銃と剣 15

 このゲームを続ける気があるなら、もう一度明日、同じ時間にここに来いと、Fは言った。

 リスクが、あのログアウト時の痛みであるとすれば、それは如何に恐ろしい事か。

 しかしながら、こんなものはただの切り傷に過ぎない。しかも、随分と軽症である。

 

「貫通もしてないもんな……」


 そう、颯太が自分の掌を見るが、手のひら側には傷一つない。 

 もし、あのまま、少しでも逃げるのが遅かったら、手は愚か、身体までも切り裂かれてしまったら、どれほどの痛みがログアウト時に来るのか。想像してみたくもない。

 そう言えば、あの山犬と呼ばれた女はどうなったんだろう?

 ふと、そんな疑問が颯太の頭に浮かんだ。

 

「爆発、したよな?」

 

 Fが作り出したキューブの中で。

 死んだのか?

 死んだら、どうなるんだ? あのゲーム内で死ねば、強制ログアウトと言われたが、それの後。その後、山犬はどうなったんだ? 現実世界に戻った時、彼女はどうなるんだ? 死の痛みを全身で受け止めたのか? いや、受け止めれるものなのか?

 彼女の正体も気にはなる。

 しかし、これ程までの痛みを伴う可能性のあるゲームに参戦すべきか否か。

 

「リスクの方が多すぎる」

 

 この答えは明確で、正しいものである。

 しかし、颯太は迷っていた。

 ゲームを進める意味はない。だって、あれはゲームなのだ。テレビゲームと同じ。楽しければ意味はある。しかし、楽しさよりも痛みと恐怖しか今の彼にはないのだ。

 その点において、彼は非常に運が良かったと言えるだろう。あのままであれば、彼は初回ログイン時であの山犬に殺されていた。ログアウト時に、あの程度の痛みで済んだのはFのお陰、そのFが現れたのは最早奇跡に近い。

 その事を踏まえ、冷静に、そして現実的に考えれば、このゲームを降りるべきなのだ。それが、きっと、彼の為でもある。何も知らないまま、普通に生きて、普通に生活して。あんな常識から外れた痛みなんて知らないままで。

 

「普通に……」

 

 彼だって充分にそれは理解していた。いくら若くても全てが全て、無鉄砲という訳にもいかない。あれほど間近で感じた死への恐怖を早々と手放せる程、彼の頭は軽くない。

 しかしながら、彼は考えるのだ。

 あのゲームの事を。

 完全対人体験型選別ゲーム、『SSS』を。

 颯太は一人、膝を抱え、やるべき課題もやらずにあのゲームを少しながら自分なりに考え、理解しようとする。

 どんな技術かはわからないし、一体、誰が開発したゲームなのかもわからない。ただ、『SSS』と言う、酷くリアルなゲームがあるということだけ。そこでは何故か人同士が戦っている。戦いに使う武器は初回ログイン時に自身で決定を行える。初回ログインには条件があり、条件が揃わなければ永久にあのゲームへの参加は出来ない。

 颯太は初回ログインに成功し、武器を2丁拳銃に設定された。後から変更は効かない。

 もし、あのゲームに参加するのであれば、二丁拳銃で何処までいけるのか? 弾の制限は一丁につき、十五発まで。次のログイン時迄に補充はされない。つまるところ、三十発までしか一度に撃てない。少なくとも、三十発であの山犬と呼ばれた女やFに勝てるのかと聞かれたら、圧倒的にこちらが不利だ。ゲームの中では運動神経が格段に上がっていると言ってもだ。

 しかし、どれほど身体能力が上がるかもわからし、試したわけではないが、弾を見切れるの可能性があるかも怪しい。ナビ子が剣は剣だと言ったように、銃が銃ならば銃の性能は現実の世界と変わらない事となる。

 

「山犬に勝てたとしても、Fさんには勝てないな……」


 弾が見切れないのであれば、山犬への勝ち目があるがF相手にはそうはいかない。

 なんたって、彼女はシールドを使う。見えない神出鬼没のあのシールド。張られている事にも気付かず銃を撃った所で無駄にしかならないし、なによりそこから逃げきれる術がない。

 ではどうすればと、颯太は思考を張り巡らせる。

 全く以って、呆れて物も言えないとはこのことだ。

 この男、まだ気付いてないのだろうか?

 

「ちょっと、颯太。そろそろお風呂入りなさいよっ!」

「あー、うんー」

 

 母親に促されながら風呂に入っても、脳内を駆け巡るのはゲームの事だ。

 彼は言い訳を探しながらも、既にあのゲームに魅入られている。

 非常に、残念な事に。

 心の中にある微かな迷いと恐怖が、ギリギリの所で彼を現実に引き止めているだけなのだから。

 だからこそ、彼が風呂から出ても、彼がやっと、やるべき課題を開いても、それでも彼は酷く上の空でも、明日、またあのからくり時計の前に立たなければ良いと、心の底から願いたいばかりだ。

 ふと、彼は終わらない課題と答えに顔を上げ、窓の外を見た。

 星は見えないが、月が大きく見える。

 あの世界も、今は月が上がっているのだろうか?

 そう思い、窓に近づけば、近くの家に明かりが灯る。

 道路を挟んで三軒目にある、二階の部屋。


「……こんな時間まで部活かよ」


 心の底から思った事が、彼の口に出る。

 最早、心底呆れた声だ。時計を見れば、もう日付が変わりそうな時間じゃないか。

 明かりが灯った部屋は、彼の幼馴染である黒川潤一の部屋である。

 潤一は彼と違いまだ、あの部活に席を置いている。

 あれだけ、謂れのない不当な扱いを受けたというのに、あの、クズのような先輩と言う名の暴力に対して潤一は何一つ怒らずに、尚且つ殴り掛かろうとした颯太を止めた。可笑しい程、理不尽な事なのに。俺たちだけの問題でもないのに。アイツだって、怒っていたはずなのに……。

 結局、颯太は一人で野球部を去った。別についてきてほしいかったわけでも、止めて欲しかった訳でもない。ただ、隠れて行った夏の大会で、やるせなく手を握り締める彼を見て、颯太はただただ唇を噛んだ。それだけだ。

 なのに、なんでアイツはあそこにいるんだろう。辛いだろうし、悔しいだろう。なのに、何も行動を何故、起こさないのか。未だに俺たちを苦しめた三年だって、引退するはずの大会が終わった後でさえ、我が物顔であの部室に入り浸っていると聞く。逃げてるつもりなのか、それとも、仕方がないと諦めているのか。

 颯太にとって、黒川純一の行動についての理解なんて最早出来ない事だろう。

 だって、二人は既に道を違えているのだから。

 颯太はカーテンを閉めて、潤一に背を向ける。

 もし、きっと、昔のままなら直ぐに潤一に会いに行っただろう。颯太はきっと、笑いながら面白いゲームを見つけたと、潤一に自慢げに言うのだ。そして、潤一が半信半疑の顔で話を聞いてくれる。そして、話が終った後、颯太と同じ様に目を輝かせて言うのだ。


『俺もやるっ!』


 と。

 チラリと携帯を見る。

 喧嘩をしているわけじゃない。避けいるわけしゃない。メールをすれば、もしかしたら、直ぐにでも返事が返ってくるかもしれない。一人で迷ってんなよ! と、背中を叩かれたい。ギリギリのこの迷いを吹き飛ばして欲しかった。メールの宛先に、潤一の名前を選ぶ。案外、すぐに話せれるかもしれない。久しぶりだなと、彼は笑うかもしれない。

 取り留めのない文を打っては消し、打っては消し。

 アイツへの話掛けた方なんて、忘れてしまったかのように、言葉が出てこない。どれもかれも酷く他人行儀で、しっくりこない。

 これじゃない、あれじゃない。何度目かの白紙に、颯太は漸く目を細めて携帯を投げる。

 道が別れたという事は、こういう事なのだなと、彼は小さく笑って目を閉じた。

 彼はまだ知らない。あの窓向こうに無残とも言える程の蚯蚓腫れの傷を負った彼の上半身を。

 彼はまだ知らない。潤一が彼の為にと選んだ道を。

 彼はまだ知らない。二人の道は既に交わっている事を――。




 彼らはまだ知らない。

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