タキオン・リベリオン~歴史に刻まれる王国反乱物語~

@nyonnyon

episode0 昼休み


 数日ぶりに訪れた訓練場。


 いつも訓練に使っている場所とはいえ、今は派手な紅白幕や造花など、綺麗に飾り付けしてあるためか、別の場所のように思える。


 目の前に突きつけられた赤紙を前にレイオスは、先程まで悩んでいたいたことを思い出した。


 貴族としての自分の使命を果たすのか。


 今、大きな壁に向かって立ち向かうのか。


 だが、先程まで悩んでいた過去の自分はもういない。


「俺はもう迷わない。」


☆☆☆☆☆


 約八百年前、魔王ゼーナがこの世界の六割の侵略を完了し、全てがゼーナの物になるのは時間の問題だった。


 魔王ゼーナが侵略を開始する前、この世界を掌握していたシルフォーゼ王国は、王国の先鋭達を送り込むも、圧倒的な魔王軍の圧倒的な力の前に王国は為す術もなく撤退を余儀なくされていた。


 プライドの高い王国側もこれ以上好き勝手されるのは不味いと感じ、古から王国に伝わる【勇者召喚】を行った。


 そして、勇者として召喚された勇者ヒカルは、召喚されてから七年後に魔王ゼーナを倒し、この世界の英雄になった。


 魔王ゼーナを倒した勇者ヒカルは、自分を召喚した王国側に自分の学園を持ちたいと願い、自分の魔術学園を王国領に開校した。


 これが勇者記念魔術学園の創立までの流れだ。


「ここまでのところで質問はあるか?」


 区切りのいいところまで読み終わった男性教諭は、教科書から目を外し、周りを見渡す。


 教師の目に映るのは真剣に教科書を見つめる生徒達。


 だが、その中に一人だけ教科書を開かず、机に肘を置いて、ぼうと空を見つめる少年が一人。


 少年の名はレイオス=フィエルダー。十二歳という若さにして、既にフィエルダー家を継いだ立派な伯爵家の当主だ。


 窓から差し込む光りに反射してキラキラと光る黒髪に、切れ長の瑠璃色の瞳。


 この年で伯爵家を継いでいるだけあって周りの生徒よりもかなり大人びていて、無口でクールな少年だ。


 運動神経はもちろん、頭脳も他者よりもずば抜けており、教師間でも教えることがなく、なぜこの学園にいるのかと裏で言われてるほどだ。


 そして、学園では、成績さえ納めておけばある程度の行動は許容されるため、成績優秀のレイオスが授業を上の空で聞いていても怒られるということはない。 


「じゃあ少し早いが今日はここまでにする。午後からの実習に遅れないように」


 一瞬チラリと時計に目をやった男性教諭は少し考える素振りを見せた後、教科書を閉じて生徒達に声をかける。


 男性教諭が教室から出ていくと同時に鐘が鳴ると、教室が一気にワッと騒がしくなる。


 昼休みは小鐘こがね二つ(小鐘一つで三十分)と、長めに時間が取られており、今日は裏庭で食べようとか、食堂に行こうなどと友人同士で相談している声も伺える。


 レイオスはいつも食堂で一人で食事を取っているため、鐘が鳴った時点で一人立ち上がって早足で廊下を歩いていた。


「よっ!」


 レイオスが廊下を歩いていると四組の教室から出てきた茶髪の少年に声をかけられる。


 レイオスよりも少し背が高く、少し癖のある茶髪と同色の瞳。人懐っこい雰囲気をした人当たりの良さそうな少年だ。


 ちなみにレイオスは二組で、食堂は五組を通り過ぎた先の階段を降りることで行ける。


「……。」


 茶髪の少年にレイオスは声をかけられるも、歩みを止めることは無い。


「おーい!流石にもう慣れたけどさぁ、無視はよくないぞ?」


「うるさいド平民。そして馴れ馴れしい。」


 そんなレイオスの後ろを付いていく茶髪の少年。


 しつこく話しかけるも、レイオスに全て一蹴されている。


「俺の名前はカーリだって何回いえばわかるんだよ」


「貴族は平民の名前など覚えん。」


「それは偏見じゃ…」


 一向に止まる気配のないレイオスを見て、複雑そうな顔でレイオスの横に付いて歩くカーリ。


 カーリはシルフォーゼ大陸の外れの村から来た平民の中の平民で、生まれてこの方、貴族を実際に見たのがレイオスが初めてという自他ともに認めるド平民である。


 初めての実習でレイオスに模擬戦で、こてんぱんにやられてからというもの、レイオスに付きまとうようになり、今では毎日のように話しかけている。


「なぁ、レイオス!今日の実習も模擬戦してくれよ!」


「礼儀を弁えろ。いい加減、貴族に対する口の聞き方を学ぶんだな。ここが学園じゃなければ不敬罪で殺しているところだ。」


「俺、敬語って苦手なんだよな~」


 レイオスは貴族で、カーリは平民。


 普通ならば横を歩くどころか、話しかけることすらもはばかられる。


 この勇者記念魔術学園は創立者であるヒカルの決めた学園内の校則の中に【人種、身分などで差別をすることを禁ずる】と言うのがあり、学園内では平民のカーリが貴族のレイオスにタメ口を使っても、校則上は許される。


 だが、こうも貴族のレイオスに馴れ馴れしく話しかけるのはカーリしかいない。


 レイオスもこの学園に入る時にその校則を了承して入学しているので、カーリに対して強く言う事はない。


「あ、カーリ!」


「ん?あぁ、ロゼか」


「あぁ、ロゼか…じゃないでしょ!」


 カーリの名を呼び、カーリに続いて四組から出てきたのは麻色のローブを深く被った少女、ロゼだ。


 身長は、レイオスよりも少し低いくらいで、鈴の音のような綺麗な透き通る声が印象的だ。


 とある事情で素顔を晒せないため、ローブを被っている。


 後ろから自分を追いかけてくるロゼの声を聞いて立ち止まるカーリ。


 その手にはしっかりとレイオスの制服の袖が掴まれている。


「今日は一緒にお昼食べる約束してたでしょ!」


「あ~…忘れてた」


「もうっ!あ…こんにちは」


 カーリとの話に夢中だったロゼは、カーリの横にレイオスの姿があるのを見つけ、慌てて頭を下げて挨拶をする。


「ああ。」


 ロゼからの挨拶を素っ気なく返すレイオス。


 なんとも愛想が無いと言えるが、これでも周りから見たら異常と言える。


 貴族であり、周りと一歩置いた関係を築いているレイオスが平民からの挨拶を返すということは、とても珍しく、実際に廊下ですれ違った生徒が、挨拶を返したレイオス達を二度見したほどだ。


 実際、レイオスとロゼの面識は少ない。


 ロゼ以外なら挨拶をされても無視をするのだが、半年ほど前に実習中に起きた不幸な事故により、偶然ロゼの重大な秘密を知ってしまったレイオス。


 人に対してに厳しい口調で(主に平民)、すぐに人を見下す(主にド平民)レイオスも、秘密を知ってしまった罪悪感からか、ロゼとの接し方に大変困っており、ロゼからのアクションを無視できずにいるレイオスだった。


「なぁ、ロゼ。レイオスとも一緒に飯食べようぜ!」


「え、えっと…」


「おい、勝手に決めるな。」


 隙を見て逃げようとするレイオスの逃げ場を無くすカーリ。


 レイオスはなんとも不服そうな顔を浮かべている。


「レイオス様がよければ…」


「……チッ。」


 恐る恐るカーリの提案に乗るロゼに、不機嫌そうに舌打ちをするレイオス。


 だが、これは「面倒くさいが行ってやる」というレイオスの意思表示である。


 なんとも分かりにくいが、少し付き合いのある二人には分かったようだ。


「中庭にするか~」


「好きにしろ。」


「じゃ、じゃあ中庭で!」


 カーリの提案で中庭に移動する三人。


 途中、カーリがレイオスの脇腹を後ろか突っついた事で、頭を地面に埋められたこと以外は特に何事もなく中庭に着いた。


「カーリ大丈夫?」


「ペっ!ぺっ!うへぇ…土の味がまだ口の中に…」


 ゲンナリとした表情で、制服の袖口を使って口の周りをゴシゴシと擦るカーリ。


「自業自得だド平民。」


「もうちょっと手加減ってものをしろよ」


「もう一度埋まるか?」


「ごめんなさい、勘弁してください!」


「…ふん。」


 文句を言うカーリの顔に手を置いて、今すぐその顔を潰してやるぞとばかりに脅すレイオスに、命の危険を感じたカーリは全力で謝る。


「あぶねぇ、次やられたら絶対死んでたな…レイオス凶暴だからなぁぁぁぁあたまがうまるぅぅぅぅ!!!!」


 小さく呟かれた自分の悪口を聞き逃さないレイオス。


 カーリの額を地面に叩きつけた後、足でカーリの後頭部をグリグリと押しつぶすレイオス。


 その光景を静かに見守っていたロゼは、この人の事を下手に話題に出したら危ないと心の中で感じていた。



 雲一つない澄み切った青空の下、中庭には学園長自らが趣味で世界各地から集められた花々が風に揺られながら咲き誇っている。


 その近くの小さな原っぱに貸し出し用のブルーシートを敷いていくカーリとロゼ。


 当然ながら、レイオスはそんな面倒くさいことをするはずも無く、近くにあった切り株に腰掛けて読書中だ。


「終わったか。」


 カーリとロゼの作業が終わると同時にレイオスは、読んでいた本を閉じて懐へとしまう。


「終わったか…じゃねぇよ!手伝えよ!」


 レイオスのモノマネをしつつ、ツッコミを入れるカーリ。


 モノマネはそこそこ似ていたとだけ言っておこう。


「馬鹿か貴様は。貴族である俺がそんな雑務をするわけがないだろう?」


「ここでは差別禁止なんだろ!?」


「差別などしていない。だが、俺が貴族であることは事実だ。その事実の前に貴様は俺に労働を強制することはできん。」


「ぐぬぬ…難しい言葉ばっかり並べやがって!」


「あははは…」


 繰り広げられる二人の会話漫才を困り果てて見守るロゼ。どことなく、ロゼからは諦めの表情を感じる。


「あ、今日のお昼は私が作ってきたんです!」


 その後も二人のやり取りは続いたが、一段落付いたところでロゼが話に割って入る。


「ロゼの手料理って久しぶりに食べるな~」


「召し上がれ」


 レイオスとカーリも流石にブルーシートに腰を下ろして弁当箱を見つめる。


 カーリの嬉しそうな声にロゼはふふっと優しく笑って、お弁当箱を広げていく。


 お弁当の中身はありふれたものだが、体長二mを超える鳥であるイーグァの卵焼きや、穴のあいた根菜であるアナコンの煮付け、黒狼の肉をミンチにして焼いたミンチーグに、色合いを気にして平民の中で人気の高い緑野菜、モジャッコリーを茹でたもので飾り付けしてある。


「おぉ~!うまそ~!」


 弁当の中身を見た瞬間、ガツガツと食べ始めるカーリ。


 口いっぱい詰め込んだので頬が、人間かと疑うほど膨らんでいる。


「まるでリスだな…。」


「…?」


 まだ口の中に詰め込みながら、レイオスの嫌味に小首を傾げるカーリに呆れたように肩を下ろすレイオス。


「あ、あの…レイオス様もどうぞ…」


「…。」


 貴族の家に生まれ、貴族の家で育ったレイオスにとって平民の庶民的な料理を口にしたことは一度も無い。


 学園に入ってからも、食堂で貴族専用のところを利用して食べているため、ロゼの弁当はレイオスにとって手を出しにくいものであった。


「あの…」


 顔が見えないものの、声がかすかに震えているロゼ。


 ロゼも貴族のレイオスの口に合うか不安なのだろう。


「はぁ……。」


 レイオスは、ため息を一つつくと、おそるおそるとイーグァの卵焼きを摘み、口の中に放る。


「ん…まぁ、及第点だな。」


 もぐもぐと口を動かしながら、なんともレイオスらしいと言える何様目線で感想を言うレイオス。


「ほっ…」


 安心した様子で胸を撫で下ろすロゼ。


 その姿を見つつ、次の卵焼きを口にするレイオス。


 どうやら口ではああ言っているものの、かなり気に入っているようで、ほのかに口角が上がっている。


 それを感じとったロゼも嬉しそうに目を細めてその姿を見ている。ローブで顔は見えないが。


「むっ…」


 レイオスが三つ目の卵焼きに手を伸ばそうとすると…


「…ん?」


 弁当箱の中は空っぽで、代わりに横には更に頬を膨らましたカーリの姿が…


「…。」


「…とほしたんはれいほす?」


 未だに状況と弁当を飲み込めず、頬を膨らましたまま喋るカーリは、頭の上でハテナを大量に浮かべている。


「私、ちょっとお水を…」


 状況を察したロゼは逸早く立ち上がり、その場から逃げる。 


「くたばれド平民。」


 レイオスの怒りに触れたカーリのこの後は想像に任せよう…。



「楽しそうですね、皆さん。私も仲間に入れてくれませんか?」


 少ししてからレイオス達、三人に声をかけたのはレイオス達よりも頭一つ高い黒髪黒目の青年だった。


 人を小馬鹿にしたような笑みを常に浮かべ、見た目に似合わぬ敬語がなんとも言えないギャップを生んでいる。


「学園長先生…!」


「どうも!学園長です!」


 驚きの声をあげたロゼに元気よく挨拶を返す学園長。


「なんでこんな所に…?」


「おや、私がここにいてはダメですか?ロゼくん?」


「いえ、そんなことは…」


「ここは私の学園ですからね、どこにいても自由なのですよ!アハハハハ!!」


 両手を広げ、高笑いする学園長。


 完全に危ない人だが、この学園の創立者であり、八百年間、学園長のポジションを我がものにしている初代勇者のヒカルだ。 


「八百年生きてようやく頭がイカれたか。」


「口が過ぎますよレイオスくん?」


 世界の英雄に対しても遠慮なく毒を吐くレイオス。


 レイオスはヒカルに対して天敵意識を持っており、この世で一番苦手としている相手だ。


 そもそも何故、ヒカルが今も生きているかと言うと、魔王を倒した際に、神様から一つだけ何でも願いを叶えると言われたらしく、その時に『自分はこの世界と共に命を終わらせたい』と神に願った。


 この世界が終わるまで死なないため、永遠の命に等しく、今現在も老いること無く生きている。


 中々信じ難い話ではあるが、この世界では長命種だと何千年と生きるため、多少なり受けいれられいている。


「それと何気なく会話をしながら、私に向かって攻撃魔術を連発するのやめてくれませんか?」


「やめて欲しければ、今すぐ反魔術レジストをやめることだな。」


「やめたら私、死んじゃうじゃないですか~!」


「もう充分余生を満喫しただろ。素直に死ね。」


「アハハハハ!」


 会話の途中途中で中級の魔術を無詠唱で空中に展開し、不機嫌そうな顔をしつつヒカルに向けて放つレイオス。


 だが、発動と共に空中の魔法陣がガラスが割るような音と共に次々と破壊されていく。


 中庭に無数に広がる中級魔術はなんとも異様と言えるが、それを高笑いしながら正確に反魔術レジストしていくヒカルはもっと異様と言えるだろう。


「おや、そろそろ実習が始まりますね」


「…チッ、時間切れか。」


 レイオスとヒカルが楽しく(?)話している間に、ブルーシートを片付け、気絶しているカーリを膝枕で介抱をしているロゼがこの場においての癒しと言えようか。


「後で覚えていろ。」


 一言そう残し、その場を立ち去るレイオスを見てヒカルは「うわぁ…小物ぽい台詞だなぁ…」と思っていたのはレイオスには内緒である

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