episode7 筋肉と馬鹿とツンデレ


 文体祭。


 その歴史は古く、初めて開催されたのは約四百年前と言われている。


 王国が主催する六校の学園を巻き込んだ、学生達による大イベントで、毎年多くの人がが足を運び、わざわざ他国から来るほど知名度が高い。


 文体祭に参加する六校は、


 シルフォード王国立第一魔術学園。


 シルフォード王国立第二魔術学園。


 王国近衛兵専門付属学園。


 シルフォード王国立騎士育成校。


 王国及び帝国立大陸交流学園。


 そして、レイオス達が通う勇者記念魔術学園である。


 文体祭の開催校は毎年変わり、六年に一度は必ず順番が回ってくることになっている。


 今年はレイオス達が通う勇者記念魔術学園が開催校だ。


 いずれも中等部、高等部の六年制の学園であるため、学園に通う生徒は学園に通ってる間に一度は開催校として主催することになる仕組みだ。




 文体祭では、開催校が日頃の学校生活を王国に対して、『きちんと学業を修めています』ということを発表する場である。


 それが方便であることは文体祭を知るものならば全員が知っていることであり、今更咎めるものはいない。


 実際のところメインで行われるのは各学園の代表が様々な競技で競い合い、優勝校を決める学園同士の戦いだ。


 それを盛り上げるために表向きの理由である発表を、競技の合間に暇を潰すための展示物や模擬店にし、上手く回している。




 ちなみに、ここ百年ほどは、ほとんどの文体祭を勇者記念学園が優勝しており、ここ十年は負け無しだ。







「貴様は代表戦には出るのか?」




 午後の実習時間。


 今日は学園の外周を三時間走り続けるという過酷かつ、面倒なメニューだ。


 事前に告知されていたため、今日の実習で『総合戦闘』を選択した者は少なく、ロゼもその一人だ。


 当然ながらレイオスとカーリは『総合戦闘』を選択しており、並んで他の生徒を置き去りにして先頭を走っていた。




 ちょうど、無心で鐘六つ(三時間)走り続けるのも暇だと感じたレイオスが、横にいたカーリに代表戦の話を振ったところだ。




「代表戦?」


「今度の文体祭の代表を決める戦いだ。自分の参加したい競技に立候補を出せば代表戦に出られる。」


「俺も小さい頃に見たことあるけど、あれに出るのかぁ…」




 カーリは懐かしみつつも、誰もが一度は憧れる文体祭に出られるかもという期待混じりの顔を浮かべた。




 始まって鐘二つ経っても息一つ切らさず、普段通り会話できているのは、二人共流石と言える。




「代表のほとんどが高等部の生徒だ。中等部にも参加資格はあるが、まず代表戦で落ちるだろうな。」


「ダメもとでやってみようかな~」




 走りながら腕を組んで考え込むカーリ。


 腕を振っていないにも関わらず、スピードを落とさずに器用に走っている。




「レイオスは出ないのか?」


「貴族の当主は出場禁止だ。」


「え、なんで?」


「家を継いでなければ参加できるのだがな。当主を継ぐとなると他の生徒との実力差が出すぎてしまう。高等部には俺と同じで、当主を継いでるやつもいる。」




 貴族の当主になるためには三つの方法がある。


 前任の当主が死亡する。


 前任の当主に指名される。


 そして、前任の当主を倒す。


 上二つは年齢で退任する。戦場で命を落とす。などが多いが、ほとんどの当主の入れ替わりは『前任の当主を倒す』だ。


 これは王国に申請を出すことで行われ、血縁者の男であれば誰でも現当主に挑むことができる。


 常に戦場に身を置いてきた王国らしい風習と言えよう。


 そのため、高等部の生徒でも才能あるものなら、既に当主になってるものが少なからずいるのだ。


 ちなみに、レイオスも前当主であり、父親であるレクサス=フィエルダーを十歳の時に挑み、当主の座を獲得していた。




「今回は実行委員もやっているからな、裏方仕事が主だ。」


「じゃあレイオスとは戦えないのか」


「そうなるな。」


「本気のレイオスと戦いたかったなぁ~」


「ハッ!図に乗るな。そういうことは、俺に【ギアス】を二つ解放させてから言うんだな。」




 自分に嘲笑を浮かべるレイオスに、カーリは悔しそうに歯ぎしりするが、どこかこの会話を楽しんでるような雰囲気だ。




「レイオス学生!カーリ学生!お喋りもいいが、これは訓練だ!もっと自分を追い込んでいこう!」


「騒がしいのが来たな。」


「わかりました!レックス先生!うぉぉぉぉぉぉ!!!」




 後ろから走ってきた汗だくのたてレックス先生筋肉


 それにそそのかされてペースを上げるカーリ馬鹿


 呆れ果てているが、カーリに負けじとペースを上げるレイオスツンデレ




「そういえば、レイオス学生は普段、筋トレは何をしているんだい?俺のように筋肉隆々ではないが、引き締まったいい筋肉をしているな…!」




 ペースをあげて追い込んでも喋るレックス。


 自分の筋肉を見せつけるようにパンプアップしながら話しかけてくるレックスを一瞬見たレイオスは、ため息を一つ零す。




「はぁ…筋肉トレーニングはしていない。これは普段の素振りや実践でついたものだ。」




 未だに走りながら様々なポーズを取りながら自分を見るレックスの質問に素っ気なく返すレイオス。




「むむっ、だがレイオス学生の筋肉は相当なトレーニングをした証…!」


「……俺は天才だ。強者であるための才能は全て持ち合わせている。」


「確かに、レイオス学生は神童と呼ばれているし、その実力は俺もしっかり見ている!否定はしないぞ!」




 少し皮肉を込めたレイオスの言葉を気にした様子も無く、それが事実とばかりに肯定するレックスに、少しバツの悪そうな顔をするレイオス。




「人にはそれぞれ色々な体質がある。太りやすい体質。太りにくい体質。俺は筋肉が異常に付きやすい体質なんだ。」


「確かに!強者には過酷な戦いの中で生き抜くために筋肉は必要不可欠であるからな!」




 かつて帝国で最強と呼ばれた傭兵がいた。


 『筋肉とは動と静の素である』


 この言葉はその傭兵が残したものだ。


 人は普段、歩く。掴む。呼吸をする。などの何気ない動作にも多くの筋肉を使っている。


 動きが激しくなればなるほど、筋肉への負担は大きくなり、酷使する。


 例えば、剣を上から下へ振るうことができたとしても、戦闘で敵の動きに合わせて横薙ぎや、袈裟斬りなどに瞬時に切り替えることは、ある程度筋肉が無ければ不可能と言える。


 戦闘だけでなく、この世界の動きには動と静。極端に言えばこの二つの動きしか存在しない。


 この二つの動きを支えるのが筋肉だ。


 レックスが筋肉が無ければ強くなれないと言ったのも、正しいと言える。




「俺の戦い方は超近接における剣と魔術を使ったスピード重視の戦い方だ。きさ…あんたのように筋肉を多くつけ、打たれ強くするのもいい。が、俺の戦い方には合っていない。だから筋肉は実践などでついた最低限のものだけにしている。…それに今後の成長にも関わってくるからな。」


「納得だ!若い頃から多くの筋肉をつけると成長が止まると昔からよく言われているからな!それに、レイオス学生は周りと比べて身長が低いからな!」


「余計なお世話だ。」




 レイオスの言葉に、ようやく納得が言ったレックスは、レイオスの頭を撫でながら豪快に笑う。


 レイオスは心底嫌そうに、レックスの手を払い除けると、二人で話してる間に前に行ってしまったカーリと並ぶためにペースを再び上げる。




 レイオスは中等部一年、年齢的には十二歳だ。


 周りとの身長差はあまり無いと言えるが、レイオスの身長は他と比べると低い。


 本人も少し気にしているところがあるらしく、最近学園街の書店で入手した『身長を伸ばすストレッチ~これをするだけで貴方も魅惑の高身長に~』を毎日熟読し、実践していた。




「何の話してるんだ?」




 ペースを少し落とし、レックスとレイオスに並走し話に割り込むカーリ。




「貴様には関係ない。貴様のようなド平民には到底理解できない話だ。聞いたところで何も変わらない。」


「ちぇっ…あ、そうだレイオス」


「なんだ?」


「レイオスの【ギアス】あるじゃん?レイオスってトロールが現れた時って、いくつ解放してたんだ?」


「解放していない。上級までなら、【ギアス】無しでも勝てるからな……だが、この慢心が犠牲者を出した事は反省している。」


「そっか……」




 カーリは、話が途切れないために出した話題のつもりだったのだが、レイオスの地雷を容赦なく踏み抜く。


 流石のカーリも、悪気を感じてそれ以上何も言わなかった。


 二人の間に気まづい雰囲気が流れる。




 そこに空気の読めない筋肉が一人…。




「そう言えば、レイオス学生が模擬戦で【ギアス】を解除した時に出た黒い靄はなんなんだ?」


「…あれは魔術を解いたことによる残留魔素だ。」


「うーむ、【ギアス】の仕組みがそもそもわからないからな、残留魔素と言われてもピンとこないな!カーリ学生も分かってないようだしな」


「ド平民が理解していないのはいつものことだ。まぁ、まだ時間はある。わかりやすく説明してやろう。」







 レイオスの説明はこうだ。


 この世界には、空気中に魔素と呼ばれる物質が含まれている。


 魔素が体内のタンパク質と混ざることで魔力へと変わり、魔力を魔術回路と呼ばれる体内器官を通して魔術陣から発動することができる。


 レイオスの【ギアス】は、永続的魔術と呼ばれる魔力を使う限り発動する魔術だ。


 それをレイオスが【ギアス】である五つの魔術陣を握りつぶすときに、反魔術レジストを使い、永続的魔術である【ギアス】を魔素へと戻している。


 つまり、レイオスが破壊した【ギアス】に使われている魔力が大量のため、反魔術で魔素に戻した時に視覚できるほど濃くなっているというわけだ。




 ちなみに、反魔術は正確には魔術ではなく、魔素から魔力、魔術に変えていく工程の逆をなぞり、発動した魔術を魔素へと戻すという、かなり高難易度な技だ。







「あれは魔素の塊なのだな」


「そうだ。魔素はそのうち、空気中に拡散して散っていくから途中で見えなくなる。」


「演出かと思っていたぞ!」


「確かにレイオスって、登場の仕方とかこだわるよな~」




 レックスの言葉に、うんうんと頷いて賛同するカーリ。




「【雷同】」




 それがレイオスの琴線に触れたのか、レイオスは大量の魔術陣を空中に浮かばせ、カーリとの距離を詰める。




「やめろ!!洒落にならない!!」


「洒落じゃないから安心して逃げるのをやめるんだな!」


「むむっ!ラストスパートか!俺も負けてられんな!!」




 この後、残り小鐘一つの間、全力疾走をする危ない三人組を多くの人が目撃した。

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