第8話 失ったもの

僕の名はアクイである。ドールマスターのアクイだ。ヒーローショーに降り立った時は、僕はドールマスターとしての記憶を一時的に失う。僕の頭は、その程度のメモリーさ。その時、僕に向かって声が聞こえる。

「よっ、アクイお帰り」

その声に僕は応じる。

「ロスト先輩じゃないですか!」

ロストはきっと、突然僕を殴る。痛てーな。カプセルから冗談だってのに。配達マスターのロストだ。

「ロストよ、コツコツを運んでくれて有り難う」

と、僕はヒーローショーで悪役を演じたロストに言う。ロストはつぶやく。

「ウスバからの贈り物贈り物だってのに……」

ここでの僕とロストの会話はどうなっているかって? ここは、カプセルから遠く離れた場所にある『観客』達の拠点である。その拠点は、娯楽であふれているのだ。

僕ともう一人のドールマスター『ダーク』が経営しているヒーローショーも、その一つだ。簡単に言うと、僕達は『観客』を集めて『テリトリー』を広げ、金と活動権利を手にしようとしている。そして、全ての権限を持つのは、カプセルマスターのキングだ。

そのキングをもってしても、『観客』達までは操れない。つまり僕達は、カプセル内でのテリトリーを争っているのだよ。もう一つ言うと、僕達マスターも他の娯楽を観客として楽しむことも多い。

それにしても、アイドル管理者『ウスバ』もヒーローショーに参戦してくるのは予想外だったぜ。僕は幼い頃、ウスバと一緒に『ハゲトラ』というキャラクターを生み出した。ただの鍛冶屋だったが、他のドール使い達の最高傑作『ヒーロー・ユウキ』によって、ハゲトラは重要なポジションに現在いる。

僕は、ダークと二人でヒーローショーを経営しているのだが、一般観客も介入できる。当然、審査に合格する必要があるけどね。ダークがやって来る。

「俺は『ヒリュウ』をヒーローショーに送り込んだ。それはいいとして、アイドルのくせにウスバは、自らをヒーローショーに送り込みやがったぜ。ウスバもその間は、アイドル管理者としての記憶を失うがな。ウスバのヤツ、アイドルで幅をきかせているのに、ヒーローショーを乗っ取る気か?」

「さあな」

と、僕。

ダークの最高傑作は、悪役『シハイ』である。要するに、カプセルとは人形達が集まる場所なのだ。競馬マスターのブレンドが話しかけてくる。

「アイドルは厄介だよな。ヒーローショーを少しギャンブルにするってのはどうだ? 俺も協力するぜ。金がないことにはどうにもならん」

「断る!」

と、僕とダークはきっぱり言う。ブレンドは呆れて言い直す。

「チケットのことだよ。今までのやり方で、テメーら二人は上手く稼げたのかな?」

「お願いします!」

と、僕とダークは手のひらを返したように言う。

結局、ヒーローショーで競馬中継も行うという条件が付いた。しかし、ブレンドのチケット販売網は油断できないぜ。ブレンドは更に言う。

「サッカーマスターとか野球マスターとかも頭を悩ませている。油断していると、ヒーローショーもなきものと化す」

「気をつけるよ」

と、僕。

アイドルのウスバは最近、配達マスターのロストと一緒にいることが多い。ウスバは配達を頼みたい物がそんなに多いのだろうか? アイドル達の人気は高く、ヒーローショーのテリトリーもヤバイ。その相談をしているってことはないよな。ロストはウスバにはっきり言う。

「失った物を配達することは不可能だ。ロストの名を持つ俺でもな。魔法刀のアイデアは、俺とウスバで考えたよな。魔法刀を使っての『悪役からの贈り物』作戦は、現時点で実行できはしない」

ウスバは考えてからロストに言葉を返す。「つまり、思い出を呼び覚ますには、アクイ自身にかかっているということね」

ロストはうなずく。そして言う。

「俺は配達マスターの名にかけて、実体のあるものは届けるぜ」

「アクイとダークは、私の大切な友人だもの」

と、ウスバはつぶやく。そして、ウスバとロストは別れた。

そこで僕は、ロストを捕まえる。

「ロストはウスバと何を話していた?」

「依頼人のプライバシーは、守る主義なんだ」

と、ロストは言った。僕に聞かれたくないことなのか、ウスバよ? 思い出を失ったとでも考えているなら、筋違いだ、ウスバ。僕は一人つぶやく。

「僕だって覚えている。僕は名刀を探していた。往年のヒーロー達は、名刀と共に輝いていたんだ。魔法刀って何だよ、ウスバ! 名刀の意味とは、捉える人によって無数に存在する。それだけじゃない。その時々で変わっていくものさ」

ウスバは久しぶりに僕に声をかける。

「それでは魔法にはならないのよ、アクイ君」

「ウスバは少年アクイを探しているのか?

今の僕ではなく 」

「そうかしら?」

ウスバの目は、笑ってはいなかった。ウスバは、失い続けていく人の気持ちを探しているのか?

「もっと単純なものだろう」

と、ダーク。

「どういうことだ?」

「ウスバは魔法を使いたいほど現実を求めているってことさ。さあ、俺達はヒーローショーを盛り上げるぜ。アイドルも寄せ付けないほどに」

ダークは、僕の問いを濁した。僕の頭に浮かんだのは、『ハゲトラ』の設定を僕とウスバの二人で考えている時のことだった。

カプセルへと戻った僕に残されていたのは、名刀と魔法の記憶であったのだ。きっとそれらは、失ったものではないのさ。僕は、悪役の崖っぷちにいる一人の役者へと戻っていく。ヒリュウが僕に声をかけてくる。

「メンテナンスは済んだようだな、アクイ」

僕は答える。

「体調は良くないな」

ウスバの魔法刀が飛んでくる。

「言い訳をするな! いや、観客にアピールしたのね、アクイ」

僕は叫ぶ。

「どうやったら僕がそんなに計算しているように見えるのだ!」

ウスバは笑顔で言う。

「アクイに魔法をかけてあげる」

その表情は、大人になったウスバを見ているような感じだ。ヒリュウが適当なことを言う。

「アクイが贈り物をすれば、魔法は解放され、魔法刀は名刀に変化するのさ」

しばらくすると、オーナーの集合の笛が鳴る。一流のヒーローの調整を、手助けすることになったらしい。このステージは、大人チキンなオーナーによって調整されるのがもってこいだからな。疲労回復の器材があふれている。ヒリュウは僕に耳打ちする。

「ヒーローがどんなもんか奇襲をかけないか?」

「僕はそのつもりのだが、ヒリュウは同じヒーローだろ?」

「同じではない。格が違うぜ」

ヒリュウは自信たっぷりで、あべこべなことを言ってのける。失ったものが、僕の目の前をかすめた。一瞬のことだよ。それはきっと、悪役達の原点にある。本当の魔法を見たいと、僕は心に刻む。僕は導く術を、頭の何処かへと追いやったのだろう。今の僕は無力だ。だがいつか見てろよ、ウスバとオーナー。ついでにヒリュウもだよ。

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