銃と剣 12

 あの山犬みたいな目に合いたいのかと言う脅しか。

 颯太は急いで両手を挙げ、彼女に抵抗する意思がない事を示す。


「嫌いに決まってるじゃないっすか。悪いけど、まだそっちの趣味は未開発なもんで」

「両手を上げてるのによく口が動く子」


 少女は呆れた口調で颯太の鼻先に杖を付ける。

 

「でも、素直で直感は悪くない。プラス一ポイント」


 しかし、シールドを張られる事もなく、杖は簡単に颯太の鼻先を離れて行った。

 どうやら、颯太の選択肢は間違っていなかったらしい。


「君の言う通り、普通そうだよね。痛いのなんて誰でも嫌だし、私だって嫌。きっと、誰も好きじゃない。特に、『死ぬ程の痛み』なんてね」

「死ぬ程の痛み?」


 颯太は少女の言葉を繰り返した。

 それは一体?


「ここに来る途中で、ナビ子に会ったでしょ?」


 颯太はそう言われると、天使の羽を持つ少女を思い浮かべ、コクリと頷いた。

 彼女は確かにナビ子と名乗っていたし、颯太がナビ子と呼んでも否定しなかった。


「あれが、このゲームの運営陣。私たちに、イベントの案内や、最低限の事しかしてくれないインフォメーション係ね。彼女はこのゲームの事、何て言ってた?」

「……確か完全対人体験型選別ゲームって」

「うん。だからこれは、その言葉通りゲームなの。ここはゲームの中の世界」

「本当に……。本当にここはゲームの中の世界なんですかっ!?」


 分かっていたが、信じられなかった。

 信じたくなかったと言ってもいいかもしれない。

 

「答えておいて、信じてなかったの?」


 少女の問いかけに、颯太は首を振るう。

 信じてないわけではない。ただ、信じたくない、いや、心の底から信じられなかった。

 だって……。


「だって、こんなにリアルじゃないですかっ」


 こんな技術が、この世界に存在するのかと言う程、この世界はリアルで、現実としか思えない。

 颯太が叫べば、少女は薄く笑う。


「だって、リアルだもん」

「……え?」


 彼が目を見開き彼女を見れば、彼女はまた笑う。


「体験型ゲームってナビ子が言っていたじゃない。体験するんだよ、リアルの私達がさ。だからリアルだよ。ここがリアルじゃない方がおかしいでしょ?」


 いつもの交差点、いつもの道路、いつものビルに、いつもの店。全てが見覚えのある風景がそこにある。


「待ってください。リアルって言うのなら、じゃあ、何で人や車が?」


 誰も居ないんだ。

 その疑問を最後まで言おうとしたのに、少女はそれを手で止める。


「知らない。わからない。私たちにわかっているのは、特定の場所で、特定の時間、特定の事をして、特定のアドレスにアクセスをしなければ、この『異世界』にログインできないと言う事」


 矢場町の交差点、からくり時計の前で。午後六時三十八分。このゲームに招待する人間に見守られながら。

 

 ssstp://ezz.selecttionmatch_test.co.tmr に、アクセス。


 そして、ログイン。


「ま、初回ログイン時だけの話だけとね。初回ログインが失敗すると二度とこのゲームに入れないの。私だって、ゲームの中だとは思えないよ。でも、ここは現実世界かと見間違う程に限りなく現実世界に近い『異世界』。私達の住んでいる名古屋の形をした名古屋とは異なる世界なの。ゲームの中の世界にしては、可笑しいでしょ。だから、私は異世界って言ってるの。リアルであって、リアルでない。自分でも十分ファンタジーな事を言っていると思うけど、そうとしか思えないもん」

「名古屋の形をした、異世界……」


 確かに。ここは常に静かだ。人がいないだけではない。

 鳥も居ない、虫もいない。

 ただ、物や建物だけがそこにある。世界だけがここにある。自分達が住んでいた名古屋とは異なる名古屋と言う街が広がる世界が。


「一体、誰が何の目的で……?」

「知らない、わからない。言ったでしょ? 私達にわかっている事は限られているの」

「でも……」

「それに、これ以上は今の君に教えられる範囲を大きく超えてしまうから私は答えない。大まかなこのゲームの説明と、私の所感ぐらいは素材として教えるけど、それ以上はダメ」


 そう言われてしまえば、颯太には口を噤むほか選択肢はなかった。


「君は運が悪いのかいいのか分からないけど、初回ログイン条件を全てクリアしてしまった。そして、またも運よく山犬に襲われても生き残ってしまった」

「普通では有り得ない、と?」

「当たり前じゃない。初回ログインに失敗は許されない。普通であれば、この世界に招く親係が説明して何度も確認し、ログインをさせる。いきなり来て、ここで押してなんて、ハイリスク。失敗する可能性の方が高いじゃない。それに、あの山犬。明らかに、君が初心者だと知った動きをしていた。君を追い詰めて遊ぶぐらいに。君は勝てる勝算なんて何処にもなかった筈だよ。あの大鎌に狩られる運命しかなかった」

「そこを貴女が助けてくれた」

「そう。運良くね。本当に、偶然。運がいい。何で?」


 少女は首をかしげて、颯太を見る。


「何でって……」

「あちらは必然を作っていたのに、君が手繰り寄せた偶然に負けたわけだ。そして、君は命からがら助かった。怖かった?」


 またも少女の問いかけに颯太は首を縦に振る。

 怖くないわけがない。

 人生で、十六年間生きて来て、あれほどの大鎌など見た事もない。あんなものに追いかけられて、刈られそうになって……。

 

「怖かったに、決まってますっ」

「正直。その怯えは正しいよ。もし、私が君を助けなければ、君は死んでた」

「ゲームの中で? ゲームオーバーって事?」

「それは……」


 少女はまたも唇を吊り上げた。

 と、言う事は、だ。

 

「今は言えない情報って事っすか?」

「察しは悪くないね。ここからが君が決める事だよ」


 そう言って、少女は颯太の右手を掴む。

 そこには、紅い線が一つ。

 あの山犬につけられた大鎌の切り傷だ。

 

「一つ。君はこのゲームに興味があるか? 何も知らないゲーム、情報が揃っていない今、やりたいと思う?」

「……それは質問ですか?」

「一つ。このゲームにはリスクが存在する。君が今迄中々味わった事のないリスクだ」

「リスクって、アンタ、一体……」

「一つ。君は今からこのゲームをログアウトする。その時、待っているのは地獄である。最悪だぞ?」

「ちょっと待ってくれっ! そんな情報……」

「そして、最後にもう一つ。君はそれら全てを受け入れ、再度このゲームにログイン出来るか?」


 少女は颯太のネクタイを引っ張り、自分の方へと寄せる。


「もし、君がこの世界を選ぶのならば、明日の同じ時間の同じ場所でログインしておいで。その時山犬の意味も、このゲームの事も、もっと教えてあげるから」

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