7.

 斬り合いは熱くなればなるほど袋小路であった。全く、この村雨という男もいつも冷静な日本人形じみた顔をしている奴なのに剣士という矜恃きょうじのためか刀が絡むときだけ熱くなる奴である。人形というと、男なら五月人形か?

 俺はその状況を半ば楽しんでさえいたが、さすがにいつまでもこの状態を続けているわけにはいかない。

 何らかの手段を使って打破しなければならないと思っていたその時だった。


「はい、ちょっとお邪魔しますよ」


 世間話をするように、列に割り込むように。それぐらいの『何でもない』テンションで、殺し合いに発展しそうな斬り合いに割って入る男がいた。

 まさしく空間がそこだけ断ち切られたかのように俺と村雨の刀がぴたりと止まる。といっても、これは意思の力でそうした訳ではなく、何らかの力で刀が静止させられていた。押しても引いても動かない。

 当然俺と村雨の顔には緊張が走るが、刀に挟まれながらその間の男は実に飄々ひょうひょうとしていて、朗らかなものだった。

 紳士然とした物腰で黒のスーツと黒眼鏡を装着した場違いな男である。この場よりは喫茶店のウェイターや洋館の使用人なんかが似合いそうな感じがするな、と俺は思った。

 どこから現れやがったこの執事はといった感じである。

 男はその印象そのままに優雅に礼をした。


「お初にお目にかかります、怪異の王よ」

「誰だ、お前は」


 流してもいいんだが、ここは聞いておくのが筋だろう。

 流石に予想外の出来事なのか、村雨の奴も固まっている。


「おっとこれは申し遅れました。私は乙屋等式と申します。こちらの世界では『四角四面フレイムワークス』の名で通っています。以後お見知りおきを」

「『乙屋』か……。まためんどくせーのが現れやがったな」


 俺はそう言って顔をしかめる。

 裏社会の戦闘狂殺人集団がこんな所に何しにきやがったと勘繰らずにはいられない。

 本当に今日は変な奴ばかり集まる。パーティーでも開かれるのか?


「しかもその名前聞いたことがあるぜ。乙屋等式といったな。『十三人目の死神』だっけか?」


 俺がそう言うと何やら弛緩しかんした雰囲気の中に殺気が走った。よく分からんが何やら地雷を踏んだようである。

 しかし、殺気はそのままながら等式は顔に笑みを浮かべ言った。


「そこまで分かっているなら話は早いですね」

「そうか。どうでもいいが、俺の刀を解放しろ。このままじゃ落ち着いて話もできん」


 俺が振り下ろした形のままに固定された刀を引っ張ると、次の瞬間ガクンと支えを失ったように自由になった。


「これは失礼しました。これでよろしいでしょうか」

「ああ。礼を言うぜ」


 元々こいつにやられたことなのでこちらが礼を言う筋合いはないのかもしれないが、戦闘を止める口実としては丁度いいと俺は話に乗ることにした。

 彼岸と火鉈の二振りを鞘に納める。

 その時、もう一人の乱入者があった。


「おい、等式!って遅かったみたいやちゃな……」


 俺たちの間に流れる微妙な空気を感じ取ってか突然現れた青年は気まずそうな顔をした。

 変な語尾の喋り方だな(格好も珍妙だが)。


「おや、ヒビキいいところに。自己紹介しなさい」

「あー……。乙屋ヒビキやちゃ。よろしく」


 そう言って青年、ヒビキは頭を下げた。


「……赤江創だ」


 一応俺も名乗りを上げる。少年は気まずげな顔のままで律儀に礼なんかしてやがる。

 何だこの空気。

 よく分からん感じが一層増したが、のんびりと雑談を交わしている雰囲気でもない。


「で、話とは何だ」


 俺はそう切り出す。

 すると一瞬身内と話したことで普通の口調に戻していたのを敬語に改め、等式は言った。


「その件ですが……。我々と、取引をしませんか」

「取引とは何だ。話は聞くだけ聞いてやる」


 そう言うと恭しく等式は頭を下げて、立て続けに取引とやらを語り始めた。


「ありがとうございます。正直に言いますと私たちはここであなたと争うよう、とある組織から依頼を受けています。ですがしかし、あなたさえ争う気がなければ私たちは戦わなくてもいいと思っているということをここに伝えておきたい。つまり、早い話あなたはここから帰る、私たちはその変わり手出しはしないということです。どちらも損はせず、我々は大切な『家族』の戦力を削がれずに済む。これはなかなかいい計画だと思うんですが」

「それが、取引か」


 俺はそう言い、ふんと鼻を鳴らした。


「断る」

「何故ですか」


 等式はそう言いながら、提案が破談になるのに少しも残念そうではなく面白がるような顔でこちらを見てくる。

 全く、いい性格してやがるぜ……と今日会ったばかりのこの男にそう思いながら俺は言った。


「ここで諦めて帰る方が見方によっては利口なのかもしれんな。だが、俺は帰らないし逃げない。その理由はいくつかあるが、まあしいて言えば、至極当たり前なことだ」


 考えるまでもないことを、俺は告げる。


「知り合いに頼まれたからだ。約束事は守るのが信条でな」

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