第3話 理解者

彼の「ごめん」は軽すぎる

少しもめたら、引き下がれば問題ない。そんな風に思われている気がする。

些細な事くらい、それでもいいじゃないか。

でもなんだか、なぁ。


「―ということがありましてですよ」

手元のアイスコーヒーをちゅーと飲んでから話を締める。

今は空き限のタイミング。学内カフェで友達と二人で雑談しつつ暇をつぶしていた。

途中からは彼氏の愚痴になってしまったわけですが。

「……そういうもんじゃない?」

「そういうもんかなぁ」

特定の相手がいない友達にしてみれば、全部惚気に聞こえるのかもしれないけど。

「なんかテンプレ対応されてる気がするのが気に食わないのよね」

結局はそこなのである。

「あなたの事、本当は分かってないとか?」

と友達は苦笑する。

「そうかも、あんたの方がよっぽどあたしを良く分かってる、よき理解者」

二人で笑った。



その友達とは、高校からの付き合いだ。

元々交友関係は広い方ではないらしく、大学生になってからは毎日一緒に授業受けたりなんだり。

私には一応彼氏がいるわけだが、学科が違うせいか、学内で会うことは少ない。

向こうは課題で忙しいらしく、最近は一緒に出掛ける回数も減ってきている。

マンネリとはちょっと違うのかもしれないけど。まあそんな感じ?



家に帰り、自室のベッドに倒れ込む。

自分が良くわからない。

あまり人付き合いが上手くない私は、人間関係をつい彼女に依存してしまいがちだ。

簡単に言えば、彼女にべったりなのだ。物理的にではないけれども。

でも彼女は彼氏持ちの身なので、そっちに行くことも往々にしてある。

それが、何故か寂しいのだ。

独りの感覚に、どうにも弱くなってしまったのだろうか。

こうして寝転がって目を瞑っていても、ふとした瞬間に彼女の顔が浮かぶ。

また明日も会いたいな。



とある日曜日の事だった。

もうわけがわからない。

お先真っ暗なんて比じゃないくらい。

「ばか」

その一言を聞く相手は、もういない。



インターホンが鳴った。

「はい」

応答ボタンを押すと、そこには彼女が居た。

何も言わずに、少し俯いている。

「今開けるね」

玄関扉を開けて彼女を迎え入れる。

相変わらず黙ったままなので、少し心配になった。

「―どうしたの?」

ややあって、彼女が呟くように言った。

「……私、どうすればいいのかな」

その声は、酷く沈んでいて、微かに湿っているようにも思えた。

「話、聞くよ」



インスタントのコーヒーを淹れて、自室に戻ると、彼女はベッドにもたれかかるようにして座っていた。

どう切り出そうかと迷っていたが、最初の一言は彼女から発せられた。

「彼氏にね、フられたんだ」

「そうなんだ」

「前にあんたの言った通り、あいつはあたしの事何も分かってなかった」

「うん」

私は頷く事しか出来ない。

「でもお互い様。あたしもあいつの事全然分かってなかった」

「同じ学科にオンナ作っておいて、『君の事が分からなくなった』って酷いよね。こっちの台詞だっての」

「あたし今まで『一人』で何やってたんだろうね、笑えてくるよ」

夕陽の差し込む部屋で、彼女の目には涙が溢れていた。



ほんと、私は一人で何をやっていたのだろう。

おまけに、友達の前でみっともなく泣いて。

「―私は、あなたの事を、分かってあげられてるのかな」

「あんたは……、私のよき理解者でしょーが……」

こんな心配までさせて、私は何をやっているのだろう。

「ううん、全然足りない」

「―え?」



言葉が、止められない。

こんな時に何を言っているんだ。でも、止められない。

「あなたの事を、まだ分かってないんじゃないかって、心配になるの」

彼女の華奢な体躯に手を伸ばす。

「あなたの一番の理解者でいるから、お願い……」

「私からは、離れていかないで……、傍に居させて……」



「―ばか、あたしがあんたをフるわけないでしょう」

彼女の温もりと涙を全身に受けながら、私の涙も止まることなく流れ続けた。

彼女の髪からは、微かにシャンプーの匂いがした。



今まで、世界っていうのは、現実を突きつけるだけの冷酷なものだと思っていた。

でも、今は違う。

世界は限りなく優しい

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