プロローグ(2/2)



 それから、三年。


「──そして勇者は魔王とうばつの後、こうして平和に遊び暮らす日々を送るのであった。まる」


 ほがらかな陽気である。そんな言葉に、いくつかの人影が反応する。


《またアルのホラ話が始まったたたたたた……》


「あんたが勇者なら私なんだっつうのよ。女王様? お姫様? ……ほら、これでどうだ!」


 響くのは軽木がふれあうような軽い音だ。周囲には石や木で作られた沢山のオブジェが並ぶ。


「ホラじゃねっつの。それでも魔王軍まだ頑張ってるらしいけど……ほい、そうへいで王手」


「まあホラでも何でも、私らにはあんま関係ないわ……あれ、ちょっと待って一手待って」


 せんばん(将棋に近い盤上ゆう)を打ちつつ、詰めをかけた側が冷たくを左右に振った。


 待ったはなし。


おに! あんた血も涙も無いの!?」


「無いに決まってんじゃーん。……骨だし」


 そう。互いに駒を交わしているのは、骨のみとなった人体と、あちこち肉がち落ちた女性の死体。周囲には似たような姿がさらに数体。布が光をまとって浮いたものもいる。


 ──アルと呼ばれたスケルトン、それにゾンビとゴースト──りよくで動くアンデッドたちだ。


 そしてここは、昼日中から不死者がたむろするほう墓地、その一画であった。


「あーくそ! 負けよ負け! 駄目だー今日アタシ脳腐ってるわー」


「ふははは勝ち越し! 勇者の力を思い知ったか! いつでもかかって……およ」


 勝利を得たアル──がいとうと剣帯を身に付けている──が、ふと背後に気配を覚えた。


 振り向けばそこにはいつ降り立ったものか、一匹のフクロウの姿がある。


「このフクロウちゃん、確か…………」


 アルが、仮想魔力脳から自分の記憶を掘り起こしていると、


『い・つ・ま・で・遊びほうけとんじゃアルヴィスー!』


 そのくちばしから、幼さすら感じさせるかんだかい声が走った。


「うわ、フクロウがしやべったわよ!」


 しやべる死体が何か言ってるぞ、とアルは女ゾンビを見てから、ややたじろいだ様子で返答する。


「や、やっぱしフブルさん……か」


『そーじゃよ! だいどうにしてエイン王国魔導さいしようフブル・タワワトちゃんじゃよ! お主がブン投げた後処理全部任された、勇者様の元仲間の・な!』


「ご、ごげんうるわしゅう、宰相サマ……元気?」


『じゃかあしいわ! 黙って見とりゃあいつまでもいつまでもぐだぐだぐだぐだぐだぐだ! なんじゃクソ忙しいわしに対する当てつけかこの骨! いいげん働かんか!』


 かつての戦友を名乗るフクロウから発せられるとうせいに押されるアル。


「くそ、このあつ……! 目の前に顔が浮かぶようだぜ。相っ変わらずとんでもねー」


 周囲のアンデッドたちかなしばりに近い状態になっている。彼らの体を流れる魔力と、フブルの声から発せられたけたちがいの魔力が共鳴を起こしているのだ。


 しかし、アルは負けじと言い返す。


「でもいやでーす。働きたくないです。現役の時にめた金で寝て遊んで生きたいです」


『死んどるじゃろがお主! ああん!?』


 夜の墓場に大声が響く。


「いやだいいやだい、来月出るボードゲームがあるんだい。それ遊ぶまでは死ねねえー」


 子供のように駄々をこねる彼へ、フブルフクロウが打って変わって静かに告げた。


『──イザナが消えた』


 ぴたり、とアルが動きを止めて立ち上がる。


 向けられたどくうながしと見て、フクロウは再び告げる。


『書き置き一つで消えおったわ。ま、アレをどうこうできる奴なんぞおらんじゃろーが……理由は言わんでも分かるじゃろ。お主じゃよ。いいのかなーアルヴィス君、っといて』


「あの馬鹿~……もう」


 アルががいを指骨でおおう。勝ち誇ったようにフクロウが叫んだ。


『よーし決まり! いいかお主! それ以上たいむさぼるようならな! わしの権限でお主の預金凍結するからな! ていうかした! 今した! もーした! ほうでした!』


「なっちょっ……! それひでえだろ! 俺はどーやって遊べばいいんだよ!」


『働けっつーとろーが無駄骨! ニート! イザナ探しのついでじゃ! もっかい冒険者にでもなってちっとは世のためになれい! 大体お主得意じゃろ人助け、っつか世界救済』


 雑に言い置いて使い魔のフクロウが飛び立つ。


『自分で自分の推薦状でも書け! 見とるからな!』と台詞ぜりふも忘れない。


 ざわつく墓地の中、スケルトンの痛切なつぶやきが漏れた。


「そっちこそちゃんと仕事しろよおさいしよう……ちくしょお……」




「用意は済んだか? 勇者サマよ」


「自分で移動できるってのはいいわよね。私ら魔力が多い夜中じゃないと、外動けないもの」


《ほんとに勇者だったんだなななななな……》


「しかしマジでなるの? 冒険者。ていうかなれんの? 骨が」


 旅支度を終えたアルの周囲を囲むのは、墓場の仲間たちだ。


 数年過ごしたため、アルが勇者と判明しても態度はさして変わっていない。


 剣帯とがいとう──夜と同化するような黒色だ──を身に付けたスケルトンは立ち上がる。


「どうにかするさ……はあ、また旅暮らしに逆戻りかよ。俺のゲームとか、管理頼むな」


 女性のゾンビがうなずいた。


「ま、駄目だったら戻ってくればいいわよ。頑張ってねー」


 一房残った頭髪をぴょこぴょこゆらし、態度に反して軽い足取り──物理的にどうしてもそうなる──で歩き出すがいとう付きスケルトンを、墓場に残る死者たちが手を振って送り出した。



◆文庫版にはキャラクターシートも収録!◆



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