第2話 最初の戦闘

 ダンジョンの中に入って気づいたのだが、天井のあちこちがぼんやりと光っており、完全な暗闇というわけではなかった。

 もしかして、俗にいうヒカリゴケの明かりとやらを模しているのであろうか。

 だとすれば、このダンジョンを造った何者かの趣味もなかなかというべきかもしれない。


 もっとも明かりがあるとは言っても、かろうじで物の輪郭がわかる程度でしかない。

 小説では、ダンジョン内では電子機器が動作しないなどという設定もよくある。このため、ヘッドライトやカンテラに使われているLEDランプが、ダンジョン内でもきちんと動作したことに胸をなでおろした。


 念のために、スマートフォンを取り出してみると、動作自体は正常であるものの、圏外のため電話やインターネットは使用できなかった。

 ゲートを出入りして確認してみると、ちょうどゲートを境に電波が届かなくなっていることが分かった。

 さすがにすべてが上手く行くというわけにはいかないか。そう心の中でつぶやく。

 その一方で、有線の場合はどうなるのかという疑問が湧き上がってきた。

 そこまで考えたどころで、自分の行動に苦笑する。

 興味があることを見つけると、次々と考えが脱線していくのは、私の悪い癖だ。

 まだ、ゲートをくぐって数歩しか進んでいないのに何をやっているんだか。

 とりあず、先ほどの疑問は、ダンジョンの地図を書くために持ってきていたメモ帳に記入しておいて、先に進むことにしよう。


 ダンジョンの壁は、人力で切り出された岩の洞窟のようにみえる。

 岩をノミか何かで切り出したあとにも思えるごつごつした壁である。

 例によって、考えが脱線し、後でサンプルを採取して調査しなければと、メモを取りながら先に進んだ。



 道なりに進んで行くと5メートル四方程度の部屋のような場所にたどり着いた。

 入り口付近の壁に隠れるようにして、部屋の中を覗き込んでみた。

 一見すると部屋の中には何もないように見える。


 ほっと緊張を解き、部屋の中に足を踏み入れた。

「キシャ~~~~」

 その瞬間、入口の天井に張り付いていた何かが、叫び声をあげながら、首元に落ちてきた。

 そいつは、私の首に嚙みついた。

「うわ~~」

 私は大きな声をあげた。

 そいつは、ネックガードの上から私の喉笛をかみ切ろうとしている。

 私は、手に持っていた鉈を放り捨て、無我夢中でそいつをひきはがした。

 地面に放り出されたそいつは、叫び声をあげながら再び私に向かってきた。

 パニックを起こしていた私は、逃げることも忘れそいつを盾で何度も殴りつけた。


 気が付けばそいつはボロボロの肉塊になっていた。

 落ち着いてそれを見てみれば、体長40センチほどのトカゲのような生き物だと分かった。

 だが、それが分かっても私の体は、恐怖のあまり震えるのを抑えることができなかった。

 なぜなら、自分が今まさに死にかけるところだったことを、はっきりと自覚したからだ。

 今回は運よく防具が身を守ってくれた。

 だが、次も上手く行くとは限らない。

 今までの人生では、無害な小動物と考えてきた大きさの生き物ですら、簡単に人の命を奪うことができるのだ。

 

 パニックがおさまるまで、どれだけ時間がたったのだろう。

 気が付くと、視界の隅で何かが瞬いていた。

 コンピュータやスマートホンのショートカットアイコンに似たそれに注意を向けると、『レベルアップしました。ボーナスポイントを割り振ってください』というメッセージの表示されたウインドウが、目の前に表示された。

 ウインドウは、私の視線に連動しているようで、視線を左右に動かすと、それに従って動いていた。

(何だか、邪魔だな。消すことはできないのか?) と考えると、その思考を読み取ったかのように、最初のアイコン状態に戻ってしまった。

(いや、思考を読み取ったかのようにではなくて、完全に思考を読み取っているよな)

 考えるだけで、アイコンからウインドウへ、またその逆へと戻しながら、そう思う。


 レベルアップという単語には心引かれるものがあったが、つい先ほど死にかけたことを思い出し、一旦安全な場所に移動することを決意した。

 たった、一回の戦闘で撤退するというのも情けない話だが、まずは状況確認を行うためダンジョンから出て、リビングに移動した。


 パニックを起こしたこともあって、ずいぶん長くダンジョンにいたつもりであった。しかし、実際の時間は30分にも満たなかったようだ。

 気分を落ち着けるために、時間をかけて淹れたコーヒーを飲みながら、レベルアップウインドウを再度表示する。

 そこには、筋力・体力・敏捷性・魔力の項目と数字が、そっけなく並んでいた。

(まったく、ヘルプぐらいないのかね) と心の中でつぶやくと、『調べたい単語を入力してください』と書かれた入力ウインドウが浮かび上がった。

 ウインドウへの入力は、思考によるもので入力時間という面では短縮になっていた。

 その一方で、ほとんどの質問に対して明らかに説明不足としか言いようのない回答ばかりで、有意義な答えはほとんど得られなかった。

 また、答えられない質問に対して、単純に『回答不能』とだけ回答するのは、どう考えるべきなのだろう。

 最近のスマートホンの人工知能でももう少し気の利いた答えを返すぞと怒るべきなのか、それとも、もっともらしい詩や箴言を答えられてかえって混乱することがなくてよかったと考えるべきなのかは微妙なところであった。

 それでも時間をかけてある程度の情報は得ることができた。


・ゲートとは、第1種異空間連結体の質問者による呼称。

・第1種異空間連結体とは、質問者が門と呼称している構造体。

 ゲートの正式名称が第1種異空間連結体ということが分かった。

 しかし、名称以外は意味不明。

 このヘルプを作成した存在は、専門用語に置き換えるだけや、説明をループさせるのは説明になっていないのを理解していないのだろうか。

 それとも、説明する気がないため、わざと意味のない説明を行っているのだろうか。

 ともかく、正式名称は長いので、ゲートと呼び続けることにする。


・ダンジョンとは、第1種連結異空間の質問者による呼称。

・第1種連結異空間とは、質問者がダンジョンと呼称している存在。

 ゲートと同じで意味不明。

 やはり、ダンジョンと呼び続けることにする。


・モンスターとは、第1種連結異空間内に配置・・された敵性体の質問者による呼称。

 勝手に好きな名前で呼べということか。

 それから、モンスターが門を設置した存在によって『配置』されていることは分かった。


・ゲートを設置した存在について、および、ゲートの設置目的は回答不能。

 とりあえず回答できないことは分かった。


・ダンジョンの階層について。

 ダンジョン内にもゲートが存在しているらしい。ゲートをくぐれば別の階層に移動できるらしい。

 『らしい』ばかりなのは、例によって説明が不親切なせいだ。


・ステータスウインドウは、対象者の思考に直接作用して表示している。

 このため、パーティーメンバー以外の他人からは見えない。

 気を付けないと、ひとりでぶつぶつ言っている危ない人になる。


・パーティーについて

 1パーティーは最大6名。古き良き時代のロールプレイングゲームと同じらしい。

 パーティーで得た経験値は等分される。

 パーティーを編成するにはレベル1以上のメンバーが最低1名は必要。

 また、パーティーメンバーにはステータスウインドウを見せることが可能。


・ヘルプ全文の外部記憶媒体への出力またはプリントアウトは不可能。

 不親切極まりない。


・レベルアップとは、ダンジョン内で敵を倒すなど・・の行動により得た経験値が一定量を超えるとレベルアップが発生する。レベルアップ時には、ボーナスポイントを得ることができる。

 『など』の意味が気になる……。


・経験値とは、ダンジョン内で敵を倒すなどの行動により得る値。

 やっぱり、わざと意味不明な説明にしているよね。


・ボーナスポイント:

 ステータスに割り振って能力を向上させることができるポイント。

 レベルアップごとに2ポイントを得る。

  多いのか少ないのか……。


・ステータスとは、筋力、体力、敏捷性および魔力の4種類。

 レベル0の成人時の平均値を10とする。

 また、通常の人間の限界は18。

 ボーナスポイントの使用により18を超えてアップすることも可能。

 10以下のポイントアップにはボーナスポイント1が必要。

 11以上にポイントアップする場合、必要ポイントが加速度的に増加する。

 ポイントは使わずに、次回以降のレベルアップ時までためておいてもよいとのこと。

 レベルがどこまで上がるのかは不明だが、仮にレベル100を上限とすると、実質的な上限は30程度か。


・筋力:筋肉の力の総量を示す値。

 私の筋力値は7。

 年齢による衰えは隠せないということか。

 一方、30でもマウンテンゴリラ並み。

 十分超オリンピック級の力ではあるが、超人と言うには物足りない。


・体力:スタミナや病気への耐久力の総量を示す値。

 体力値は5。

 昔喫煙していたことで患うことになった肺気腫の影響で体力がかなり下がっているようだ。

 一方、事実上の上限30では、グリズリー並みの耐久力。

 残念ながら、どれだけ鍛えても、戦車相手に素手で挑むのは無理そうだ。


・敏捷性:身体の反射速度等を示す値。

 敏捷値は6。

 年齢を考えればこんなものかもしれない。

 事実上の上限はライオン並み。

 銃弾を完全に躱すのは無理そうだ。


・魔力:魔導具を扱うのに必要な能力の総量を示す値。

 なぜか16もある……。


・魔導具とは、魔力を用いて動作する道具

 やっぱり、説明する気がないよね。


・魔法とは、魔導具により発動される力。

 魔導具とやらを手に入れないと、魔力があっても意味がないことは分かった。

 期待させておいて落とすとはあんまりだ。


・魔導具の入手方法は回答不能。

 そんなことだろうと思っていたよ……。


・死亡した場合蘇生する手段はない。

 当然といえば当然だが、気が滅入ることに変わりはない……。



 私は、さらに質問を続け熟考を重ねた。

 とは言ってもレベル1でできることはあまり多くはない。

 欠点を補い、少しでも生き延びる可能性を上げるため体力値を2ポイント上げることにした。


 その後、初めての戦いを振り返ってみる。あれは、無様な戦いだった。

 相手がトカゲだけならば、今回の教訓をもとに頭上にも注意を払うことで対応できるだろう。

 だが、その先はどうなる? 戦闘に関しては全くの素人である私が独りで何処まで行ける?

 組織的なサポートが必要だ。

 そのためには、何が必要か。人材確保……当然のことだ。だが、それには時間がかかる。

 今できること、今必要なこと……そう考えて思いついたのは防具のことだった。

 今回自分の命を救ってくれた防具。それらはネット上で買い求めたものだった。

 だが、物が特殊なものだけに、在庫には限りがあるだろう。

 もし、ダンジョン探索に挑戦する者が続出することになれば、容易く在庫切れになるに違いない。

 あわてて私が利用していた通販サイトを開く。

 幸いなことに、在庫はまだ十分に残っており、数セットを買い求めることができた。


 ダンジョン探索に興味があるものは意外に少ないのであろうか。

 それとも、興味はあっても野次馬根性でまずは様子見を決め込んでいるのだろうか。

 いずれにせよ、明日になれば状況が変わっていた可能性は十分にある。今日行動することで、うまく防具を確保できたことにほっと胸をなでおろした。

 これで、人材を確保しても装備不足で、人を遊ばせることにはならないだろう。


 その後、再びダンジョンに潜り、入り口付近でトカゲ相手にレベルアップに励むことにした。

 前回の反省を生かして、部屋に出入りする際は、鏡を用いて天井を観察した後、大盾を頭上にかざして移動するなどの対策をして進むことにした。


 最初の部屋に到達して気づいたのだが、先ほど倒したトカゲの死体や血痕はきれいに消えていた。

 どうやら、ダンジョンを造った何者かは、モンスターを『配置』するだけではなく、死体の回収まで行ってくれるようだ。

 便利なことだと思う一方で、その者たちがそこまでサービスをする理由が分からない。

 確かに、死体だらけ腐臭の漂うダンジョンに入りたいと考えるものもあまりいないのは確かだ。

 その者たちの目的が、ダンジョンに人を集めることにあると仮定すると、清掃作業を行うのは理にかなっているのかもしれない。

 ただ、そこまでダンジョンのサービスに依存していいのか不安がある。

 後で、追加料金を督促されることがないよう、ダンジョンの清掃や死体の処理はできるだけ、私たちが行うようにしたほうが良いのかもしれない。


 前回の経験を活かせたおかげもあって、数回の戦闘を経て、比較的順調に次のレベルになることができた。

 幸いトカゲは奇襲さえなければ、あまり強いモンスターではないようだ。

 何回かの戦闘の後では、足で踏みつけた後、ナイフでとどめを刺すことで比較的きれいな死体を手に入れることができた。

 うまく倒せた1頭は、血抜きをした後、ビニール袋に入れてからリュックサックに入れた。

 こいつは、持ち帰って何とか調査できないか考えてみるつもりだ。

 残りの数頭はまとめてごみ袋に入れて、最初の部屋に放置することにした。こうすれば、死体が回収されたかどうかが分かりやすいと思ったからだ。

 前にも述べたように、死体をダンジョン内に放置することには抵抗がある。

 しかし、大量のトカゲの死体を生ごみとして出せば、それはそれで別の問題を引き起こしそうだ。

 死体の処分方法が決定するまでは、ダンジョンの回収機能に頼るしかないだろう。


 ダンジョンを出てリビングに戻ってくると数時間が経っていた。

 自分で意識していた以上に集中していたせいで、時間の感覚がおかしくなっていたようだ。

 持ち帰ったトカゲは、内臓を取り除いた後、ラップに包んで冷蔵庫に入れて置いた。

 内臓を取り除く時に気づいたのだが、心臓と対になる位置に小指の先ほどの石を含んだ器官があった。

 ゲームだとこの石が、魔石になるのだがはたしてどうなのだろう。

 とりあえず、石は別に保管しておくことにする。


 なお、レベルアップ時のボーナスポイントは、前回と同様に体力に割り振った。

 おかげで、息切れを起こす割合がかなり減ったようである。

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