けて3号機の隣の4号機に目を向けた。

 4号機は紙袋を抱いたまま、先生に当てられたくない生徒の様に俯いていた。阿具は少しだけ動きを止めた後、頬を掻いた。

「1号機、テメェは?」

「私は自信有りです」

 1号機はてけてけと駆けて机の上のビニール袋を取り上げた。

 袋には”宝莱総合電化”という店の名前が入っていた。

「はい、私も愛用のこれであります!」

「あ、それ知ってるー」

 3号機が嬉しそうに言った。

 1号機は、かなり頑丈そうな丸い甲羅の様な機械を持っていた。

「何だそりゃ、強装地雷か?」

「違いますよう。これは超強力な目覚まし時計であります」

「ほう」

「オンになると一キロ先まで響き渡る大音声で目覚め爽快で有ります!」

 1号機は自慢げに言った。

「良いアイデアだ。一キロ先の敵に狙撃手の居場所を知らせる以外はな」

「下らなくて、話になりませんわ」

 言って、5号機は立ち上がった。

「おい、何処行くにつもりだ」

「定時です。失礼致します」

 5号機は時計を指差すと、とりつく島もなく部屋から出て行った。

 阿具は眉間に皺を寄せたまま黙り込んでいた。

「どうしましょう、隊長どの」

 1号機は目覚まし時計を持ったまま聞いた。

「そう、だなぁ」

 阿具は考え込んでいた。そして、ふと4号機と目があった。

「そういや、テメェは何を持ってきたんだ?」

「え! もぅ今更ですし、俺のはいいじゃないですか」

 慌てた様子で4号機は言った。

「良いから見せろよ、今更だしな」

 有無を言わせない口調で阿具は言った。

 4号機は渋々、と言った様子で紙袋から、ごそごそと毛布を引っ張り出した。

「なんだそりゃ」

「間違えたんだよ! よく眠れる方法かと思って」

 他の特機達がどっと笑った。

 4号機は顔を真っ赤にしている。

「その毛布だと良く眠れんのか?」

「俺が小さいときに大好きだった毛布なんだよぅ。これだとぐっすり眠れるんだ」

「何で間違えたんだ、4号機」

「なぁ、もういいじゃん少尉。間違ったのは謝るからさ」

「質問に答えろ4号機」

 阿具は真面目な顔をしていた。4号機は唇をとがらせて、阿具を睨んだ。

「俺、5号機の隣の部屋でさ。いっつも遅くまで眠れないみたいだから、不眠症かと思って」

「そうなのか? 1号機」

「えっと、そういう話は聞いてないですけど」

「器質的には、我々の遺伝情報には不眠などを引き起こすような因子は無いはずです」

 2号機が言った。

「んじゃ、後天的に、っていうコトか」

「おそらくは」

「お手柄だな4号機」

 阿具は立ち上がると、4号機の頭をくりくりと撫でた。4号機はきょとんとした顔をしていた。

「隊長殿……?」

 阿具は部屋を出て行こうとした所で足を止めた。

「今から実戦演習の申請に行ってくる。多少急だが問題無いだろう」

「実戦演習、ですか?」

 2号機が不思議そうな顔で聞いた。

「まぁシミュレーションばっかじゃ体がなまるしな。明日、授業は?」

「えっと、有りますけど、所属部隊の演習に参加する場合は公欠扱いになります」

 1号機が答えると、阿具は頷いた。

「通達する。各員、明日一二三○までに野戦用3号軽装で11番演習場に集合せよ」

 急に阿具が軍隊式で言うと、室内はしんと静まりかえった。

「返事!」

「1号機、了解致しました!」

「2号機、了解」

「3号機、了解しました」

「4号機、あいさぁ!」

 全員が気合いの差はあれ、ぴっしりと敬礼した。阿具は満足げに頷いた。

「よし!質問の有る者!」

「おやつ持っていってもいい?」

 4号機が聞いた。阿具は冷ややかな瞳で4号機を見ていた。

「300円までだ。バナナは現地レートでおやつ換算を行う」

 阿具は言い残すと部屋を出て行った。


「では阿具少尉の申請により、中央基地所属。特機小隊と、第一機甲兵小隊の模擬弾使用の実戦演習を行います。訓練形式は遭遇戦です。各隊、訓練開始十分前に座標が通達されます。通達されたら端末の指定する座標に速やかに移動して下さい。次に……」

 草むらには、一二名の兵隊が立っていた。草は高く伸びていて、特機達の身長では、顔だけが草の間から見えていた。説明をしている事務官はメガネをかけた大人しそうな女で、二隊の間にあった岩の上で淡々と説明を続けている。

「な、俺たち中央基地所属だったの?」

 4号機が隣の3号機に囁いた。

「うん。まだ配属が決まってないから、今は中央基地直属っていうコトらしいよ」

「おい! 説明長ぇんだよ! いいからとっとと始めようぜ!」

 阿具が怒鳴った。

「規則なんですよ。在学中の訓練兵が演習に出る時はちゃんと説明しないと駄目なんです。いいから静かにしておいて下さい」

 事務官は迷惑そうに言うと先を続けた。

「ね、あの人すっごい美人だよ」

 1号機が2号機に言った。2号機は1号機の視線を追った。

 ちょうど向かい側に黒塗りの軍服を着た、第一機甲小隊の面々が居た。

 大柄な兵士達の中央に、少しだけ背の低い長い黒髪の女が立っていた。

「第一機甲兵小隊隊長、岩神瑠璃、准尉。阿具少尉が来るまではこの基地で一番強いっていう噂の有った人」

 岩神は気の強そうな顔で、阿具を睨み付けていた。

 阿具は気にする様子も無く、だるそうな表情で煙草をくわえていた。

「では、武装が確かに模擬弾である、ということを各隊で確認して下さい」

 第一装甲兵小隊の面々は手早く、自分の持った突撃銃や拳銃の弾倉を引き出した。

 弾倉には、白い文字で”模擬弾”と刻印がしてあった。

 特機達も慣れない手付きで確認を行った。

 5号機は、隠しながらアクビをして、阿具がちらりと見ると、5号機はツンとした表情に戻った。

「阿具少尉、確認して下さい」

 じろっと、事務官は阿具を睨んだ。阿具は嫌なそうな顔をする。

「規則ですから」

 言い終わると同時に、射撃音が三発立て続けに鳴った。

 全員が驚いて、武器に手をかけていた。事務官は岩にしがみついてる。

 阿具が、剣銃を岩に向けていた。剣銃の先から煙りが上がっている。

「模擬弾だ」

 阿具は悪びれずに言った。


 隊長同士が、握手を交わした。

「突然の申請に応じて演習の相手をして頂けて感謝している」

 阿具が言った。ぎりっ、と阿具の手が強く握られた。

 阿具は、笑みを浮かべて握り返す。

「……感謝など、とんでもありません。少尉殿」

 岩神はそれだけ言うと踵を返して、自分の部隊に戻っていった。

 阿具は嬉しそうな顔で背中を睨み付けていた。

「何か、阿具少尉、嫌われてるみたいな感じでありますね」

 1号機が後ろから言った。

「面白いねぇ、しかし機甲兵が装甲無しで戦えるもんなのかねえ!」

「わ! 聞こえますよ、隊長」

「聞こえるように言ってんだよ」

 阿具も振り向くと、特機達を自分の周りに集めた。

 特機達は阿具を中心に、円陣を組んだ。

「作戦は?」

 2号機が聞いた。

「隊形ろ=八番で進軍。遭遇後は六番まで隊形を縮めながら双方向援護による後方進軍」

「後方進軍ってなに?」

「逃げるってコト」

 4号機に2号機が答えた。

「えぇ……何で訓練で逃げるんだよぉ」

「必要な訓練だ。それに四人であの女の部隊には勝てない」

「なるほどー」

 1号機が納得した様に頷いた。

「待って1号機。どういうコトですか隊長」

 2号機が目を細めて聞いた。

「俺と3号は集団行動から離れて行動する。俺の離隊中の全権は1号機に任す」

「ええ……私、岩神准尉の部隊に勝てる自信無いで有ります」

「安心しろ。ちゃんと助けてやっから」

 阿具は1号機の肩をぽんぽんと叩いた。


 長く伸びた雑草の中を、腰をかがめた阿具が駆け抜けていく。

 背中には3号機がしがみついている。

「つ、つまり。私は迫撃砲の誤差修正をすれば良いんでありますね」

「そうだ。出来るか?」

「は、はい。出来ます。でもでも、少尉殿。ブッシュの中で動き回る人間に迫撃砲を命中させるなんて、一発二発では成功しないですよ」

「目標が止まってりゃいいんだろうがよ」

 阿具は立ち止まった。

 茂みはそこで終わっていて、二○○メートル程向こうに、建物が見えた。

「しょ、少尉殿。ここは」

「さぁ、景気良く行ってみようか!」

 阿具は3号機を降ろすと、携帯式の迫撃砲を組み立てた。

「だ、駄目です。駄目であります! あれは兵学校の宿舎で有ります!」

 3号機が声を裏返らせて叫んだ。一一番演習所は丁度、兵学校の宿舎の裏手に作られていた。

「わかってるよウルセエなぁ。だからわざわざ一一番演習場を借りたんだろうがよ。ほれ、宿舎内に生体反応は有るか?」

「え、えっと。無いです。今は授業中ですし。ちょうど事務員さんも昼休みです」

「おっけぇ!」

 阿具は言うが早いか、迫撃砲に模擬弾と白いペンキでプリントされた砲弾を投げ込んだ。

 3号機は慌てて両耳を塞ぐ。

 一瞬後、軽い衝撃波と爆発音が響いた。

 宿舎よりかなり手前に外れた砲弾は、地面にあたると軽く砕け散った。

「報告しろ!」

「は……はい?」

「誤差だよ、誤差! そうだな。宿舎の玄関でいいや」

「で、でもでも!」

「報告!」

「上三度、左一一,二度で有りますっ!」

 3号機はやけくそ気味に叫んだ。阿具は手早く角度を修正した。

 阿具は再び模擬弾を撃ち込んだ。玄関のガラス扉が砕けて、破片が飛び込んだ。

「良し、問題無し」

「少尉殿ぉ…ガラス割って怒られちゃいますよ…」

 泣きそうな顔で3号機が言った。

 振り向いた阿具は満面の笑みを浮かべていた。

「大丈夫だ。誰もガラスのコトなんて問題にしない」

「…ほ、本当ですかぁ?」

 阿具は懐に手をつっこむと、黒光りする砲弾を引っ張り出した。

「ちょ……! 少尉殿! だ、だだ。だっ」

 3号機は青い顔をして口をぱくぱくと動かした。

 砲弾には実弾と白い刻印がしてあった。阿具は躊躇せずに実弾を放り込む。

 轟音がとどろくと、爆発の後に宿舎から煙りが上がった。

 3号機は真っ青にして、もはや何も言えないで黙り込んでいた。

「な、ガラスなんざ誰も気にしないだろ。なにしろ破片すら残ってない。なに、安心しろって。お前は無関係だってコトにしてやるから。ほら、訓練だ。装甲兵どもを叩き潰しに行くぞ」

 阿具は一息に言うと動かない3号機を担ぎ上げ、また元来た方向に戻っていった。



 伊崎は眉間に深い皺を寄せて、腕組みしていた。

 正面には敬礼したまま阿具が立っている。

「たしかに、実包と模擬弾を間違える事故が無い訳ではないが。実戦経験豊富な、阿具少尉が間違える、というのは俄には信じられない話ではあるな」

「いえ、全責任は小官に有ります。砲撃も小官一人で行ったことです」

「まぁ貴官がそう言うならそれで良いが」

 伊崎は言って、引き出しから葉巻を取り出した。

「実際には、何か考えが有ってのコトなんだろう? 演習場で撃った弾が宿舎まで外れるかな?」

「あの三一式迫撃砲が構造的欠陥に依って、想像以上の飛距離が出てしまう。というのは、報告されていました。小官の認識不足でした」

「千発撃って、一発そうなるかならないか、という確率だと聞いているが」

「小官は運が悪いようです」

「もういい…とにかくそういうコトにしておこう。怪我人も無かった訳だからな」

「ありがとうございます」

「君の片棒担いだ様で気が引けるがね」

 阿具は頷いた。そして、部屋を出て行こうとした。

「そうそう。岩神准尉の部隊に訓練で勝ったそうだな……なかなか優秀な様だ」

「問題児ばっかりですよ」

 阿具はだらけた敬礼を最後にすると部屋を出て行った。

 伊崎は笑みを浮かべて、手元の葉巻を弄んでいた。


 由梨はメガネをデスクに置いた。

 先日と同じ様に、部屋に阿具と1号機が座っている。

 ちょうど昼休みの時間で、1号機は学校の制服を着ていた。

「減棒三ヶ月、まぁそこそこ甘い処罰なんじゃない?」

 阿具は肩をすくめてみせた。

「それで、1号ちゃん達は五人一緒に暮らしてるの?」

「はい。宿舎が元に戻るまで、空きの有った将官用の一軒家をお借りしてます」

 1号機が言った。

「なんか合宿みたいですっごく楽しいんですよ! 一緒に起きて、一緒に寝て」

「良かったじゃない。どうりで5号ちゃんが近頃授業中眠らない訳だ」

「知ってたのかよ?」

 由梨はこくりと頷いた。

 1号機が不思議そうな顔で首を傾げた。

「5号機が居眠りすんのは、夜寝ないからだ。って聞いただろ?」

「はい」

「寝ないんじゃなくて、眠れないんだよ。そりゃまぁ、父親も母親も居ない七歳が家に一人っきりじゃ眠れないだろうよ」

「貴方達は、一○歳になるまで、四人一緒に育てられたでしょ?」

 1号機は頷いた。

「寂しかったんですね……5号機」

 1号機が呟いた。

「だからって宿舎爆破までする?フツウ。理由が違ったらどうすんのよ」

「違っても、一緒に暮らしてれば理由がわかるんじゃねえかと思ってな。 だいたい、お前知ってたんならどうにかしろよ。そういうやるのも教師の役目だろうが」

「出来なかったのよ、あのコ言うこと聞かないし。いじっぱりだから寂しいんでしょ? って言ってもウンって言わないしね」

「だろうな」

 1号機はふと、気付いて目を見開いた。

「じゃあ、隊長殿は、全部分かってて宿舎を吹き飛ばしたんでありますか! 私たちが一緒に生活出来るように」

「いいや。問題ばっかだからむしゃくしゃして吹き飛ばしたんだよ。迫撃砲が好きでな」

 阿具は言った。ちょうど予鈴が鳴った。

 阿具は首を振ると、部屋から出て行った。

「照れてるだけよ」

「はい、近頃何となく隊長殿のコトが分かる気がします。でも、もし大きい家が空いてなかったら、一緒に暮らせなかったですよね」

「出来過ぎな感じはするわよね。演習前に確認を怠る。三十一式迫撃砲には欠陥が報告されてるから、そんなに責任も問われない。遭遇戦の設定だから、京一郎達が何処に居てもおかしくないし、5人で暮らせるのに丁度良い家が、しかも基地近くに有った……」

 自分で言ってみて、由梨は言い淀んだ。

「隊長殿は全部お見通しなんです」

 1号機が満面の笑みを浮かべて言った。

「まさか。京一郎は運が良いだけなのよ」

「隊長殿は、賢いんであります」

 言って、1号機は敬礼すると部屋から出て行った。

「まさか、ねえ」

 由梨は一人に成った部屋で呟いた。

 授業の始まった校舎はとても静かだった。

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