第22話『矜持』

 絶対ダメよ、断りなさい!

 従者への叱責を向けながら、アイラは胸の内で叫んだ。

 加えて眼前の最条を睨む。面倒なことを。不満げに口漏らし、アルヴァへの圧を強める。

 ベルセルクとの決闘などとんでもない。いまここで問題を起こしてしっぺ返しを喰らうのは、叔母であるエリザードだ。それだけはなんとしても避けたい。

 出所のわからない身分の許嫁アルヴァ――。叔母である彼女の依頼によって派遣された彼は立場上の偽物フェイク

 なにかの節にそれが露見されれば、危うくなるのは依頼主クライアント

 おそらく疾羽はそれに気づいていたのだろう。もとから《武鬼》と《略奪》は反りが合わない。叔母の行動に逐一苦言を呈するのが茶飯事。

 加えて此度の学園計画も彼女の発端だ。ほかの五大貴族から不満が漏れ聞こえてもおかしくはない。武鬼にとってこちらに不利な情報は集めておきたいはず。

 それに疾羽にしてみれば、こんな学生ごっこに付き合うこと事態が屈辱に違いない。

 油断した。決闘などして仮に負けでもしたら、不利になるのはコッチ。しかし仮にもしアルヴァが勝ったとしても、事態は好転しない。

 五大貴族の勢力はあくまで均衡という暗黙の了解。その前提を崩してしまっては、政治がなり立たなくなってしまう。故に。



 絶対、受けちゃだめよ!



 アイラの胸中をどう受け取ったのか。背後から感じるただならぬ主人の気配に、当の青年は身震いした。悪寒といったほうが正しい気配になんとなく事情を察して、けれどそれが出来ないことを自覚する。

 眼前の最条を見つめる。筆頭はその武器である大剣。見取れる風格は幼いが修羅場を潜った目をしている。先程の太刀打ち、僅かなものだったがその気迫と動きに見入った。

 久しく憶えることのなかった感覚がじわじわと蘇ってくる。

 それに今のオレはお嬢様の許嫁パートナーだ。オレに刃を向けることは彼女に向けたことと同義。そんな無礼を見逃しては男が廃ってしまう。

 彼もそれが解ってるからこそ、あえて不躾な行いをしているのだ。

 この勝負、降りるわけにはいかない。


「いいですとも、お受けしよう」


 なんせお嬢様が見ている。そんな折りに格好悪いところは見せられない。


「都合が良い。アイラ、レッスンの時間だ。そこで見ているといい――」


 深く呼吸をする。切り替えのための一息。全身を透徹するように、マナをおっぴらぐ。メラメラと墨流れる巡光に意識を乗せた。


「相手の負かし方というものを」

 

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