第18話『学園——スクラム——』

「迷街区……」


 聞きなれないその響きにアルヴァが首を傾げたのは記憶に新しい。



 アルケメター迷街区――千古の昔、創世の三女神が眠りに着く際に作り上げられた神々の眠り手のひとつ。子どもから大人まで誰もが知る神話のなかに登場する有名な話だ。



 女神の墓と呼ばれるそこは、まだ世界に無限の大地があった黄金の時代、それよりもさらに過去の、空間そのものが赤児だったころ。創造神・地母神・天界神の三柱が世界を開拓して眠りについた場所。



 それが迷宮ダンジョンと呼ばれている。

 街の中心に聳え立つ、骸白の塔。



 この街に来たとき、はじめ誰かに見下ろされているような感覚がしたのは、おそらくアレのせいだろう。



 昨日の段階で駅から既に見えていたが、実際に近づいてみると、その比ではない。



 光さえも引きつけない。一切の畏怖と備えた遺物。外観そのものはいたってシンプルで綺麗な円柱型をとっている。すべての始まりであり終わりでもあるそれは、骸の骨を思わせる。



 陽を呑んで皓々とかがやく美しい白亜は、一切の風化の憂いもない。如何なる手段でも傷一つつくのない神の遺物。一見して石造りに見えるが煉瓦のように積んであるというわけでもなく、詳細は不明だ。



 実を言うと、まだどんな鉱石かさえも判明していないらしい。おそらくその概念すら間違いだろう。



 壁面は一面真っ白で、有機的なものは一切みられない。まるで生物そのものが塔を畏れるかのように植物の類いすらない。



 唯一、所々から水を吐き出す口が視られるが、それだけだ。鞺々たる瀑布たき下の水路を埋めて、上空に虹が架かる。



 塔の外周には水路が繞らされ、そこに溜まった水が放射状に水路を巡り、やがて央都へ続く川を形成している。



 水自体の出所もよく解っていない。謎がなぞを呼び、きょうまで識人たちを悩ませてきた。



 そのせいか、半径一キロ圏内を国の管理下として一般の立ち入りを固く禁じている。



 おかげで街を歩く人間も白衣の研究員か軍服くらい、街というよりも巨大な研究施設という印象をあたえる。



 まあ、それも間違いではない。実際ダンジョンには未知のテクノロジーが溢れており、なかには所謂、神器といった超物もあるようだ。学者がこぞるのもわかる。



 迷宮の外周り、東西南北それぞれに入口へ繋がった橋が架けられている。そして、その目の前にそれはあった。



 迷宮の周りを囲むように聳え立つ四つの建造物。入り手を塞ぐように屹立するそれは、巨大な城門に思える。かつての遺跡を改築した名残は、得もいわれない荘厳さをかもし、広大な土地は様々な校舎カレッジが建ち並ぶ。



 そしてその広い校内のひとつ、講堂の一列にアルヴァとアイラの二人は並ぶように立ちびたっていた。



 なかはと外は完全に遮断されており、季節にたがえ冷え切っている。

 周りには同じく制服を身に纏った男女が講堂を埋め尽くす勢いで集まっていた。



 皆、出で立ちが若い。平均しても成人を下回るくらいだ。

 彼らも同様の招集をくったのか、目に明らかな困惑と苛立ちが募っていた。

 そしてほぼ全員の目が、眼前の壇上に注がれていた。



 四月も晴れの、開花を待った植物たちが世界を飾る今日この頃。青年たちの煩慮と裏腹のよく晴れた春の日。


『これより、ノースガルバ迷宮特区学園の入学式、、、を執り行なう』


 拡声器の声に各々の視線が集う。反響する男の声音が静寂を断ち切った。

 口調からして軍人の壮年は見慣れない服装をしていた。形状は軍服のようだが、アルヴァでさえ見覚えのないデザイン。



 朱色の封筒が送られてきて数日、不可解な人事異動の連続にいよいよアルヴァの眉が歪む。

 先日のアイラの除隊にも驚いたが、今回の比ではない。



 青年の情報網にさえ掠らないところをみると、内部のごく一部のものしか知らない案件のようだ。それにしても大がかりだ。

 想定外の不可解に仮面の下が僅かに鋭さを帯びた。

 まあそれも、すぐに解るわけだが。


『――それでは、理事長より挨拶を』


 長たらしい式典も大概に、さっさと本題に移るようだ。

 壮年の声が一歩下がると同時に出てくる見慣れたシルエットに、呆れを通り超して目眩を覚える。



 大衆の目が現れた彼女に一斉に集まった。そして徐々に動揺を趨らせる。一部からはぎょっとした声も上がっている。



 そりゃ、二度見くらいするだろう。なにせ現れたのは、一見14才の詐欺野郎ロリババアもとい、国内で一、二を争うの権力者なのだから。



 紫黒が喪服のように閑散を連れる。絶句する周囲を置いて、少女は舞った。まるで彼女のまわりだけ隔絶された異界のように美しく、音がない。蝶の刺繍が施されたチュールから覗く生足は病的なほど白く若々しい。



 慣れている。まさに息をのむ美しさ。だが残念、目の肥えたアルヴァには悩みの種でしかない。

 ゴシックパンクとはまた少女趣味なものを……。

 ワンピース調の幼さとは裏腹にレースの切り込みから露出した肩が魅惑を持った大人びさを醸していた。



 お嬢様が真似たらどうするんだ。教育上の問題に脳内抗議をしながら、黒幕の登場に冷評な目が行く。が、そんな彼の目など気にせず、ヴァンキーラ当主エリザードは微笑んだ。


「やあ、こどもたちリベリー。お初にお目にかかるよ」


 その声は虫唾が趨るほど、悪魔的にうつくしい。




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