さよなら世界と独りぼっち

第1話 幾度目かのHello World

目が覚めると、見知らぬ天井。

ここは?

昨日は自室で眠った筈なのに。

いや、研究室だったか?

ここのところ忙しいからかストレスからか、確かな記憶は無いけれど。

でも、こんな石の天井は知らない。

自宅の天井は白い壁紙が貼ってある。

研究室の天井は白く無機質だ。

起きて、周りを見渡しても何一つ覚えは無い。

教科書や参考書で見るような古い家具。

火を灯されたランプ。

はっきり言って、趣味ではない。

意味がわからなすぎて一つ溜め息をつき、俯く。

その時だった。

「起きたの?」

聞き覚えの無い女性の声。

反射と言ってもいいだろう。

咄嗟に声のする方を見る。

「どうしたの?」

そこには十になるかならないかの少女。

金の太腿まである長い髪をツーサイドアップにしている。

淡橙の瞳、薄紅の唇。

美少女、と言われるような顔立ちだった。

そんなことを言うと、まるでロリータコンプレックスのようだけど。

僕の胸は少しだけ、ほんの少しだけ、高鳴る。

「……また、悪い夢でも見たの?」

真紅のスカートをふわりと揺らし、少女はこちらへ寄る。

純白のブラウスにはレースの装飾が施されており、大切にされた西洋人形のよう。

それに対し、白く露わにされた素足は酷くアンバランスで、どこか儚さを感じる。

「大丈夫だよ」

少女の手が僕の手に添えられる。

白く長く、それでいてどこか幼い手。

「もう1人じゃないから。」

無表情だった少女の顔が、心なしか微笑んだように感じる。

魅力的だった。

でも。

でも、きっと僕は少女がこんな顔を向ける相手じゃない。

僕はこの子を知らないから。

少女の手が僕の手を握る。

思わず払った。

少女がまた無表情に戻る。

「誰、ですか?」

絞り出すように問う。

傷つけてしまったかな。

少女から見えていた僕は親しい人だっただろうから。

しかし予想に反し少女は微笑むだけだった。

「またなんだね。」

そう切なそうに呟くだけ。

「じゃあもう一回、“はじめまして”をしようか。」

もう一回?ならこれは何度目なのだろう。

何度この少女に驚き、胸を高鳴らせ、少女の名を覚え、そして忘れたのだろう。

何度、傷付けてしまったのだろう。

疑問はシャボン玉のように次々と浮かぶ。

そして全て、弾けた。

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