#10 誰もが足りない

「ど、どういうこと? マティの技なの?」

 明らかに動揺しているアイナが、真っ直ぐに彼を見て訊く。


「技じゃないよ。そうだね……オリーやアイを真似して言うなら、『』だ」


 それで、その一言で、全てが理解できてしまう。

 俺もアイナもギアーシュも、ただただ、目を見開く。



「ひよわだったからね、力やスピードが上がればいいなと思って一躍の儀をやったんだ」

 歩き出した彼の後ろ、3人並んで話を聞く。


「効果はあったよ、あった。力もついたし、今みたいな攻撃だってできるようになった。スピードも速くなった……強くなって速くなって……その代償なのか、僕の剣戟には熱が籠るようになった」


 高い熱を帯びた剣が、異形の灰色の血に触れる。

 蒸気になって、煙になって、見えなくなって。


「僕の二つ名、『血の無い所に煙は立たぬスモーク・オン・ザ・ブレード』の語源だね」

 振り向き、目はそのまま、口元だけ引き攣るように笑う。



 反動なんて稀にしか起こらないはずなのに。

 何かを求めたら何かを失うのだ、と諭すように、天が光を降らせる。


 木々が少なくなったからか、体のあちこちをオレンジの日射しが貫いた。もうすっかり夕方で、もう森の出口も遠くない。



「攻撃するたびに煙があがるんだ。相手がどんどん弱まって、もっと攻撃しやすくなって、たくさんの煙が舞うんだ」


 歩くのを止めたマティウスが、力なく口を開いた。その目は俺達ではなく、過去を見ている。


「気付いたらそこら中が灰色になって、さっきみたいに何も見えなくなってさ……それでみんな、いなくなっちゃったんだ」


 俯いて、一度深呼吸するマティウス。僅かに揺れる呼気は、落涙の予兆。


「魔導士のオルジと、格闘家のガンハと、薬師のカーミャ。みんないい仲間だったよ。家族みたいで」



 目の前の、今の家族から、視線を落とす。



「あの時も、こんな森だった。アラトリーが立て続けに2匹現れて、辺り一面煙まみれになってね。もう敵の姿も朧気おぼろげになって……まずガンハがいなくなった」


 マティウスは続ける。その次にカーミャが、最後にオルジが、血の煙幕の中で行方不明になった話を、淡々と続ける。


 辛い思い出を蒸し返して、本人に良いことなど一つもない。それでも口に出してしまうのは、誰かに聞いてほしいから。

 自分がしてしまったことの重さと、彼らがいたことの証明と。



 俺もそうなんだ。いつか、みんなに聞いてほしいと思ってたんだ。



「見つけたのも、3人順番だったよ。みんな息してなかったけどね」


 気を鎮めるように、細くゆっくりと息を吐く。横のアイナが、強く強く、口を結んだ。



「もちろん、僕のせいだって想いもあるんだけど、心の中にあるのはもっと単純なことでさ。歩いてる途中でも、戦闘中でも、誰かがいなくなるのが僕は怖いんだ。きっとあの時のことを思い出して、体が震えるような気がする」


 何も言えずに、ただ頷く。


 俺もアイナもマティウスも、この国のために、アラトリー討伐のためにと臨んだ一躍の儀で、重い反動を負って、仲間を失って。



 なぜ俺なんだ、他のヤツが、もっと俺より力のない、俺より日頃の行いの悪いヤツが、受けるはずなんじゃないのか。

 幾度となく繰り返してきたそねみを脳内で噛み直しては、不細工な味に辟易する。




 沈黙を破ったのは、ギアーシュだった。


「…………まあ、オレも似たようなもんだ」

 ダークブラウンの頭をガシガシ掻きながら、口元を歪める。


「器用貧乏で他にやるヤツいなかったから射手やったんだけどよ。ホントに肝心な時ってのは、遠くからチマチマ矢射ってるだけじゃどうにもならないんだよな。マーゴネットもコリックもメイノーも、みんな助けられなかった」


 ギリッと、歯ぎしりの音がする。怒りと悲しみを磨り潰して、咀嚼しやすくして、また苦い記憶を口に放り込む。


「剣士や格闘家になれば良かったと思ったよ。剣もそれなら救えたかもしれない。オレが職を間違えたせいで、失敗したんじゃないかって、1人でいるとそればっか考えちまう」



 ギアーシュも一緒。4人が、みんな一緒。



 俺達は、1人でいることに耐えられない。


 朝起きて思い出して、散歩して思い出して、夕飯食べて思い出して、鼻歌歌って思い出して、寝る前に思い出して。


 忘れたことはない、忘れたいと思ったことはない。


 だから今、こうして家族のように寄り添って、その仲間でパーティーを組んでいる。



「……へへっ、みんな、欠点ばっかりだね」

 涙声で、アイナが笑った。俺達もつられる。


「だな。うしっ、マティ、そろそろ森抜けるよな? そこで休もう」

「うん。日も落ちて来たから、今日はその辺りで寝よう」



 魔導陣がなければ何も出来ない

 いざという時にも間接攻撃しかできない

 魔法かけたら目が見えない

 剣を振るうと視界が悪くなる




 全員がどこか足りなくて、うまく戦える自信もなくて。


 そんな4人で、それでも、一緒に歩き始める。



「この辺りかな、寝る場所」


 見渡す限り木と川しかない場所に立って、マティウスが汚れた手をパンパンと叩く。



 森を抜けた後、暫く西に歩き、目指すルートから少し離れた。交代で見張りをするので、見晴らしが良い場所でないとアラトリーの急襲に対応できない。



「野宿なんて久しぶり。なんか楽しいね、オリヴェル」

「いいや、俺はベッドで寝られるならベッドの方が良い。もしこの近くにベッドが落ちてたら俺が使うから、アイナは地べたに寝ろよ」

「何だと―っ! ふんっ、ケチ!」


 少し和んだ場に、ギアーシュが腕を伸ばす。

「とりあえずあそこの川で体洗おうぜ」



 くじ引きで、俺が一番初めに入ることになった。水温が低く、家のシャワーとはまるで違う。

「…………っ!」


 冷たいし、傷に沁みるし、髪はゴワゴワするし、今日1日戦った冒険者にひどい仕打ち。でも、それがなんだか心地よかったりもする。


「アイナ、終わったぞ」

「はーい。いい? 覗いたりしてみなさい? もう二度と回復魔法かけてあげないからね」

「んだと! 覗くのが男女混合パーティーの楽しみじゃねえか!」

「ははっ、ギアは本当にやりそうだね」


 くだらないいつものやりとり。非日常から日常に戻ったような、ハウスに帰ったような、落ち付ける空間。


「よし、ではいただきます」

「いただきます!」


 パチパチと燃える焚火を囲む、川で捕まえた魚の香草焼き。近くの魔導陣まで行って魔法で種火を作った。昔のパーティ―でもやっていた、俺の役割。



「にしても疲れたな、ギアーシュ」

「そうか? オレはまだ動けるぞ」

「お前の体力が異常なんだよ」


「あ、マティ、こっちの魚、焼けたよ」

「ありがと、アイ。ん、これ、香草入れすぎ。ちょっと辛い」

「うそ! それ私が作ったヤツ!」

「まあ、アイナのそういうのは今に始まったことじゃないしな」

「う・る・さ・い」

 外観以外はハウスと変わらない、穏やかで少し寒い夜が過ぎていく。




***




「よう、マティ。交代だぞ」


 折った木を火にくべるマティウスに呼びかける。彼は「オリー」と少し驚きながら、川で汲んだ水を勧めてくれた。


「起こしに行こうと思ってたのに。眠れなかった?」

「ああ、ちょっとな」


 万が一アラトリーが来ても対応できるように、夜は交代で見張り。固いに地面に寝ながら、順番で起きて敵襲に備える。


「……みんな、生きてるね」


 当たり前のことを、噛み締めるように呟くマティウス。

 隣に座って、膝を温める。


「……生きてるな」



 自分達が生き延びたことが偶然なのだと、改めて思う。あんな化け物と戦って、戦い続けて、今ここにいる。



「……どんな人だったの? オリーの他のメンバーって」


 好きな人でも聞くかのように、少し躊躇いながら、マティウスが口を開いた。

 何てことないよ、と言うように、努めて冷静に返してみせる。


「あー、面白いヤツらだったよ。アンギがいたずら好きでさ。泊まる場所にこっそり落とし穴掘ったりすんだよ。で、またイージュがそれに見事に落ちてさ」

「うわあ、それは大騒ぎだね」


「だろ? 俺も1回落ちてさ。あれは近くに魔導陣があったらアンギを焼いてたね」

「あははっ、オリーなら本当に焼くかもね」

 口を開けて笑うマティウス。白い髪が炎を映して、濃い赤色に染まる。



「どうだったの、マティのところは」


 聞いたということは、聞いてほしいということ。いつかイージュに聞いた「これが女子にも効果絶大の共感の仕方よ!」という一説を思い出しながら、話を振る。


「ああ、うちも3人みんな変だったなあ。特に魔導士のオルジがひどくてさ。アイツ、冒険者のくせに偏食なんだよ。だから食事が大変でさ」

「へえ、そりゃ困るな!」



 睡眠時間を削って、回想に花を咲かせる。でも、なんとなく今の俺達にはこういう時間が必要な気がして、破裂する木を音楽にしばし語り合った。



「ありがとう、オリー。明日もよろしくね」

「ああ、よく寝ろよ」


 別れを告げ、しばらくは一人の時間。煙が空を駆け上って、青黒い空へ溶けていく。


 アイツらの話をしながら、ふと気がついた。



 魔導士、剣士、射手、白魔術師。あのときとパーティ―と今は、構成が一緒ということ。


 偶然に違いない。違いないけど、ひょっとしたら何かの縁かもしれない。このメンバーでもう一度やり直せ、ということなのかもしれない。



「分からないねえ」



 こっちの気なんかどこ吹く風で自分勝手に揺らめく炎に呼びかけながら、黒一面の夜を過ごしていく。

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