第27話 デモ隊はパラッツォを取り囲む

 怜子のオフィスを出ようとしながら、ドアのところでジュリアは振り向いた。


「それから、ロンバルド国営放送が選挙に合わせて討論番組を企画してるらしいです。それにエルベルトCEOの出演を求めてきたそうですよ。」


「エルベルトが出るとは思えないわ。

 それに出ると言ったら私は止めるわ。あの態度を全国に放送されたら、かえってパラッツォ社のためにならないでしょう。」


 ジュリアは首をすくめて出て行った。

 その日は人に会い、書類を処理し、Webシステム上で承認作業を行い。夕方になって帰宅した。

 地下に降りてミニバンに乗り込む。

 エルベルトと違い、玲子は会社に来るときは自分では運転しない。必ずワンボックスの車で運転手に運転してもらうことにしていた。

 新市街は帰宅ラッシュの時間だった。

 パラッツォ・ホールディングス本社のあるビジネス街は、多くの人々が歩いて地下鉄の駅に向かっていた。

 スマホがバイブレーションした。ジュリアからメッセージが届いていた。


「工場がデモ隊に囲まれているようですよ。」


「工場ってうちの?」


「ええ、ロンバタックス工場のことです。」


 怜子はスマホから顔を上げて運転手に告げた。


「うちの工場へ向かってください。」


 車は高速道路に乗った。パラッツォとは反対の方向である。

 郊外に向かう高速道路はゆっくりした流れだったが、それでも車が止まるほどではない。

 巨大なトレーラーやパラッツォモータースの小型車に挟まれて、怜子のミニバンはのろのろと走った。

 夕日は斜めになっているがまだ暗くはない。

 春のこの時期、地中海沿岸のロンバルドでは日没時間がかなり遅くなる。今なら午後8時になっても外は明るかった。

 明るい横からの陽射しに照らされて、高速道路の両側は工場街になってきた。


 この工場街もロンバルドの第二次大戦からの復興期、経済政策の一環として造成された。

真っ先に進出を決めたのは、当時健在だった養父のマッシミリアーノ・リドだった。

 会社として国の経済復興に貢献する。そう言い切ったそうだ。

 養父は決して甘い経営者では無かった。それどころか計算高い人物だったと言ってもよい。だからこそパラッツォの会社をここまで育てることが出来たのだ。

 ここへの工場進出に際しても、十分な収支計算を行ったうえでの進出決定だったはずだ。

 だが、それだけでも無かった。


 怜子はそのことをよく解っていた。

 養父と暮らした時間は長くはなかった。しかし、その理想家肌の性格は日々常に感じていた。だからこそ自分やマライカやフェアリーをあえて養子にしたりしたのだ。

養父はさながらギリシャ・ローマ神話に登場する英雄そのものだった。高邁な理想をかかげ、それを語り、それに向かって突進していく。そしてその理想を成し遂げることの出来る人物だった。


「神のご加護があったからだよ。」


 謙虚な養父はよくそう口にしていた。

 確かに運の要素はあったかもしれない。だがそれも含めて養父の英雄的な人間像は、玲子の心に強く残っている。

 その養父の理想の一つがパラッツォの工場だった。すべての人々に仕事を与える。そして第二次世界大戦の荒廃から、日々の穏やかな生活を取り戻す。養父はそれが自らの使命だと信じていてた。

 ミニバンは高速道路の出口を降りた。出口を出てすぐに、道路を埋め尽くす膨大な人並みがあった。

 デモ隊だった。

 デモ隊はパラッツォモータース、ロンバタックス工場へと向かう道路を埋め尽くしている。警官はいるが、交通整理はしていない。

 もともとロンバタックス首都警察は、暴動対策のために警官を配置しているだけで、交通整理などはやらない。


「玲子様。これはなんとも… とにかく工場に入るのは無理ですよ。」


 車内スピーカーから運転手の声がした。


「わかったわ。

 この車がパラッツォ関係者の車だとわかったら、車を破壊されてしまうかもしれない。もう少し、向こうの道路に回ってみて。デモ隊をもっと見てみたいの。」


「承知いたしまた。」


 車はそのままパラッツォ工場を迂回するように道路を走った。

 工場を離れると、人の数は減ってくる。どうやらジュリアの言ったように、パラッツォ工場をデモ隊は包囲しているようだ。

 怜子はスマホで工場長に連絡してみたが、話し中でつながらない。おそらくエルベルトや各方面に電話をして大忙しなのだろう。

 これ以上の電話は止めておこうと思って、スマホをバックに入れ直し、玲子は窓からデモ隊を眺めた。


「こいつらは、ロンバルド愛国者党のデモ隊ですね。」


 また運転手の声がした。

 確かに、デモ隊のプラカードのいくつかにはジーラ党首の名前や肖像、さらに愛国者党の名前が見える。

 さらにパラッツォ社はロンバルド人労働者を雇え、などといった主張も掲げられている。

 総選挙を前にして、ジーラはパラッツォそしてリド家に正面から勝負を挑んできたのだ。

 パラッツォ社を攻撃対象とする。わかりやすい敵役だ。そして具体的で大衆受けのする敵を設け、それを攻撃することは大衆扇動の常とう手段だ。

 養父の理想が今は、極右勢力の攻撃の対象となっていた。

 しばらく玲子はデモ隊を見ていた。そしてスマホを取り出した。


「ジュリア。今いい?」


 スマホに出たジュリアに玲子は続けた。


「さっき言っていたロンバルド国営放送の討論番組。私が出るわ。そう、エルベルトじゃなくて。

 エルベルトは今会社にいる? 私からはつながらないと思うから、ジュリアがそう言って。ジーラ党首とは私が戦う。

 そう言っていたと。」


 車窓の間近にジーラの肖像を描いたプラカードが通った。玲子はそれを睨みつけていたかもしれない。

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