第19話 しあわせへのみち

「あれ?帰んないの?」


俺は博士に尋ねた。


「あぁ...、ちょっと用事があるので、

先に帰ってください」


「そう?じゃあ先に...、帰るよ。

気を付けてな?」


「はい...」


博士が俺と一緒に帰るのを断るなんて珍しいな...。

まあ、友好関係も築いてきたし、偶には別の人と帰っても可笑しくないか。


結人はそう考えながら、廊下を歩いた。

そして博士はその後ろ姿を教室のドアから覗いて見ていたのだった。


手紙を懐から取り出し見た。


『あすの ほうかご ひとりで したの

ちずの ばしょに きてください。はなしたいことがあります。もし、だれかときたり、だれかにしられたら、

ゆいとはあなたの めのまえから きえます』


という平仮名の文面。そして地図が記載されていた。


こんなもの無視してもいいのだが、

最後の一行が、自身をゾッとさせた。


結人が帰ってから5分後、帰り道に地図に記載された場所に向かった。


その場所は都会なのに未だ手付かずに残ってる誰も近寄らなさそうな森だった。

コンクリートで舗装された道路が寂しく道標となっている。


息を飲みその鬱蒼とした森の道を歩いて行った。


坂を上り終えると、古い白い建物がそこに現れた。窓ガラスが幾つか破壊され、

コンクリート片が散乱している。

見るからに廃墟のホテルだ。


近寄りたく無かったが、仕方がない。

こんな所で話をしたいと言った人物は一体誰なのか。


「だ...、誰か居ますか...?」


開放されたドアを通り、恐る恐る尋ねた。


すると、物陰からスっと立ち上がった。

その影を見て一瞬心臓が止まりそうになる。


「待ってたよ」


「...あなたは」


「木葉さん...、いえ、アフリカオオコノハズクの博士さん」


笑みを浮かべたのはつい先日初めて出会った京ヶ瀬真希だった。

博士の脳内に次々と疑問が浮かんだ。


「な、何故私の本当の名を知っているのですか」


「あのリナを尋問したらね...

古壁が崩れ落ちるようにボロボロと」


「で、なんでこんな気味悪い所に...」


今まで愉快そうに見せていた笑顔が一転

剣呑な顔に変わった。


「正直に言う。あなたを結人から引き離す為」


「えっ...?」


彼女の言葉に戸惑った。


「実はね、私、結人の事が好きなの。

なのに、勝手に横入りして来たアンタが結人と付き合ってんのが許せないのよ」


真希は博士に近寄る。

思わず身を退けた。


「許せない点がもうひとつ。

アンタの事調べあげたら滑稽なことに

“ここの”人じゃないみたいね...

しかも、人じゃないし」


「...」


「私の所にアンタの姉を名乗る奴が来てね。最初は知らなかったけど、あの人もそうみたいじゃない。本当はあの人も私を利用したから、腹が立つけど、今一番腹が立ってるのはアンタ」


頬を切り裂きそうな目付きをする真希に

恐怖心を抱く。

心臓の音が鮮明に聞こえる。

今にも逃げ出したい。


「なんで人でもない架空の存在のアンタが結人と付き合ってんのよっ!」



声を荒らげると共に、大きめの石を窓に投げつけ、バリーンと音が響いた。


「...何その怯えた目。そんなに怖い?だったら、結人の目の前からいなくなってよ…」


「そ、それは...」


「私が結人の前から消してやりたいけど...、結人が悲しむのは私も見たくないから...、代わりに」


襟元を掴まれる。


「ふぇっ!?は、はなして...」


「アンタの世界なら野生なんとかって出来るかもしれないけど、ここは現実

ただの非力な人間。言うこと聞きなさいっ」


襟元を掴まれたまま、移動する。


「やめっ...、やめてください...!」


無言のまま、ある大広間に連れてかれた。突き放される様に、襟元から手を離した。


「虫唾が走るんだよね。アンタの顔みてると」


「こんなことして...、ユイトに言ってやるのです」


「結人を悲しませるような事したらアンタどうなるか知ってる?

私が結人に嫌われたら、一生アンタのこと、いじめ続けるよ?」


彼女の足元で小さなガラスの破片が割れた。


「残された選択肢はアンタが結人の目の前から消える事だけ」


「イ、イヤです!!」


ハッキリと、空間に響く声で、断言した。


「ユイトは...、私に救いの手を差し伸べてくれた恩人なのです!大切な友達なのです!初めて...、初めて家族というものを教えてくれたひとなのですっ!」


言い放った刹那、右側をビール瓶が高速で駆け抜け壁に当たり砕け散った。


「さっきからさっきから...

結人結人って...!」


素早く木の椅子を持ち上げる。


「気安く呼ぶんじゃないっ!!」


目の前で叩きつけた。


「うぁっ!?」


直撃はしない物の、その音の大きさはトラウマレベルだった。


怯んだ博士の襟元を再び掴みあげる。


「その口から結人の名を言えないようにしてやる...!」


「やめてっ!やめるのですっ!!」


野生解放さえ出来れば、こんな奴に負けることは無いのに。


「鳥の分際で家族とか友達とか言いやがって...!」


首こそは締めないものの、強く揺さぶる。


「これでも食いなよっ!」


「むぐっ...」


始めから仕込んでおいたのか。よく分からない。カサカサした物を口に詰められる。恐らく何かの虫だ。なんの虫かはよくわからない。余計に気持ちが悪い。


足で彼女に抵抗をする。

蹴った足が、膝にあたり


「痛っ...」


と声を出す。

彼女が怯んだ隙に、


「ガハッ...ガハ...」


口の中の異物を吐き出す。

その正体は死んだ蝉だった。


「ハッ...ハァ...」


「お前っ!!」


発狂したのか、怒りが篭っているのか、

風船が破裂しそうな音域の声を出し、

蹲る博士をサッカーボールの如く3、4回蹴った。


「いやっ...!やめっ...」


首の後ろを掴み、再び場所を変える。


「もういいっ!私がお前を消してやるっ!」


「離せですっ!くっ!」


古びた室内の階段を登り、2階に移動する。元々は客室だったのか、幾つも部屋の扉がある。


その一つを真希は開け、博士をその中に無理矢理押し込んだ。


「出してっ!!出すのですっ!!」


「うるさい!お前はそこで飢えて死ぬのよっ!!」


真希はドアを手に届く範囲の廊下に放置されていた物で塞いだ。


ドンドンと叩く音がするものの、

扉はビクともしない。


「ハァ...、これで...、

結人は私のモノ!!!!」


アハハと高笑いした。

一方、閉じ込められた博士は...


全身の力を込めて扉を押した。


(ユイトと...!ユイトとっ...!)


彼との思い出が脳裏に次々と思い浮かぶ。何とかしてここを出なければらない。必死の執念だった。


何度か、扉を押し、やっと通れる空間が出来た。


「はぁ...、どうなってもいい。ユイトに言ってやるのです...」


一方、真希は。

1階のロビーを見下ろす2階へ通じる階段の横にある柵の前にいた。


「SNSのプロフ彼氏持ちに変更しよ〜!

あはははっ!結人と自撮りしたいなぁ〜!」


静かに廊下を歩き、目に入ったのは

真希の後ろ姿だった。


ふと、自分の頭の中に、“結人と幸せになる為にはどうすればよいか”という疑問が浮かんだ。


足を止める。


目の前にいる彼女が、弊害になるかもしれない。


そういう考えが間欠泉から吹き出た湯のように湧き出た。


博士の足は既に動き出し、彼女との距離を詰めた。


「私が結人と結婚したら...

川宮真希?京ヶ瀬結人?あー...

子供の名前はっ」






刹那、私の両手が視界に写った。


ザクッという、音がしたと思ったら、真希が姿を消した。


ドスッという、鈍い音がした。


ドミノ倒しの様に起こった出来事に、呆然と立ち尽くした。


下を覗くと…




















「おい、博士」


「はっ...」


後ろを振り返った。

そこにいたのは気賀だった。


「なに寝てるんっすか、もうすぐ昼休み終わるよ」


(昼休み...?)


直前の自分の行動を思い出した。

あの手紙を受け取りどうすれば良いか、

考えようと思い、集中出来る図書館に来ていた。


「きょーじゅ...、ありがとうございます」


「まあ、授業始まるのに起こすのは当たり前だよなぁ?」


「目が覚めました...。私は...、すべき事をします。正しい選択を...」


「お、おう...」


気賀は彼女が何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。





放課後、夢の通りに結人を先に帰し夢で見た通りの外観をした廃墟に向かった。


そして、


「待ってたよ」


真希だ。


「あなたが何故ここに呼び出したのか、察しが付くのです。

1つ、私から話したい事があるので、

お話しても良いですか」


「え?」









「博士、どうした?」


家に帰ると、結人がそう尋ねた。


「あの、結人。突然で申し訳ないのですが...、京ヶ瀬真希と付き合ってください」


「え、ええっ?」


突然の事に俺は驚いた。

それから、博士から詳しい話を聞いた。


「...という事です。

私は、結人と一緒に帰ることが少なくなりますが…。そもそも、別の世界から来た私も、浮かれてたのです。そんな夢物語を見ていたなんて、長であるのに、たるんでいましたね。友達のままでいてください!」


博士は笑顔でそう俺に打ち明けた。


「じゃ、じゃあ...、将来は?」


「将来って...、今まで通り助手と一緒に図書館で暮らして、かばんに料理でも強請って暮らしますよ」


「という事は...、パークに戻るの?」


「文化祭を終えたら...、帰ります。

いきなり帰ったらユイトが寂しがるじゃないですか」


俺は納得が行かなかった。

気持ち的な意味で...

そして、今まで積み上げてきたものという意味で...


「ユイトとマキが付き合う事が、本心なのです」


「....でも、俺はっ」


「何ですか。長の命令に背くのですか?ユイトも偉くなりましたね。

いいですか。長の命令は絶対です」


真剣な眼差しを俺に向けた。

余地は無い。そう感じた。


「...わかった。真希と付き合うよ」


「その証拠に、メッセージを送ってください」


俺は言われた通りに、携帯で真希にメッセージを送った。


『君が俺を好きな事を博士から聞いた。

俺も友達として、博士とはちょっとふざけてただけだ。現実的に考えて、俺は君の気持ちを受け入れるよ。付き合おう』


「...これでいいか?」


「ええ」


俺は送信を押した。

だが、個人としては腑に落ちない所があったが、博士はホッと安堵したような顔だったので、なんとも言えなかった。


「お風呂入ってきますね...」


「あの、俺は...」


「...ユイト、普通は1人で入る物ですよ?」


そう言って、部屋を出てしまった。


「...ハァ」


俺の口から重いため息が、自然と出た。






(これで、良かったのです...。

これで...)


顔を水で濡らした訳でもないのに、

濡れている感じがして、イヤだった。


思いっきり桶に水を溜め、顔を洗い流すのだった。

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