愛と結婚

マントヴァ公の政略結婚

 今回からは結婚についてのお話です。歴史や文学作品を引き合いに出しつつ中世・ルネサンス時代の婚姻を雑学的にひもとくのが狙いです。


 古い時代の結婚といえば政略結婚。


 政略結婚とはご存知のように当事者、とくに花嫁の意向を度外視して政治的・経済的利益のために行う婚姻であり、どこか殺伐としたイメージがつきまといます。


 マントヴァ公爵フェデリーコ2世・ゴンザーガの結婚はまさにこのイメージを体現しているかもしれません。


 フェデリーコはルネサンスを代表する女性として名高いイザベッラ・デステとマントヴァ侯爵フランチェスコ2世の間に1500年に生まれ、17歳の時に両親によって結婚が取り決められました。


 相手はモンフェッラート侯爵グリエルモ9世パレオロゴの娘、マリア・パレオロガ。当時6歳だったので花嫁としてマントヴァへ行くのは16歳を迎えた時と定められます。


 この結婚により、フェデリーコは領土を得るはずでした。しかし病気で先が長くないと思われていたマリアの兄が元気になってしまい、彼女が相続人となる可能性はなくなります。

 

 時代は16世紀、フェデリーコは権力を渇望する野心的な支配階級の男でした。両親が決めたマリアとの結婚が政治的価値を失ったため、彼女を花嫁として迎える日を先延ばしにしつつ他の縁組みの可能性を探ります。


 この頃、彼は宮廷貴族の妻イザベッラ・ボスケッティと深い仲になり、間に息子までいました。彼女は息子をフェデリーコの後継者にしたいと望み、脅威とみなされてあわや毒殺されかけます。


 フェデリーコはマリア・パレオロガの母アンヌ・ダランソンがイザベッラを疎ましく思って毒殺を企てたと主張し、婚姻の無効を教皇に申し立てました。

 イザベッラの毒殺未遂には夫も関与していたとか。共謀者は次々に捕らえられ、夫は逃亡に成功し、後に殺されます。


 婚姻の無効が成立すると神聖ローマ皇帝カルロス5世から花嫁のオファーがありました。


 ナポリ王の娘ジュリア・ダラゴーナです。


 しかし30歳のフェデリーコに対し、彼女はすでに38歳。後継者を産めるかどうかが微妙なうえ、持参金はマリアよりわずかに高い程度でした。


 この結婚に踏み切ってもよいものか。


 悶々と悩んでいたときマリア・パレオロガの状況が急変。兄が落馬事故で死に、彼女が突如として相続人になったのでした。フェデリーコは不妊を理由に、今度はジュリア・ダラゴーナとの婚姻無効に向けて動き出す。


 とはいえ、マリアを取り戻すのは簡単ではありませんでした。彼女は今や豊かな領地の相続人。求婚者がわらわら寄ってきています。さらにジュリア・ダラゴーナを捨てた埋めあわせとして、また二度目の婚姻無効を認めるよう教皇にはたらきかける賄賂として、フェデリーコはカルロス5世に5万スクードの大金を支払うはめになります。


 ところが苦労にもかかわらずマリア・パレオロガとの結婚は実現しませんでした。兄の死から3カ月後、彼女も20歳の若さで急死したからです。


 マリアの母アンヌ・ダランソンは領土を他国の侵略から守るため、次女でマリアの妹にあたるマルゲリータを花嫁としてマントヴァに差し出す決断をします。が、フェデリーコが愛人の毒殺未遂をなすりつけて一度はマリアを捨てたことを忘れてはいませんでした。マルゲリータと結婚するにあたり、アンヌはイザベッラ・ボスケッティと縁を切るよう求めます。


 フェデリーコは了承しました。


 しかし魅力的な長年の愛人と別れるつもりはさらさらなかったようで、マルゲリータ・パレオロガと結婚したあともイザベッラとの関係は続けましたとさ。


 政治的価値がなくなるやドライに婚姻解消し、相手が金持ちになると一転して取り戻そうとする……結婚とはこういうものでしたが、二度にわたる婚約破棄は同時代人にも強烈な印象を残したのでは。セレブのゴシップ雑誌があったら毎週トップを飾ったことでしょう。


 哀れなのは翻弄され続けたマリアです。ルネサンス研究の大家ジーン・ブラッカーは当時の結婚というものを近代の株式取引に例えていますが、未婚の娘はまさにそんなふうに商品的に扱われ、男たちが権力争いで優位に立つためのカードとなることが期待されたのでした。


 若く野心的な貴族の男と薄幸の令嬢、セクシーな人妻、毒殺未遂、愛人の夫のミステリアスな死……愛と欲望のドロドロした連続ドラマが1本できそうです。

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