二章 スケルトン冒険者、アンデッドらしく地下ダンジョンに挑む

二章 スケルトン冒険者、アンデッドらしく地下ダンジョンに挑む(1/6)


「ここが今回の依頼にあった遺跡かね……?」


 アルがいるのはアロンダを出て東へ二日、といった地点である。いいげん夜もけてきたところで、彼のりよく視覚に入ったのはこけむした石柱群だった。


 よっこいしょ、といい感じに遺跡が屋根になった場所でアルがこつばんを下ろす。


 周囲を見回す。どうやら、百年単位で経過した遺跡のようだ。


「仕事は明日にしてっと……一応、火を起こすかな」


 スケルトンであるアルには、火による暖はあまり必要でもないが、気分は違うものだ。


「墓場にいたころはゴーストのケビンとかウィスプ君が明かりになってくれたっけか」


 アルは旅立った場所のアンデッド仲間たちをなつかしく思う。退治されてないといいのだが。


(俺のゲームとかも無事かなあ……はあ……もう少し持ってくりゃ良かったか)


 物思いにふけりながらも、元勇者の経験上野宿の準備は慣れたものである。すぐに火がいた。枯木を追加して、火勢を保つ。


「一人旅ってのは静かなもんだなあ……そしてひまだ。携帯せんばんの一つも買おうかな」


 勇者として旅していた頃は、すぐに二人連れ、ほどなく三人と、一人でいた期間はほとんど無かった。誰とも話せないのはちょっと寂しいアルである。


「いやはや、マッピング仕事とか久しぶりだな。ちょいと景気良くおごりすぎたな! まさか路銀が尽きるとは」


 未踏破のダンジョンや遺跡は、地図を作り組合へ提出すればほうしよう金が出る。これも冒険者の仕事の一つだ。先日立ち寄った村にてこの遺跡調査の依頼を見つけ、ちょっと勇者時代の探索癖が顔を出した。丁度ふところも空であり、アルはこうして一人遺跡にいるというわけだ。


「む」


 ──気配が来る。


 思わず剣のつかを握るが、魔物では無さそうである。二つ足、よろいの音、生者の息づかい。


 アルはそこまでぎんしてから気付く。


 言うまでもないが、アルはスケルトン──彼の方こそ魔物の類である。


「あ、やっべ……!」


 身を隠そうとしたが、


「すまない。こちらも野宿なのだが、火種を貸してくれな……」


「うおー間に合わねー!」


 現れたのは、鮮やかな長い赤髪に青色の目、体にフィットした白金のよろいをまとっただ。先ほどの声と、おうとつのはっきりした体つきから女性と知れた。


 ざんうるわしき女騎士とスケルトンは見つめ合う。


 多少はアルも名が売れたとはいえ、それはアロンダ周辺に限っての話だ。


「っ、もの!」


 アロンダ以外の冒険者では、無論こうなる。彼女は即座に抜剣し、構えた。


「ですよね! 待って待って! ストップ! おねがい!」


しやべるスケルトンだと……?」ぴたり、彼女の動きが止まった。思考している。


「お、おお……話が通じるか……? 実はですね……」


 一瞬鈍った殺気に、アルが言葉を続けようとする。しかし、


「──年季の入った個体のようだな。油断ならん。この辺りに出る野盗とは貴様のことか」


「そう来るかちくしょー!」


 とアルはみして剣をさやに収めた。ぶんぶか両手骨を前面で振る。


「違う! 悪いスケルトンじゃないです! 冒険者登録もしてる!」


「冒険者だと……?」


 再び動きを止めた女騎士に、こくこくとアルはうなずく。が、あせって道具袋をあさっても、


「ぎゃー出てこねえ! 冒険者証どこ行ったどこ行った!」


「スケルトンの冒険者など聞いたこともない……! じゆつを用いるとはなおさら危険だな」


「んもー! ちょっとイケるかと思ったけども!」


 この女性が旅の途中であれば、組合の通達などまだ聞いているはずもない。やむなく女の突進を迎えつため、アルは立ち上がる。


 女は左右へのランダムな踏み込みからアルの右方へ飛び込み、横ぎを繰り出してくる。


(うへえ、結構鋭い!)


 アルは抜剣はせず、さやざんげきを上へ流す。剣の勢いを利用し左へ転がり、荷物をひっつかむ。


「スケルトンごときが私の一撃を……!?」


 衝撃を受けたらしい女は、しかし続けての剣撃を放つ。それをアルはさやで受け流していく。彼の剣のさやは不思議な光沢を放つ金属であり、防具としての役割も果たしている。


「っ……、私の剣を片手で受けるとは!」


「いや結構苦労してるけどね!」


 言葉通りに、徐々に女の剣がアルに迫ってくる。さらに幾度目かの剣線が、ついにアルをとらえんとしていた。


「その首、取った!」


「危なっ」


 アルはひょい、とがいこつを上に取り外し、その剣をかわす。女の目が点になった。


「…………」「…………」


 アルは手骨を離してがしょんと頭を戻し、女と見つめ合う。


(とりあえず笑顔)あごぼねをカタカタと鳴らす。


「……おちょくるかぁっ!」


(良かれと思ったのに!)


「ちょっ、貴様! 逃げるな!」


 女も立ち直り追いかけるが、差は開いていく。たき火の範囲から離れ、周囲がやみに染まる。




「くそっ、見失ったか……! スケルトンがあんなに速く走るとは……。知能があり剣の腕も立ち機敏なスケルトン……。突然変異か上位種か、それとも生前がよほどの達人か。


 ──どれにせよ危険だ、何としてもげきしなければ……」


 数分後。アルの逃走はかえってきようをつのらせた結果になり、女は闘志に燃えていた。


 女騎士──ミクトラ・クートは手元のカンテラに火をともし、夜の遺跡を歩く。


(冒険者を始めて二年……剣にはいささかの自負はあるが……やはり未熟か。とうばつ任務を重ねて『篝火ベルフアイア』には至ったが……こういう時は剣の腕だけでどうなるものでもないな)


 経験不足だけはいつちよういつせきでどうなるものでもない。やみの中で一人、そんなことを考えていると、思考がマイナス方面に向かっていく。


(しかも、他の冒険者たちは私の力量より、体の方に興味があるようだしな……)


 冒険者の男女比は七・三と言われる。女性特有の事情などは冒険者という人種には理解が薄いことに加え、ミクトラはていにいって見目がい。高貴さ漂うかんばせに、鮮やかな赤の長髪。程良く筋肉が付いた豊かなたいよろいの上からでも好奇の視線で見られることが多い。


(経験不足の身で一人仕事を好むなど、良くは無いと思っているのだが……)


 この日も、周辺の村々に野盗が出没し、人死にも出たという調査依頼を受けての行動であった。が、長距離移動経験の浅さがわざわいし、はんな場所で日が落ちた。


 そうして、今の状況である。思考が現在に戻ってくるが、テンションは低いままだ。


(……見失ってしまったのはまずい。やつが依頼の野盗だとすれば、仲間を呼ぶかもしれん)


 月明かりはわずかにあるものの、火から離れれば夜のやみは深い。


 スケルトンの視覚はミクトラには見当もつかないが、人間より闇に弱いと言うこともないだろうと推測している。


「はっ……明かりなど持っていれば、こちらが不意を打たれる可能性もあるか……」


 ミクトラは小声でつぶやき、とりあえず見晴らしのいい場所へと移動することに決める。


「とりあえず、先ほどの野営地に戻ってみ──」


 意識したわけではなく、反応が意志を上回った。ミクトラは体を倒しながらカンテラを地面に乱暴に置き、剣を振り上げる。金属音。


「っ、来たか!」


 不意打ちをしのげたのは大きい。案外、剣に重さは無い。次は逃げを許さない。剣の構えを取り、しゆうげきしやあいたいする。


「何……!?」


 しかし、わずかな明かりに照らされたのは武装した小柄な人影──ゴブリンだ。




◆ゴブリン(人類敵対度……A。ほぼ種族全体が敵対的。会話も大半が不可能)


 おにとも称される亜人型ぞく。体格はわいしようではあるが武装する。群で動くことが多く、非武装の民間人にとってはかなり有害。群で小規模の村を襲い、かいめつさせてしまうことすらある。


 れつきとした魔族であり、魔王軍側の兵卒的存在でもある。上位種はあかい帽子やかぶとを装備する。


 勇者アルヴィスいわく『一匹見たら近くに三十はいると思った方がいい。あと割と個体能力差がデカいから、めてかかった中級者が達者なゴブにやられて良く死ぬ』




「スケルトンの仲間か! やつを呼ばない内にさっさと片づける……!」


 ミクトラが突っかける。リーチ差をかしたけんせいの突きからのざんげきを、からくもたてで受けたゴブリンがバランスをくずす。勝機である。


(もらった)


 確信して踏み込む直前。脇から人影が現れる。声にならないうめきを上げながら、ミクトラは剣を強引にそちらへ持って行く。


 剣はかろうじてその人影と自分をへだてたが、無理な体勢が災いしたか、打ち付けられたいちげきは予想以上に重く響き、ミクトラのバランスが崩れる。


(っ、私はバカか! ゴブリンが一体でおそってきて『すでに仲間がひそんでいる』ことを予想出来なかったとは! 以前『勇者かんしゆう・世界魔物図鑑』で読んでいたろうに!)


 彼女は心の中で自分をののしる。これも、経験の不足から来るものと言えた。


 倒れながら見るのはおのを持った赤帽子のゴブリンだ。


 ゴブリン二体ならまだやれる。そう自分をしつし、ミクトラは倒れる自分をせいぎよし地面を転がる。地を手でたたき、跳ねるように起き上がればすでに赤帽子がふところまで踏み込んできている。


 悲鳴を上げそうになりながらどうにか一撃をしのぐ。


(っ! 重い! 鋭い! 先のゴブリンとはレベルが違う!)


 視界の端ではそのもう一体が、こちらに横から突き込もうとしている。さらにはその反対側からもう一つ追加の人影。


(うそっ! 対処が間に合わないっ……)


 死の予感を覚えたその時。風が舞う。すかぁん! と間の抜けた音。


「思ったより痛ぇー!」


 投げつけられたのは。それがおのを振りかぶる赤帽子を打った。


「右の、やれ」


 空中に舞ったとうこつからの声に彼女が素直に従ったのは、単純に余裕がなかったせいだ。


 ゴブリンが突き出す短剣を剣のナックルガードで受け流しつつ手首と腕の動きで引き込んで、即座に切り返してしとめる。


 ミクトラが修めた、攻守両面に優れたデオ流の剣技『ストライクバック』


「はっ! はあっ……! た、助かった……!?」


 急いで振り向けば、そこには首無しのスケルトン──アルが赤帽子とたいしていた。


「レッドキャップか。久しぶりに見るな。最後に見たのはおうじようの門番してたやつだっけ」


 みずからの首を拾ってめながら、アル。状況に比すればゆうちような動作だが、


すきがまるで見えない……?)


 そしてミクトラは思い出す。──ゴブリンたちの中で、武具のあつかいに特に練達し、複数の戦功を挙げたものは赤い帽子かかぶとを被る風習を持つ。それらは『赤帽子』『レッドキャップ』と称され、そこらの戦士では歯が立たない危険な存在だ。


「ギィッ!」


 そんな難敵を前に気負わぬ様子のアルに、勝機をじやされた赤帽子がげつこうして攻めかかる。


 ミクトラの目から見たその動きはやはり速い。彼女が正面で向かったとして、勝ち目は五分あるかないかと思える。


 反面、アルの動きはゆるやかにすら見えた。す、と剣を動かした先に置くように振るう。


「──しずかのけんナギ』」


 だがそれで、勝負は決まってしまった。アルの剣のどうは、赤帽子の首筋へと吸い込まれるように重なっていた。ミクトラがぜんとする。


「な……」


「うむ、まあまあ早かった。ゴブリンもレッドキャップになるとまあ、流石さすがなもんだ」


「あ、貴方あなたは……」


 さやに剣を納めるアルへ、ミクトラがあつにとられながらも呼びかける。


「遅くなってごめんね。弓兵もいたもんだから排除に手間取った」


「え」


 両手骨を合わせて謝るアルの言葉を理解するのに、ミクトラは数秒を要した。


「まだ敵が……じゃない。助けて、くれた……?」


「まさに危機一髪! ってまあ、俺の髪ほぼ無いけど。──言ったじゃん。冒険者なんだって」


 マントを羽織った骨は、とぼけた様子でみずからを指さした。


 ミクトラは、指の骨って肉がないとあんなに長いのだな……などと、半分ぜんとした頭で思っていた。

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