酔いどれ幼馴染みお姉さん×ヤンデレ

レア缶

第1話 田酒

看護専門学校を卒業した。

そのまま学校の系列の病院に就職して、まだ半年も経っていないことに気がつく。


私こと 鍋島なべしま 真澄ますみ は、現場の大変さにうちひしがれていた。


座学も実習も、必死の思いでクリアしてきた。

卒業したら勉強から解放されるかと思いきや、看護師は勉強の日々なのだと思い知らされた。

幸い人間関係には恵まれどうにかやっているが、ようやく仕事を終えてアパートに帰るころには、いつも心身ともに疲れきっていた。


でも、私のアパートが見えてくると、疲れが和らぐ。

二階の一室、私の部屋にあかりが灯っている。


彼がいるときは鍵があいているから、そのままドアノブをひねる。


「あ、おかえりなさい、真澄さん。

もうごはんできますよ」


彼は 久保田くぼた 飛露喜ひろき という。

私より二つ年下で、今は大学二回生。

間柄は、幼馴染み。


「ひろくん……、いつもありがとね……」


「急にどうしたんですか、……どういたしまして。

あ、先にお風呂に入ってもいいですよ」


「んーん、おなか空いちゃった。

先にごはん食べるよ」


ベッドに飛び込むのを我慢して、シャワールームで服を部屋着に着替える。

こういうことをさぼると、彼に叱られる。

リビングに戻ったら、もう彼の手で配膳されていた。

今夜の献立は、塩しゃけ、大根の煮物、お味噌汁、あとお浸し。

疲れた体に、この夕食の滋味のなんと深いことか。

ぐぐ、とのどが鳴る。


「さ、食べましょう。真澄さん」

「うん、ありがとう。いただきます」


彼の手料理はいつも通り美味しかった。

食べながら、お話をする。


「ひろくん、しゃけの皮食べないんだ」


「そうですね」


「食べていい?」


「いいですよ、どうぞ」


「ありがと。

……ひろくん、聞いてよ」


「ん、何ですか?」


「私のお目付け役の看護師さんがね、鍋島ちゃんは要領もいいってほめてくれたの」


「すごいじゃないですか。

まあ真澄さん、昔から仕事早かったですから」


「んーん、ほんとは私は要領なんてよくないの。

本当に要領が良かったら、君にこんなことさせてないよ……

全部任せっきりで恥ずかしいよ……

……ごめんね、こんなことさせて……」


「……真澄さんは悪くないですよ。

人には向き不向きがありますから。

真澄さんは仕事が早くて、優しくて、誰より患者さんのことを考えています。

家事が苦手だとしても、そこは変わりませんから。

だから、自信を持って下さい。

こういう形でなら、僕が支えてあげますから」


「……ひろくん……

ありがとね……」


彼は「いえ」と囁きながら微笑んだ。


私は彼のことが好きだ。

私の悪いところを含めて全部知っていて受けとめてくれる彼のことを、愛している。

でも、私はこの想いを彼には伝えられずにいた。

彼には、私の駄目なところを昔から見せすぎてしまった。

ほぼ間違いなく、彼は私のことを、放っておけないところのある実の姉くらいにしか見ていないだろう。

去年、つまり私が専門学校三回生で彼が大学一回生のときにこの関係が始まったのだけれど、実際彼は私に手を出してこなかった。

勝算がないのに未だに彼に家事をやってもらっているのは、私が忙しいからというのは理由の半分で、もう半分は惰性でも彼と一緒にいたかったからに他ならない。

我ながら、本当に情けない。

そんな感情と仕事の鬱憤を晴らしてくれるのは―――


「ごちそうさま。

今日も飲むんですよね?

おつまみ用意しますから、その間にお風呂に行ってきて下さい」


―――お酒だった。



・・・



カラスの行水のごとくシャワーを浴びて、髪を乾かしながら、台所にいる彼の様子を見る。


田酒でんしゅが半分残っていたから、今日は冷やなんだね。

おつまみは……、おおおお!!ホタルイカの沖漬けかな!?いつのまに買ったの?)


彼は、ふんふんと鼻唄を歌いながら皿にホタルイカを盛りつけていく。

大葉を敷いたりネギとおろししょうがを添えたり、妙に手が込んでいる。

前はそんなに凝っていたわけではなかったけれど、私が誉め続けたらだんだんこうなった。


「真澄さん、シャワーだけとはいえもっとしっかり温まってきて下さいよ。

明日に疲れが残っちゃいますよ?」


「いいの!はやくお酒と君のおつまみで一杯やりたいの!」


「もう、仕方ないですね……」


私を心配して、すこし叱ってくれる彼。

私に料理の腕をほめられて、嬉しそうな彼。

いとおしい。

キッチンに立つ彼の背中に抱きついて、感謝と愛の言葉を囁きたい。

でも、できない。

そんなことしたら、関係が壊れてしまうから。

だから、お酒に逃げる。


「はい、田酒の冷やです。

おつまみはホタルイカの沖漬けです」


「うわはぁー!いただきまーす!」


彼が徳利からお猪口にお酒を注いでくれる。

くっ、と一口、口のなかでぬるく甘い香りの液体を楽しみ、喉に流す。

そのあと、沖漬けを食べる。

ふたくちサイズだけど噛みきれなかったのでひとくちで。

ホタルイカのとろりとした味わい、歯ごたえが田酒の濃い甘みの名残とよく合う。


「あぁーーーー~~~……

死んでもいいかな、今」


「何を言っているんですか。

いずれ肝臓が悲鳴をあげる前にほどほどにしないと、本当に死んじゃいますよ」


「いや、いい。

お酒に殺されるならいいよ、私は」


「僕は嫌です」


「…そう?」


「はい」


彼はまだ十九歳なので、お酒を固辞している。

そういうわけで、今は彼はあたたかい緑茶を飲むばかり。

私はといえば、すこし酔いが回ってきた。


「ねぇ、ひろくん。

すこーしだけ、飲んでみない?」


「もう、飲みませんって。

だいたい、僕の誕生日覚えてますか?」


「えー、……あっ」


「……忘れてたんですね」


「ち、違うよ!酔っちゃったからすぐには出なかっただけだよ!

来月の3日でしょ?すぐだよね!」


「……いいですけどね。

ですから、もうちょっと我慢すれば堂々と飲めるようになるんです。

それまでは飲みませんよ。

…僕も、真澄さんと飲みたいですから」


「ひろくん……。

……よーし、君の誕生日にはお姉さん奮発していいお酒買っちゃうからね!

あ、そう、誕生日といえば、―――」


お酒と彼のおかげで、仕事のつらさが次第に頭から抜けていく。

代わりに酔いが回っていく。


そして、2合ほど残っていたお酒の最後をおちょこに注いだあたりから……記憶が無い。

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