廊下は走らないでください

「こらー! 廊下は走らないでください!」


 教室の前で大声で注意する若い女性教師。そして、それをものともせず廊下を疾駆する中学生の男子。何かと反抗したい年頃で、ただの叱責くらいでは彼の勢いは止まらないのだ。


「へへーん、止められるもんなら止めてみやがれクソババア! 」


 中学生男子はその場で足踏みしながら止まり、教師の方を振り向いて馬鹿にするような口調で言葉を返す。それを聞いた教師はカンカンに怒った。


「クソババア!? 私はまだ二十代です! 止まりなさい! 説教してやるわ」


 教師はツカツカと中学生のほうに歩み寄る。その様子をヘラヘラとしながら眺める中学生。


「じゃ、捕まえてみろよ! 廊下を走れないお前にはどうせ無理だけどな!」


「言わせておけば……」


 女性教師は奥歯を噛み締め、そしてボソッと呟いた。


「後悔しても知らないわよ」


「やってみやがれ!」


 中学生男子は再び廊下を走り出した。彼は健脚が自慢だったため、たとえ教師がルールを破って走り出しても追いつかれない自信があった。

 女性教師は突然うつむいて何かをボソボソと唱え始めたが、気にせずに中学生男子はそこを離れる。

 が、突如、廊下の空間がぐにゃりとねじ曲がり、中学生は盛大につまづいて転んだ。


「ぐわあっ! なんだこれ!」


 彼は驚いて叫んだ。転んでしまったことよりも、この常軌を逸した光景に驚いたのだ。


「この手は使いたくなかったけど……あなたが言うことを聞かないから使っちゃったわ。ねえ、廊下は走らないで、って言ったよね?」


 教師がゆっくりと近づいてきた。


「ひっ」


 中学生は必死で立ち上がろうとするが、腰が抜けてしまい立てない。


「なんで廊下は走っちゃダメなのか、わかる?」


 教師は冷たい声で中学生に向かって言った。中学生は何も答えず、ただガタガタと震えていた。


「それはね、この廊下には魔術がかけられているからよ。私たち教師はそれを自由に発動する権限を持つ。ここに仕掛けられているのは、空間を歪ませる魔術。これを受けた者は、あたりの光景が歪んで見え、まっすぐ立っていられなくなるのよ。だから今のあなたは立ち上がれない。あなた、さっき捕まえるのは無理だとか言ってたわね? 今捕まえたらお説教するけど、あなたはちゃんと逃げ切れるかしら?」


 女教師は彼の目の前に立った。中学生は今にも泣き叫びそうなおびえた表情をしていた。


「助けてください……なんでもしますから」


「言い分はまず私のお説教を聞いてからじっくりと聞かせてもらうわ。これが廊下を走る人の末路よ。じゃあ、一緒に職員室に行きましょうか」


 それ以来、この男子中学生は二度と廊下を走ろうとは思わなくなった。

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