#18 このパーティーで

「おはよう、オリー」

「んん……ダメだマティ……今一番睡眠が深いタイミングだ……」


 タオルの上でごろりとうつ伏せになり、眩しい日光を遮る。マティウスは「ごめんね」とクスクス笑った。



「こらーっ! オリヴェル! 早く起きなさい!」

「……アイナ……俺は今、睡眠の波の中でも一番深いところに――」

「うるさーい!」


 タオルの端を掴まれ、ぐんっと上に引かれる。坂上に傾いたタオルをコロコロと転がり、俺は尖った砂利の上に放り出された。



「いでででっ! 痛えなあ! アイナ、もっと優しい起こし方ってもんがあるだろ!」

「はいはい、ごめんごめん。早速だけど、あっちに木の実があるらしいから取って来て。もし鳥もいたら捕まえてきてね」

「ったく、朝から人使いが荒いんだよな……」



 と、彼女の指した方向からギアーシュが戻ってきた。

 防御服の下の裾を持ち上げて籠代わりにし、茶色のコロコロした木の実をたくさん入れている。



「お前、もっと緊張感持って過ごせよ。アラトリーが来てもそうやって寝てる気か」


 ニイッと意地悪く笑う彼に、俺もイーッと歯を出して「おう、寝てやる寝てやる」と減らず口を叩いた。



 昨日夜、ギアーシュの話が終わって、誰からともなく片付けを始めた。


 何か言葉をかわしたわけじゃないけど、今朝になったら元通り。心地良い距離感に揺蕩たゆたいながら、軽口を楽しむ。



「よし、マティ、木の実探しに行こうぜ」

「え? いや、僕は調理担当――」

「堅いこと言うなって、家族だろ家族」


 肩をガシッと組んで、連れ去るように木々に向かって歩く。

 家族、と口にするのが、とても嬉しかったりして。






「ねえ、ちょっと聞いてる、マティ! オリヴェルったらさっき私が川で体洗ってるとき、覗きに来たのよ!」


 大きな葉で作った即席の皿。その上に乗った茹でた実を食べながら、アイナは口を尖らせている。


「だーかーら、覗いてないっての。土触って手が汚れたから洗いに行ったんだろ。大体、川に行く前に一言いえっての」

「言ったわよ! オリヴェル、覗きに来るためにわざといなかったでしょ」

「俺をどうしても覗き魔にしたいんだな……」


 睨んでいたアイナが、楽しくて仕方ないというようにフッと顔を綻ばせた。



「なんかこれ苦えぞ、マティウス」

「ギア、文句言わない。冒険で美味しいもの食べられると思ったら大間違いだよ」


 そう言ってるマティウスも、渋みに顔をクシャクシャにして食べている。


 ああ、やっぱり、このメンバーはいいな。



「あ、オリヴェル! お前のその実、色が良い! 苦くなさそうだ」

「言っておくけど、あげないからな。俺だってどうせなら苦くない方が……ぐあっ、余計苦い! ちくしょう、騙された!」

「わっはっは、オリヴェル、覗きのバチが当たったのよ」

「だから覗いてねえっての!」

 アイナとバカ話をしながら、俺は夜明けの少し前のことを思い出していた。




 ***




「よお、交替だぞ」

「ああ、ありがとう」


 寝場所から少し離れた高台で見張りをしてると、ギアーシュがやってきた。


 日が昇るにはまだ時間がかかるだろうか。月が空を滑る音さえ耳にできそうな静寂の中で、彼が隣に腰をおろす。


「……悪かったな、さっきは」

「いや……こっちこそ」


 お互いの顔を見ることなく、足元の草に言葉を投げかけ、そのまましばらく黙る。



 喋らずにずっといられるのは居心地の良さの証だ、なんて誰かから聞いたことあるけど、その通りなんだろう。

 張り詰めた空気でもなく、ただただ「喋らない」空間を2人で過ごす。



「仲良かったのか? 前のパーティーも」

 先に口を開いたのはギアーシュの方だった。


「俺か? ああ、結構仲良かったぜ。討伐がないときとか、みんなで山登りとかしたぞ。帰りに町の酒場寄ってさ」

「山登りか、オレも行ったな。あーでも雨降られてすぐに下山したんだよなあ」

 何だか楽しそうにクックッと笑う。


「ギアーシュのメンバーってどういう構成だったんだ?」

「ああ、男2人、女2人でさ」

「えーっ、いいなあ!」


 話を遮って体を揺らす。「女子多い方が楽しいじゃん」というと、彼は「女子同士で結託するから逆に面倒だっての」と苦笑した。



「もう1人の男は鍛冶職人のコリック。腕は相当良かったぞ。腕力もあったから、戦闘要員でもあったしな」


 彼のこんな話を、初めて聞く。もっとも、ハウスにいたときは、誰もが自分の冒険の話を避けていたけど。


「それとマーゴメット。魔法剣士だな」

「すげえ、魔法剣士!」


 剣術と魔法を両方高いレベルでマスターしている、攻撃のスペシャリスト。女子でもいたなんて初めて知った。


「あとは……白魔術師のメイノー」

「ん」


 恋仲のまま別れた、最後の一人の名前を聞く。



「可愛かったか?」

「おう、可愛かったぞ。それに美人だし。へへ、脚も綺麗だった、アイナより綺麗だぞ」

「お前、すらっとした人好きそうだもんな」

「うるさいっての」


 敢えて明るいトーンで。

 無垢に色恋の話をしている男友達のように。



「………ああ、でも」


 俺から目線を外し、空を見上げる。雲は浮かんでいない、明日は晴れるだろう。



「やっぱり、みんな生きてたらなぁと思うよな」


 そこで声を詰まらせて、大きく息を吐く。その息が揺れていて、堪らず俺も空を見上げた。




 あの3人が生きてたら、俺もアイナもマティウスもギアーシュも、交わることはなかっただろう。


 それでも、その出会いがどれほど素敵なものか知ってなお、生きていたらと思ってしまうのは、自分勝手なのだろうか。




「なあなあ、魔法剣士ってやっぱり強いのか」

「おお、強かった。魔法で突進を止めながら剣で攻めていったりな。アイツ1人いればアラトリー殲滅できるんじゃないかと思ったぜ」


「だよなあ。いいなあ、俺も剣術覚えれば良かった。でもセンスないって師匠に言われたんだよな……」

「うはは、オリヴェルはなんかセンスなさそうだ」


 気の抜けた、間の抜けた話が続く。


 ギアーシュはもっと見張りに集中しなきゃいけなくて、俺は寝なきゃいけなくて、でもそんなことはあんまり気にならなかった。


 ハウスではなかなか出来ない、2人だけの語らいを、どうせなら飽きるほど。



「さあて、そろそろ寝るかな。明日起きられなくなりそうだ」

「困るからな、眠くて魔導陣の場所忘れたなんて」

 カラカラと歯を見せた彼が、眠そうにあくびを噛み殺した。


「……ありがとな、ギアーシュ」

「あ?」

「いや、なんか、バラバラだったのが、まとまった気がするよ」


 顔を見て言うのは照れ臭くて、座ったまま、足の間にあった砂利をカツンカツンとぶつけながら話す。彼はハンッと鼻息で笑った。



「なんだよ気色悪いな」

「やかまし」

「…………いや、オレも助かった」


 そか、と頷いて、2人で高台から地平線を眺める。

 青白く細い光が幾筋か、地面を撫で始めた。



「ヤツらが来たら起こせよ」

「マティウスとアイナは起こすけど、お前は眠いだろうから寝かしてやる」

「ひどいなおい! じゃなあ、おやすみ」

「おう」


 今夜は久々に昔の冒険の夢でも見そうだと思いながら、寝場所に戻ってすぐ、ばたりと眠りについたのだった。




 ***




 形式ばった謝罪の言葉を口にしなくても、通じ合っている。


 もう関係は戻ったのだと、一緒に進んでいけるのだと、そう分かっただけで、心に覆いかぶさった靄がカラッと晴れた気になる。


 でも敢えて、噛み締めるように、口に出してみる。



「それじゃ、今日も冒険、するかね」

 俺の言葉に、マティウスが「そうだね」と返した。


「4人でまたやろう」

「だな」

「うん!」


 食事を終えたギアーシュとアイナが威勢良く立ち上がった。


「よし、片付け、俺とアイナでやるよ」

「はーい、火消すわよ」

 不安はあるし、連携も覚束ないけど、このメンバーでやれるだけやろう。




「うへえ、しばらくこんな地帯が続くの?」


 朝食を食べた場所からしばらく歩いて岩肌の坂を上った地点。手をおでこに水平につけて先を見渡したアイナが、眉をぐにゃっと曲げてしかめっ面する。


 そこは、さっきより数倍歩きにくい、大きな岩で埋め尽くされた、地面のほとんど見えない道。


 尖った岩、角度の急な岩、様々な岩石がゴロゴロと転がっていて、ここを進むのは「歩いていく」というより「飛び移っていく」という方が正しい気がした。



「ここでアラトリーに遭遇したら戦うの大変だな、マティ」

「そうだね、気合入れていこう。みんな、あんまり距離取りすぎないように」

「足痛めないようにしないとね」

「まあこれならアイツらも簡単に接近はできないだろ。向かってるうちにオレが射ってやるさ」



 3日目の旅。全員で屈伸してから、1つ目の岩にジャンプした。

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