銃と剣 3

「……えっ?」


 まさか、本当に話しかけられるとは思ってもみなかった颯太の声が思わず裏返る。本当に、この子は自分に話かけてきたのか? そんな疑問が、いくら自分の目の前で、尚且つ自分の目を見て話しかけていると言うのに、颯太の脳内からは払拭出来ないでいた。

 だって、そうだろう? 近くで見れば見る程、アイドルかと見間違うぐらいに可愛らしい。

 あと、胸もデカい。と、颯太はごくりと喉を鳴らす。

 流石男子高校生と言うか、何と言うか。仕方がない事かもしれないが、ここでそんな事に目を光らせる場合でない事を、彼はあまり理解していないらしい。

 

「あ、あのっ。突然、ごめんなさい……」


 甘い声で、赤く染まった顔を颯太に向ける。

 その赤は、夕日の赤なのか、それとも……?

 ついつい、こんな些細な事で期待してしまうのは人の性である。


「……えっ、お、俺?」


 やっぱり、自分に話掛けて来ていたと言う確証を得た颯太は、心の中でガッツポーズを振りかざす。

 実際にやっていたら面白い人であるが、彼女から見たら減点以外の何物でもないだろう。心の中だけで留めたのは正解の様だ。

 しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。

 万国共通、世界共通、世共通。どんな世界でも共通である、女子が男子に話しかける場合は、大抵、好意だけの場合ではない。何か落としたとか、道を聞くとか、そんなしょうもない事が大半である。


「何か、用かな?」


 浮かれる様子も極力出さず。

 何事もない様な態度で。

 不自然なしゃべり方は置いといて。

 今、チャンスはなくても、次に繋げられるならば、繋げたい。

 出来れば、最高のパスで。好印象のまま……。

 そんな下心が顔を出している中、上目遣いの彼女が控えめに颯太を見上げる。


「あ、あの、少しだけ、お話してもいいですか?」


 彼女はもじもじと、頬に当てた手をぷくりと膨れる唇に移動させる。

 大きな瞳はうるうると揺れ、困った様に颯太を見る。

 それがとてつもなく、可愛いわけで。

 お時間ありますか? お話出来ますか? そんなもの、アニメやドラマでよく見る悪徳商法ではないか?

 彼女のセリフに、一瞬そんな事が頭を過ったが、次の瞬間それは可愛さと言いう魔法で、それこそ一瞬にして吹き飛んだわけだ。

 彼女がせっかく話かけてきてくれた。

 こんなにも可愛い彼女を無碍にする方が、悪徳である。

 そう、颯太は意を決して、口を開く。


「勿論っ!」


 心の底からの本音である。

 そして、腹の底から出た声でもある。


「ふふふ。ありがとう」


 何がどう、可笑しかったかは颯太にはわからない。

 ただ、ただ。彼女は颯太を見て可笑しそうに、そして、可愛らしく笑った。

 その事実だけで胸が騒めく。

 

「あのですね、えっと……、あの、本当に不躾でごめんなさいっ。えっと、あの……、あのっ! い、今、付き合っている方っていたりするんですか……?」


 まるで消え入りそうな声。

 聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声量。

 しかし、勿論、颯太にはきっちり耳に届いた。


「……えっ?」


 耳を疑わざる得ない言葉。

 十六年間生きて来て、初めて言われた、いや。聞かれたこの言葉。

 思わず、ごくりと喉が鳴る。


「……え、えっと?」


 これは夢か? はたまた、妖か。

 颯太を見てごらん。自分の耳にしっかり届いた言葉でさえ、疑い始め、回答さえとぼけている。

 その様子を見た彼女は、はっと表情を変え、思わす顔を下に向ける。


「あ、ご、ごめんなさいっ! やっぱり、いますよね……っ! かっこいいし、背高いし、本当に、私、何言ってるんだろ……。ご、ごめんなさいっ。やっぱり、今のなしで……」


 顔を伏せ、必死で言い訳を並べる彼女が泣いているのではないか。

 そう思った颯太は、思わず彼女の手を掴む。


「お、俺っ」

「あっ、わっ……!」


 顔を上げた彼女の顔は、先ほどよりも赤い。

 これは夕暮れのせいではないと、颯太は核心を持って口開いた。


「彼女いないからっ!」


 汚いかもしれないが、彼女の反応で漸く、自分が素直にならねばと決心がついた。

 その決心に、今まで逃げいた自分への後悔に、彼女にそんな顔を……、いや、顔は見えなかったわけだが、悲しい顔をさせてしまった事を取り戻す様に、大きな声で叫んだ。

 彼なりの誠意のつもりなのだろう。

 しかし、その時、間抜けな事に後ろからチリーンと高い音が聞こえる。

 それは、自転車のベル。どうやら、颯太が邪魔だったらしく、鳴らされてしまったようだ。

 

「あ、すんません……」

「あ、あの……。ちょっと恥ずかしいし、もっと向こうで話ませんか?」


 彼女が首を傾けば、ここが歩道の真ん中だと思いだす。


「あ、うん。えっと……」

「こっち」


 彼女の白くて小さな手が、颯太の腕を掴んだ。

 彼女は高速道路高架下にある、からくり時計の前まで彼を連れて行く。

 一日四回、この地区の三英傑の武将が出てくるからくり時計。名所なはずなのだが、地元民は見慣れており、尚且つ三英傑の人形が出てくる時間でも無い為、当たりに立ち止っている人は少ない。

 彼女は颯太に背を向けて、深呼吸をする。微かに動く背中から、颯太は目が離せない。

 これで期待をするなと言う方が無理な話である。


「えっと……」

「あの、本当ですか?」

「え?」

「彼女いないって、言ってくれたのっ。ほ、本当、ですか? 嘘じゃないの?」


 最初は大きな声だったのに、段々と小さく消え入りそうになる声。

 でも、勿論、いくら颯太でも聞き逃すと言う愚行は行わなかった。

 彼女の声は最初から最後まで、しっかりと颯太の耳に届き、脳迄届く。言葉の一つ一つをゆっくり理解し、目を見開く。

 本当に、もしかしてしまった。

 今、俺は告白されようとしているのだ。しかも、こんなに可愛いのに巨乳。あのお嬢様学校の生徒に。

 颯太はそんな事を口にしようものなら、取り消される気がして、とてもじゃないが口から飛び出させる訳にはいかなかった。

 けれど、颯太は口を開く。

 何て答えればいいか、最早脳の処理速度は追いついておらず、口が勝手に本能のままに動くのだ。


「ほ、本当っ! 本当だからっ!」


 まるで叫ぶように答えた。

 彼女いない歴、年齢である。でも、高校生なんてそんなもんだろと、思っていたがそうでもない現実を高校で味わう事となる。

 いる奴には、いる。

 いない奴には、いない。その当たり前の事に気付かされる。

 今までは、部活で忙しかった。受験で忙しかった。そんないい訳が並べられたが、部活も受験も遠のいた、今。

 いない奴には、いないと言う現実が颯太の前に立ちふさがった。

 女っ気がないわけでもない。女子の友達だって、それなりにいる。

 だけど、彼女が出来ない、作れない、いないのだ。

 が、それも今日までの話である。

 今、チャンスは颯太の目の前にあるのだ。


「……やだ」

「!?」


 彼女がぼそりと呟いた。

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