第16話 OH!BOKEH

 高校最後の夏休みが終わり、そして……


 まだまだ残暑厳しい夏空の下


 学校から戻ると毎日、爺ちゃんにただいまって言って決まってそのまま鼻歌交じりに工場の奥まで歩を進めカバーを被った侭のボディに触れる。運転席に乗り込む迄はしないけど愛玩動物に対してする様なタッチによる愛情表現?きっと似た様な感覚?兎に角そんな日々が続いた。


 教習所通いも、晴れて仮免迄来たこともあって9月のとある週末思い切って爺ちゃんに横に乗って貰って練習に出る事にした……ポルシェで出る事も以外にすんなりと了承してくれた。逆に乗ってくれる事を喜んでくれてる様な?


 あの夏の日以来、久し振りにポルシェを工場の奥から引っ張り出す。今回は前日にシャッターの前迄事前に移動しておいてくれたので乗り出すのを待つばかり。しかもカワイイ私手描きの'仮免許練習中'の紙を貼ってね。爺ちゃんが色々準備してくれてる間、するり!と先に運転席(初めての!)に滑り込んでみた。待ちに待ったあの日以来のポルシェの車内だ!


 右ハンドルと左ハンドル、やっぱり景色ぜんぜん違うな? 教習車は勿論国産車で右ハンドルで左手でシフトを前後移動させる訳だが左ハンドルのポルシェは右手で扱う事となる。やっぱり勝手は随分違いそうだな?でも事前のイメージもあったからそれも想定範囲内、きっと為せば成る!


 教習所での癖で、乗り込んでミラーの位置を合わせて、右足でペダル位置を探る。アクセルとブレーキペダルはかなり寄っている印象だ。垂直に切り立った崖の様なフロントグラスは教習車=現代の車と比べればやたら近く感じ圧迫感があるそんなダッシュボードにくっつく様に生えたハンドル位置。その独特なポジションに合わせて座席下のレバーで位置を調整する。背もたれの角度もカタカタと同様に。しかし現代の車の身体を上手く包む様にデザインされた椅子とは全く異なりホールド感はなく相変わらずお尻は滑る。……ん?左の方にもう一個ペダルが?これはブレーキリリース用?試しに位置的に不自然に右足で踏んでみるがスコスコとなんの手(足)応えもない。


「?」


 ……まぁいいか?とりあえずシートベルト。あ!無いんだったっけ?2点式の腰ベルトを装着する。普段右手でキーを差し込み捻って始動する工程だが、そう、ポルシェはハンドルの付け根のダッシュパネル面左側に位置しているから左手でキーを差し込む事になりそうだ。捻る前に再び足元の確認とシフトゲートをN(ニュートラル)確認!


「?」


 さぁ……っと血の気が引く感覚。同時にシャッターが開いて外の眩しい光が差し込んで目の前がぱぁっ!と白くなった。本来なら'新しい朝!希望の朝だ!'今から処女航海!な前途洋々な気分に違いなかっただろう。そして爺ちゃんが助手席に乗り込んで来る。


「どうじゃ?近頃のクルマとは全然違うじゃろう?大丈夫か?……


「……才子?」


 ポジションゲートのないウッドの丸いシフトノブ上部のポルシェのエンブレムマークを凝視したまま私は固まってしまっていた。


「じ、爺ちゃん……これオートマ違うん?」


 私は何の考えもなく、勿論 爺ちゃんにも何の相談もなく、景子の教習所申し込み書のまんま写し書きで同じ内容で提出したんだった。


 AT限定免許


 しかもウチのポルシェがATではない事も、それ以前にそもそもATとマニュアルの構造的違いなど女子には……。教習所で講習はあっただろう筈だが私には無関係!とばかり全く真剣に聞いて無かったし……


「才子ぉぉ」


 能天気にも程がある。


 呆れた様なポルシェ(と爺ちゃん)を残して私は暗黒の奈落の底へぐるぐる真っ逆さまに落ちてゆく。当然、今日の練習は中止。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る