After Story

A kiss for your gravestone

 あの『夢』みたいな一日から何年たっただろうか。

 もしかしたら本当にただの『夢』だったのかもしれない。


 だけど…………


 確かにあった陽向のぬくもりがただの『夢』ではないのだろう。


 俺は会社で有休をもらい、地元へと帰って来た。

 目的は勿論一つ、『陽向の墓参り』だ。

 七月二日の命日の日はどうしても無理だったので、八月二日――陽向の誕生日であり、俺と陽向のあの特別な一日の日に無理矢理休みをねじ込んだ。

 駅に着くや否や駅前の花屋で花を購入し、駅に停まっているタクシーに乗り込み、タクシーの運転手に目的地を告げ、目的地へと向かった。


「にしてもあんたみたいな他県の若い兄ちゃん乗せるのは久しぶりだね」

「いや、俺はここが地元ですよ」

「そうなのか、にしても兄ちゃん墓参りに行くのかい」

「ええ、少し遅れましたけどね。元婚約者に会いに行くんですよ」

「……なんか詮索してごめんな」

「大丈夫ですよ」


 タクシー内に沈黙が続く。

 タクシーの運転手はそわそわしながらミラーをちらちらと見ながら俺の顔をうかがってくる。

 

「別に怒ってないので大丈夫ですよ」

「そうか……悪いね兄ちゃん」


 タクシーの運転手は「これは詫びだ」と言って俺に缶コーヒーを手渡す。


「そうだ兄ちゃん。この小説知っているか?」


 そういって助手席から一冊の文庫本を取り出す。


「この主人公の男と幽霊の幼馴染が一日だけの特別な夢を見るっていう……」

「知ってますよ。僕も読みました。この話の『夢』は案外現実で起こっていた――かもしれないですね」

「確かにな、フィクションにしては妙に現実味があるからな――おっと兄ちゃん着いたぞ」


 俺が外を見ると確かに目的地に着いていた。

 話をしていると案外時間の流れは速いものだな。


「ありがとうございます」

「おうよ、ちゃんとお参りしてこいよ」


 料金支払い後、タクシーの運転手はそう言いそのまま駅のほうへタクシーを走らせた。

 案外いいタクシーの運転手だったな。

 俺は買った花を持ちながらリュックを背負い、『彼女』が眠る元へと向かう。


「ようただいま、陽向」


 そう言い俺は一つの墓石の前へと立つ。

 俺の生まれ故郷であり、また『彼女』の生まれ故郷でもあるこの町の近所にある集団墓地に『彼女』は眠る。

 集団墓地に貸し出し用として置いてあるバケツに水を入れ、持参してきた雑巾に水を含ませ搾り、墓石やその周辺を拭く。

 ある程度綺麗になったら水鉢に水を入れて買ってきた花――陽向の好きだった向日葵を添える。

 掃除が完了し、俺はリュックの中から線香とチャッカマンを取り出し、線香に火をつけて線香台にのせる。


「にしてもな陽向、俺はどうしてもあの一日が――『夢』という一言では終わらせたくないんだ」


 俺は墓石を真正面から見る。

 あの本当にあった『夢』みたいな一日はもう来ない。俺の中では忘れてはいけない一日だ、しかしいつまでも引きずるわけにはいけないだろう。


 だからこそ今日は陽向の〝最後〟の願いを叶えに来た。


「俺、いい人が見つかったんだ。それで明日結婚するよ――陽向」


 そう言い、俺は陽向が眠る墓の墓石にキスをした。


 正直他の人が俺の行動を見て罰当たりな行動だと思うだろう。

 しかしこれは彼女の願いだ。


 陽向の〝最後〟の願い、それは――「将来、好きな人ができ結婚することになったら私の墓石にキスをして」と言うものだった。

 陽向曰く、「これで周君が見ている私という『虚像』から覚める」らしい。

 だけど俺はこの『夢』を忘れたくはなかった。

 たとえ俺が結婚しても俺の人生の中には陽向との思い出が山ほどある。その中にもあの特別な一日もある。

 だからこそ俺はその『夢』から覚めないように――陽向の願いを少しだけ守らなかった。


「なあ陽向、俺はお前を忘れたくないよ。だから少しだけ俺から今まで願いを聞いてきた褒美として少しだけ我儘を聞いてくれ」


 俺はリュックの中から一冊の本を取り出す。


「この本は俺とお前のあの特別な一日を書いたものなんだよね。拙い文章なんだけどネットで公開したらとある出版社の目に留まって本を出版してもらったんだ」


 線香台の上に置き、俺は周りの荷物を片付ける。


「だから陽向、もし暇があったら読んでみてくれ」


 うん、と陽向がうなずく声が聞こえた感じがした。

 まあ空耳だろうと思うが俺は墓石を見てニコッとして、


「またくるよ」


 俺は荷物一式を持ち、集団墓地を後にした。

 その墓地から見送るような風が吹き、一瞬赤い色が光り輝いた。






 あの本は陽向に読んでもらえるだろうか?

 

 まあそんなことを気にしている訳にはいかない。


 だって陽向はこの世にもう実像を持たないのだから……


 だからこそ、この世に〝物語〟と言う形であの『夢』を残そう。


 少しでも陽向の興味がわくような物語を。


 俺と陽向のあの『夢』のような一日がカタチに残るように。


 陽向とのあの『夢』のような等身大の物語をそのままのタイトルに……


 そのタイトルの名は――


『君は夏の夢物語』


                             添谷周編 終わり


 






 


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