四章 勇者、久しぶりに本気出す

四章 勇者、久しぶりに本気出す(1/10)


 深夜の森は意外なほどに生の気配で満ちる場所である。草木は眠っていても、虫獣は夜に動きだす。しかし、その中にあってなお、死を主張する存在があった。


 地中から伸びる手……いや、人の手の骨だ。


 死をこれ以上なく主張するそれが、とうとつにもぞもぞと動いた。やがて宙をさ迷い、地面をつかむ。さらに、もう一方の手骨も地上へと現れる。


 ややあって、地面が大きく揺らぐ。土が崩れる音と共に、がいこつが姿を現した。


「ふへー、ひどい目にあった」


 どうにかこうにか上半身を引っ張り出して、人骨──我らが主人公は地面にひじをつく。


「でも案外よく眠れたなあ。いいとこじゃないか地中……」


 アルは周囲を見回し、今現在が深夜であると理解する。


(さてどうしましょ。何なら朝まで寝てもいいけども……夜の間に距離稼ぎたいな)


 と、アルはそこで木々の間かられる光に気付く。


「何だ……? ウィスプ?」


 しかし、光は話し声と共に近づいてくる。さらに足音。


(げ)


 光の正体はランタンだ。人である。アルは慌てて土から脱しようとするも、時すでに遅しである。村人らしき格好の男女が姿を現し、場違いにのんきな声を上げた。


「おや、スケルトンさんが」


「あら」


「ど、どうもー……」


 ランタンに照らされ、とりあえずアルはあいさつを返した。




 ランタンを持った二人の名前は男性がガンティ=エリュズ、女性がグレト。二人は夫婦で、森を抜けた先にある村、エンデから山菜取りにやってきていたと話した。


「……夜に山菜?」


「この辺には夜中に発芽する種類がありましてね。薬に珍重しているのです」


「娘が少し難しい病気でして」


「はあ、危なくないですか? その、ほら、色々」アルは迷いつつ自分を指差して言うが、


「人をおそうような方には見えないもので」夫妻はあっさりとそう答えてくる。


(いやいやいやいや、どんな度胸してるのこの人ら)


 そんなアルに構わずエリュズ夫妻はかがみ込んで山菜を集めている。言葉の通り、夫妻の持つ編みかごには大小様々な山菜が入っている。


 ふたりは地中から生えたアルにも恐れることなく、脱出に手を貸し、そのままけいかいすらもせずに山菜の採取を再開したのだ。はっきり言えば、異常とアルには思えた。


「えーと……そのー、あのですね。自分で言うのもなんですが、怖くないので? 夜中に俺を見て。我ながら強面こわもての自覚はあるんですが」


「森番などしていると、あれこれ見ますからね。私はものの気配も多少読めるもので」


 森番とは、王や領主の命により重要な資源庫である森を管理する仕事だ。当然ある程度の戦闘力も求められる。場合によっては無断ばつさい者や森の獣などとも戦闘になるからだ。


(森番──か。なるほど。それなら度胸あるのもうなずける──かなあ? にしてもきもわりすぎというか)


 アルがほんの少し納得しかけるところへ、ガンティの補足が加えられる。


「最近は日中にどこかから流れてきた強力な魔物が出るようになりまして。私では恥ずかしながら歯が立たない。こうして夜に動くのも半分ほどはそのためなのです」


「あ、それなら──」


 アルが思いついて声を上げた。それは、アルが地中に埋まっていた理由でもある。




 ──さかのぼること十時間ほども前のこと。


「なん! で! こんなとこに! きようぼう化した! グレイトムースが! いるんだよ!」


 アルはグレイトムース──別名おう鹿じか──の角を避けつつ、森を走り回る。


 セクメルから出立して後、街道を通り、しばらく後に脇道に入って北へ。連合国の一つであるバルキア共和国との国境にそびえるニライ山。そのやますそにエンデという小さな村がある。


 アルはセクメルを出る際、その村と連絡を取るという仕事をけ負っていた。


か定期連絡が取れないって話だったが……こいつのせいかー?)


 森に入ってしばらく。唐突に巨大な鹿の魔物に追われる羽目になったというわけだ。




◆グレイトムース(人間敵対度……C。別段敵対はしていないが怒らせると非常に危険)


 巨大な鹿の魔物。王鹿とも。大地の魔力を角から取り込み成長する。非常に大きな体格を持ち、成体で体高が三メルにも達する鹿類の中でも最大を誇る種。


 魔力を吸う角の強度はすさまじく、生半可な鉄の剣が折られることもあるが、本体が死ぬとその強度は失われてしまうため武具などの素材には向かない。


 野生動物に近いため人間への明確な敵意は持たないが、怒らせたりした場合は凶暴になる。戦闘力はサイズに見合って著しく高いため、熟練者でないなら戦うことは考えない方がい。


 勇者アルヴィスいわく『個体によっては一帯のヌシをやってることもあって、その場合強さのランクが三つくらい違うので注意しよう』




「ああもうめんどくさい!」


 アルはぼやきつつ、突きこまれる角を回転を入れてのちようやくでかわす。


「動拳『転襲テンシユウ』──どりゃせいっ!」


 その回転のまま、グレイトムースのよこつらり下ろす。顔を振ってグレイトムースがもだえるが、げき退たいにはほど遠い。


った。やっぱ成体だとちょびっと魔力駆動マナドライブしてやがるか」


 うんざりと、アル。しかし、これほど見事な成体が、村と連絡が取れなくなるほどの長期間荒れ狂い続ける理由が思い当たらない。


(何かあるな……とりあえず新技で片づけるか)


 彼はりよくを強め、みずからの左腕骨をひじから分離させた。ガルム戦で行ったことの応用だ。


「おりゃ行けー!」


 本体を離れた腕骨が黒剣を持ったまま飛び、グレイトムースを切りつけた。


「!???!?」


 獣は面食らいながらたたとそうとするが、腕骨はすでに彼の直上だ。真下への打ち下ろしがたたまれる。




「グゥ……ガ」


 そして。グレイトムースが地に伏したのは数分後だ。腕を元通りに戻したアルはと言えば、


「ひい……ひい……ほ、骨、取れそう……」


 しつがいこつしゆこんこつをやりろうこんぱいである。


(ま、魔力消費やっぱ大きいなこれ……。普通に戦った方がまだ良かったかも)


 アルはふらふらと歩いて元の道へと戻る。


「いかん、魔力きっつい。久しぶりに夜まで『寝る』か」


 つぶやいて、アルは荷を適当なところへと隠し、自らは道からやや外れたところで座り込む。


 からり。音と共に、アルのがいこつがぼとりと足の間に落ちた。数秒の後、バラバラの白骨が地面へ散らばる。無論、アルがほろびたわけではない。骨の結合などに使っていた魔力を解き、いわゆる休憩している状態だ。さらに思考などに用いている魔力も弱める。


 この状態を、アルは『睡眠』と称している。通常のアンデッドであれば昼間はほぼこの状態だ。魔力を産み、貯蔵できる彼がこの状態になるのはかなり珍しいと言えた。


(最近色々あったものな……あわわわわ)


 必要のないあくびをして、アルの意識が薄れていく。


 そして、これがいけなかった。


「またか……しかも白骨とは」


 そうつぶやく声が、弱めているアルの聴覚にうっすら届いた。続いて、ざく、ざくという音。


(あれ、もしかしてこれ)


 アルが視覚を起動させると、土を掘る青年の姿。やや不安に思いつつ、状況を見守る。


「まあもないが、かんべんしてくれよな。最近は危なくてこれ以上森に入れないし」


 青年が、アルの頭を手にとる。そして、掘った穴の中にうやうやしく、そっと置いた。


まいそうされとる────!?)




「……まあ、そんなわけで。善意の人をびっくりさせるのも、ねえ?」


 アルが昼間の一部始終を話し、グレイトムースの死体に案内すると夫妻は非常に喜んだ。


「礼代わりって言うのもなんですけど……村まで案内してもらえます?」

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