ルネサンス時代の結婚観②

 アレッサンドラがパレンティ家で手を打った理由は2つ。ひとつは彼女の懐事情です。


 当時は娘に嫁資かし(持参金)をつけて嫁がせます。充分な額が用意できなければ結婚相手は見つからないといってよく、娘が複数いたら1人だけ結婚させ、あとは修道院に入れてしまうなんてことも。


 その相場ですが、研究によると、15世紀のある農村での嫁資は12~20フィオリーノでした。フィオリーノはフィレンツェの金貨で、当時は馬が1頭4フィオリーノだったそうです。たかが家畜でもひと財産。父親には大きな負担だったでしょう。


 修道院もそれなりの財力がないと入れないので、働いて持参金を稼ぐ貧しい女性もいました。


 カテリーナの嫁資1,000フィオリーノは農民とは比べものにならない高額ですが、夫を亡くしているアレッサンドラの財政事情は厳しく、もっと金のかかる高貴な家柄に嫁がせるのは諦めざるをえなかったのでした。


 娘がいる父親の負担を軽減するために、フィレンツェには「嫁資基金」という積立制度がありました。多少ややこしいので先を急ぐ方は読み飛ばして下さい。


 嫁資基金は一定の金額を払い込み、元金と利息を引き出して持参金にできる仕組みです。満期になったら夫に対して支払われますが、結婚成立してから期間満了になる前に妻が死亡した場合は元金が父親に返還されます。


 カテリーナの嫁資基金は二口あり、1つはもうすぐ満期、2つめが2年後でした。


 女性は産褥で死ぬ可能性が高いので、半額の受領を2年も待ってくれる結婚相手はなかなかいません。建前上は妻のものでも、ビジネスの重要な資金源となるので婚家は嫁資を結構あてにしていたのです。


 カテリーナのために、アレッサンドラは半分の500フィオリーノを自分の資産で立て替えなければなりませんでした。2つめの口座が満期を迎えた時にカテリーナが生きていれば利息を含めた額を取り戻せます。前回の手紙で中略した箇所ではこうした大人の事情が語られています。


 もうひとつの要因はカテリーナの年齢でした。彼女は16歳。女性の適齢期がだいたいそのぐらいで、若ければ若いほど相手も見つかりやすく、嫁資基金の満期を待っていたらカテリーナは婚期を逃してしまいます。


 いっぽう、男性は都市の上層市民なら35歳ぐらいまで独身でした。経済的に自立できる年齢になってから家族を持とうと考えたわけです。農民や下層の労働者はもう少し早く20代後半ぐらいで結婚する傾向がありましたが、いずれにせよ男性は長い独身時代を謳歌し、女性は若くして嫁いで次から次へと子供を産んだのでしょう。


 マルコは25歳なので平均よりかなり若いです。母親としては、極端にいえば娘を高齢の男に嫁がせて、すぐ未亡人にしてしまうよりはいいはず。さらに彼は「裕福な一人息子」。ということは親の遺産を兄弟と分け合う必要がありません。これは大きなプラスポイントです。マルコはカテリーナに贈り物の山を与えていますが、それも一人息子だからできたことでした。


 彼が嬉しそうなのは手紙に滲み出てますね。新居をしつらえるのは夫の役目で、これもマルコは張り切ってお金をかけます。両親もこの縁組みに満足でした。大貴族のストロッツィ家との婚姻を喜ばないはずがありません。


 このように、昔の結婚にはけっこうシビアないくつもの事情が絡んでいたのでした。


 ところでカテリーナの意向は反映されていませんね。アレッサンドラは「あの子が喜んでいるかどうか分かりません」と述べています。結婚の目的が力のある家柄と結びついて家の存続をはかることにあるなら、娘の希望は二の次、というかまったく考慮されないのがあたりまえでした。


 これだけでもルネサンス時代の結婚は現代とかなり違っていたと言えそうです。

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