素敵な上司のお祝いに 3ー①



  3



「試してみますか?」


 ジュリアが差し出した小瓶に、興味深そうに見入ったルッジェリだが、少し迷った顔をした後、首を振った。


「いや、やめておこう」


 ルッジェリはシャンパンを一口飲むと、珍しく真剣な顔でジュリアを見た。


「パラダイムチェンジが間近に迫っている。真面目まじめな話、ここらで組織内での私の存在を大きなものにしておきたいのだ。何時いつまでも石油屋や食糧屋や、金貸しをのさばらせておきたくないのでね」


「石油メジャーに食糧メジャー、米連邦準備制度理事会(FRB)が相手ですか。貴方あなたにとっては皆、身内のようなものでしょうに」


「まあな。我々はこれまで石油、食糧、兵器、金融、医療、メディアと、あらゆるジャンルにわたってアメリカを実効支配してきた。だが、組織は一枚岩ではない。個々の権力闘争は当たり前に存在する。それはアメリカ建国当初から続いてきたことだ。

 当時のアメリカでは、ヨーロッパ由来の様々な結社や派閥が対立し、競合していた。おかげでこの国は、独立国家として当たり前の中央銀行さえ、設立できなかった」


「無理もありませんでしょう。石油を掌握するものは諸国を操作し、食糧を掌握するものは人口を調節できます。そして金融を掌握するものは、全てを支配できるのです。

 アメリカという未開の地を目の前にして、何の種をそこにき、誰が刈り取るのか、未来の利権を巡って熾烈しれつな争いが起こったのは必然でした。けれど、この大地を肥え太らせたいという気持ちは皆、同じだったのです。

 そこで賢明なる先人達は、不毛ないさかいを平和的に解決し、協力関係を築く為、各結社のトップによる会談の場を設けました。そして、ひとまずは金融統括の為の組織を立ち上げた。それが連邦準備制度理事会の前身という訳です。


 先人達は速やかに連邦準備法案を立て、法案を通す為の大統領を当選させました。

 かくして一九一三年。大統領選に勝利したウッドロー・ウィルソンは、就任式直後、多数の議員がクリスマス休暇中というタイミングで特別会期を招集し、連邦準備法を可決、署名するという行動に至ったのです。

 その日をもって、アメリカの公定歩合、政策金利、公開市場操作の策定と実施およびドル紙幣の発行といったあらゆる金融政策は、組織から選ばれし七名からなる理事会の手に委ねられたという訳です」


 ジュリアは淡々と述べた。


 ちなみに、理事会の下には、連邦準備銀行と呼ばれる十二地区の銀行が置かれており、銀行の株主欄には、見慣れた名前が並んでいる。

 連邦準備銀行といっても、民間の金融企業であるから、貨幣の発行はできない。

 しかし、国家が差し入れる国債(つまり巨額の利子がつく債券)の代償として通貨を発行し、通貨供給を行うという責を負っているとした。


 このため、ドル紙幣には『Federal Reserve Note』と印刷されているのだが、つまりは『ドル紙幣は、連邦準備制度理事会の小口の債権証書である』という意味なのだ。


 それ故、アメリカ政府の財政が大赤字になるほど、連邦準備銀行は儲かるという仕組みになっている。先のリーマン・ショックによる大不況でも、国債が大量発行された結果、連邦準備銀行は史上最高益を手に入れた。


 ブラックマンデーの際もそうであったし、更に言うなら一九二〇年代の株価バブルからの世界恐慌や、一九三〇年代の金本位制廃止によって得た利益は天文学的であった。


「アメリカはよく太り、我らは大いに利益を得た。私はそんな世界を当たり前に生きてきた。それも今となっては、古き良き時代というべきものだろう」


 ルッジェリは感慨深げに顎をでた。


「私はどちらかというと、世界統一政府樹立に向けて行われた数々の実験の方に、面白みを感じました。多種多様な民族、人種、宗教、文化を一気に新大陸へと流入させた時、どのようなタイプの混乱が生じるのか。資本経済システムを民衆レベルに浸透させることで、我々を頂点とするピラミッド組織が上手く機能し得るのか。そしてまた、自由主義という名の餌で、人民をいかにコントロールするのか。アメリカの歴史は、その試行錯誤の結果です」


 ジュリアは含み笑いをした。


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